Phase3-9『結末を知る権利』
Phase3-9 23/02/6 投稿
翌日、朝も早い時間からたたき起こされた俺はアクセサリーショップドドで銀の加工を仕込まれていた。
「ほら、そんなタラタラしてたら冷めちまうぞ、見本通り加工してみろ」
見本の花の形をした銀細工。明らかに素人が作れるようなものではないのだが……正気だろうか。
「……はい。
―――――あつぅ……」
ショップの奥、かまどに火ばさみや水釜などが整然と置かれた素朴だがしっかりとした造りの工房。
古びた分厚めの作業着を着せられ熱された銀とのにらみ合いで額に汗が滲む。
なぜこんな早朝から駆り出されているのかといえば、話は昨晩にさかのぼる。
俺が神父と話を終え宿泊用の施設に戻ったあと、バーンがおもむろに声を掛けてきた。
内容はこうだ。
「お前明日朝六時半からドドだっけ。行ってこい、手伝い言われてんだろ。
え、なに、部隊としての作業があるんじゃないのか……って、そんなのはどうでもいい。報酬は貰ってる。
お前がドドから持ってきた袋に今回の遠征で必要なもの全部揃ってたから、そのかわりにお前を駆り出させろって神父から。じゃあ頑張れよ」
とのこと。
そうして今に至るのだが……。
「……銀の加工ってもう少し簡単じゃなかったっけ……」
溶かして鋳型に入れるとか水銀に混ぜて溶かすとかいろいろ方法があった気がするんだけど……」
「若ぇのに楽しようとするんじゃねぇ。
だいたい、そんな危ねぇこと初心者のお前にさせられるわけないじゃろが」
昨日の温厚さはどこに行ったのか。
口調も荒く言動には全く容赦がない。そしてどことなく……楽しそうにも見える。
「あぁ、違う違う。花弁はこう、文字通り愛でるように丁寧にじゃ、もう一度」
そう言って熱された銀の塊を寄越す老人。
「ふむ、セイ=フロクレス、お前口は悪いが手先は器用じゃの、筋がええ」
肩越しに俺の手元を見ながら老人が言う。
「そう言えば名前……」
振り返ろうとすると杖で頬を押し返される。
「これ、よそ見をするな。
名前はドドじゃ、店の名前と同じだから覚えやすかろう」
自分の名前の訂正をするつもりが自己紹介をされてしまう。
「んん……」
……言いたいことは色々とあるが、作業中は余計に口を開かない方がよさそうだ。
それから昼の合図があるまで数時間、俺はずっと銀を加工していた。
「は――――――ぁ」
銀ごと熱された工房。椅子に体重を預けた。
「おぉ、よく頑張ったの、初日からそれだけやれれば十分じゃろうて」
俺の作ったアクセサリーを見ながら満足げにずずず、と飲み物を啜るドド。
「そりゃどうも……」
五時間あまりの時間ずっと加工していたせいで非常に右腕が痛い。ガーデンへ来て割と鍛えていたつもりだったのだが……どうやらまだまだ足りないようだ。
「これはどうするんだ」
隅の方に集められた失敗作たちを眺める。これだけでもそれなりの金額がしそうだが。
「なに、明日には加工できるよう形を整えておくわい。
明日もこき使ってやるから覚悟しとくんじゃな」
はっはっは、と、大口を開けて楽し気に笑うドド。
これを今から加工しなおすのか……見た目以上に体力がある人だ。
付き合わされるこちらとしてはたまったものではないのだが……何故だろうか。そう悪い気がしていない。
「訓練や殴り合いも悪くないが、そうやって汗を流すのもええもんじゃろ」
ドドの言葉になるほど、と、納得した。
「……確かに、悪くない」
少し濡らした布で額を軽く拭くと、ひんやりと気持ちいい。こういった形で汗を流したのは久しぶりかもしれない。
「わしも昔喧嘩ばかりでな、努力と言うものとは縁遠かったんじゃが……この銀細工を教えてくれた師匠がおってな」
しみじみと、噛み締めるようにドドが言う。
「いい出会いをしたんだな」
出会いは確かに大切なものだ。俺も師匠やヴェルと出会って文字通り人生が変わった。
「あぁ、そうだとも。
人生で一番精神的にも肉体的にも落ちぶれとった時でないろんな言葉をいただいたもんじゃ。
師匠曰く『落ち込んでいる人間にはきっかけが必要だ』ってのう」
