Phase 3-8『箱庭を旅する所以』
Phase3-8 23/01/29 投稿
夕焼けに染まり静まり返る教会。
再びやってきた俺は屋根の十字架を見上げた。
キリストを模しているのであろう人型、少し視線を落とせば天使のようなものが描かれた装飾ガラスと、大扉周りには月桂樹のような葉を思わせる飾りが施されており素人目にも手が込んでいることがわかる。
壁は古く、よく見れば継ぎ接ぎのような跡があることから何度も改修されたのであろうことも容易に見て取れる。
老人が朽ちた墓場、と言っていた状態から少しずつ綺麗になっていったのだろう。
「やあ、よく来たねフロクレス。
時間ぴったりだ」
ふいに掛けられる声に、今回は驚かなかった。
いつの間に出てきていたのか、無言で睨む俺に英雄は嘆息すると、
「ふふ、さすが警戒しているね。
気持ちはわかるが別に君を害したところで俺に何のメリットも無いんだ。
日も落ちて冷えだすし、中に入りなさい。小部屋を暖かくして待っている」
ぎい、と大扉の端にある勝手口から入っていく神父。俺は少し迷ったがそのままついて中に入った。
「こっちだ」
火の灯った蝋燭台を持ち先行して教会の中に進んでいく神父、俺はその後ろについて歩く。
そのまま奥に進んでいくと、生活用のスペースだろう、人が数人眠れる程度の広さの部屋に辿り着いた。
隅には暖炉があり、外が暗いためわかりにくいが光を取り込むためのガラスも設置されている。
「さて、腰を据えて話をしようか、フロクレス」
テーブルをはさんで反対側に座った神父に倣い、椅子に腰かける。
「話すことが多いから要点を押さえていこう。
まず話をするうえで知っていてもらわないといけないことが一つ。
俺は全てを知る神から啓示を受ける『全てを知る権利を持つ者』だ。
私は啓示を受けることで全てを知ることができ、この神が言うことに今のところ間違いはない」
「……いきなりそんな重要な話から入って大丈夫かよ」
「別に、これは特に隠している情報でもないからね。
ブロフ=マクラウドも知っていただろう」
「……あいつとは、会ったことないって聞いたけど」
「無いよ、俺もマクラウドの事は神から聞いただけだからね。
色々と邪魔をしようと企んでいたから出来ないようにあれこれ工作したってわけだ。この辺はもう聞いているだろう」
にこりと微笑む神父。まるでマクラウドの……。
「まるでマクラウドみたいな胡散臭い笑い方をする、って思ったろう」
「―――――む」
思っていたことをそのまま言い当てられ言葉が続かなくなる。
「今の流れで本当の事だとわかっただろうからこの話はもういいな。
では次だ。
この聖域は一週間後、君たちの遠征終了日に破壊される」
「―――――は」
淡々と、業務連絡でもするかのように告げられたそれは、思わず耳を疑ってしまうような内容だった。
「実行するのは君の友人で現グングニルの所有者、ヴェルスター=ハイルロード。
被害規模は……」
「待ってくれ、情報が多すぎる。
整理させてくれ、なんで……」
俺が尋ねようとするとそれを遮るようにシッ、と人差し指を立てるジェスチャー。一拍置いてゆっくりと説明し始めた。
「順番に応えようか。
理由は俺が完全に独断で助ける人間を選んでいるから、サクリファイスの面々はそれが許せない。彼らに加担する君の友人も今回は敵、というわけだ。
まぁ、君も知っての通り彼自身聖域には何の興味も持っていないけどね」
興味もないのに破壊なんて迷惑なものだ。と、神父が嘆息する。
「次に、この破壊は避けられない。
一応出来るだけの手はすべて打った。住民の避難は済ませてあるし、破壊されるにしても周囲の被害は最小限になるように……しているんだが、ハイルロードが壊すと決めた以上、現状誰にも止めることは出来ない」
「誰にも……」
俺が尋ねると神父は深く頷いた。
誰にも止められない、ということはつまりこのガーデンの中ではヴェルに勝てる人間が居ないということ……。
「だが、そんな彼を君は倒したいのだろう、フロクレス」
どくん、と、胸が高鳴る。
トップを常に維持しながらしかし飄々と笑って見せるその横顔を。
どんな卑劣も姑息さも吹く風と涼し気に赦してしまうその視線を……思い出す。
「……俺に、倒せるのか」
俺の質問に神父は首を振る。
「それは俺が教えるべきことではないな。
でも現状君にとって倒せる倒せないは些末事。そんな結果など関係なく君は全霊を尽くしてそれを実行しようとする。
だって―――――君の一番の目的は彼を未来に帰すことではなく……倒すことに他ならない」
「―――――ぁ―――――」
声を出そうとしてひゅう、と、肺が空ぶった。思わず呼吸の仕方を忘れてしまった、忘れてしまうほどの核心だった。
俺はヴェルが大切だ、大切な家族で、親友で、兄弟子で何よりも輝ける恒星のような。
―――――でも、そうだ。
確かに俺は、
最初から、
いつだって、
全力であいつを倒すために、倒すためだけに全てを費やしてきた。
どこかで自分には出来ないと蓋をして、目をふさぎながら、でも諦めなかったのは。
「皮肉だなフロクレス。
君は誰よりも自分を信じたいのに……信じていない。信じられない。
君が信じるのはただ一つ、君の親友……その言葉だけだ」
「―――――――」
何も言葉が出てこない。
そうだ、あいつの期待に応えたいとかじゃない。
『お前はいつか俺に勝つよ、必ず』
自分にとって神よりも尊いその男を、もし本当に打ち倒せたならばそれは自分にどれだけ意味のあるものになるのかと。
戦う必要の無いロンドンから、戦う理由の生まれたこのガーデンへのトラベルはきっと―――――。
「考え込んでいるところすまないが、本題を話させてもらうよ」
「あぁ、悪い……」
はっと我に返る。話の途中だというのに考え込んでしまった、さすがに失礼だっただろうか。
「気にすることは無いよ。
俺のお願いを聞いてもらう前に気付いてもらわなければならないことだったからね」
……またも思考を先回りされる。何度されても慣れない。
「それでは本題だが……今の話だけで俺の要件は半分以上済んだようなものだから一つだけ。
明後日、ここへ行ってほしい」
綺麗に折りたたまれた紙を渡される。
「それは行き先を示した地図が書いてある。
時間は思い出した時でいい、そこにいる人物と話すだけでいい。頼んだよ」
「……わかった」
大人しく紙を受け取る。
きっと反論したり拒否したりする意味は無いだろう。おそらくドドで受け取った軍事用品、これが報酬替わりだ。
だが……何故俺なのだろう。依頼をするのならバーンやブレイドでもいいはずだが。
「勘が良くて助かるよ。
報酬は君が思っている通りだ、そして。君に頼んだのは聖域の住民の命を一人分多く助けられるから。
苦労してクロード賢士に君が来るよう依頼したのも、その為だ」
「なるほど」
指示を受けた時の違和感はそういうことだったのか。
俺は納得するとそのまま立ち上がった。
「ここの夜道は安全だ。
少し距離はあるが星空を楽しみながら帰るといい」
なるほど、夜道の心配も必要ないのか。
「ありがとう、そうさせてもらう」
俺は礼を言うと教会を出て言われた通り空を見上げてみた。
なるほど、言うだけあって確かにいい星空だ。
凪いだ夜道、俺はゆっくりと帰路に就いた。