その言葉にどれだけの気持ちが詰まっているのか俺には知る由もないが、その師匠の言葉とやらはすとんと、自分の心にはまるような気がした。
「このわしが孫の顔を拝むことが出来たんじゃ。
あの人と引き合わせてくれた英雄には感謝しかない」
言いきって数秒目を閉じ、物思いに耽ったのち、ドドはちらを真っすぐ見据えた。
「さて、ついつい楽しくなって話し込んでしまったが、今日はここらで切り上げて……行くのじゃろ」
その瞳にはっと現実に返った。
「……あぁ」
そうだ。生活感あふれる心地よい空気に流されそうになっていたがやることは、やらなくては。
俺は全身を軽く布で吹き上げたのち、いつもの自分の制服に着替え、ショップから出た。
「ではまた明日の」
「あぁ、また明日」
見送りに出てくれたドドに手を振って教会に向かう。冬に入りかけた冷たい空気が先ほどの熱を優しい空気ごと冷ましていく。
まるでこれが俺の現実だと、思い知らせるかのように。
―――――†―――――
「さて、話は昨日済んだと思ったんだが、今日は何の用だ、フロクレス」
寒空の下、神父の言葉に思わず深くため息を吐く。
「文句言いに来たに決まってるだろ、わかってるくせに白々しい。
だいたい、昨日一緒に話したらよかったんじゃないか」
腹を立てながら言うものの、その怒りはほとんど伝わっていないようで、神父は悪びれる様子もない。
「昨日のは聖域を支配する者としての話だ。
個人としての話もしたかったから日を改めるべきだと思ってな」
「……妙なところで律儀なんだな、アンタ」
そう言うと神父は肩を竦めて苦笑する。
「そうでもないさ。
こうやって公私を区別しないとどうしても自分を保てなくなってくるからな。
役割ばかりこなすのも楽じゃない。
あとおまけで言っておくとこの会話について俺は啓示を受けていないし、神様には口を挟まないように言ってある。
あくまで俺とフロクレスの話だ」
そう言った神父の口調はとても自然で、こちらに向けられる視線も優しく感じられる。なるほど。
「その口調、そっちが素なのか」
思わずそんなことを口走っていた。
俺の言葉に神父は一瞬驚いたような顔をすると困ったように笑う。
「あはは、そんなに違うか、意識してるわけじゃないんだけど……そうだな。
確かに相手がお前だけだからいつも以上に肩の力が抜けているのかもしれないな」
そう言うと気持ちを切り替えたのか、真剣なまなざしをこちらに向けて来る。
「……話を戻そうか。
俺はね、フロクレス。
長いことこの聖域を管理してきたからなんだかんだ壊されるのが悔しいんだ。
ハイルロードが災害みたいなもんだってわかってても、一矢くらい報いたい。
だからあいつを倒し得るフロクレスに協力して嫌がらせをしようと考えている」
その真っすぐな発言に自信が持てない俺は思わず目を泳がせる。
「……具体的にどうしろと」
それを見てどう思ったのか定かではないが、神父は一度目を伏せると決心したように口を開いた。
「ノートの開示方法を提示する。代わりに六日後……聖域崩壊の当日は俺の指示に従ってもらいたい。
その場では戦いにすらならないだろうが、お前がハイルロードを倒すきっかけになるはずだ」
ノートの開示方法と言われ思わず息を飲む。
断片的な情報ですらもてあましそうなものを全て知ることが出来る、というのか。
「その表情から察するにだいぶ重要なものなんだな。
フロクレスの必要な情報の啓示を受けたとき、本当にこれが取引に使えるのかと不安だったが……心配はいらなさそうだ。
どうするフロクレス」
問いかける神父。俺の回答はもう決まっているようなものだ。
危険な賭けだとしても、無茶だとしても、ヴェルを打倒し得る手段に繋がるのなら選ばない。
「……わかった、条件を飲む」
俺の言葉に神父が頷く。
これから俺は、何を知るのか。かき乱すような不安が胸によぎる。そんな不安に無理やり蓋をするように目を閉じると、俺はゆっくりと目を開けた。
目の前には優しく微笑む神父。
何もかもを知る権利を持つ彼もまた、同じように不安になったのだろうか。
比べるのも烏滸がましいというのに俺の胸にはそんな考えがよぎっていた。




