Phase3-7『おつかい(破)』
Phase 3-7 23/01/23 投稿
プリベッタと別れ、聖域へ迎え入れられた俺たちは、神父に案内されるまま中央に位置する教会に来ていた。
教会は壇上、椅子、懺悔室等オーソドックスな作りで中は装飾ガラス越しの光で神秘的な雰囲気があり、壇上へ向かう神父を淡く照らしている。
「ようこそラウンドナイツ。
ここの管理者として俺は君たちを歓迎する。
そしてすまないな、フロクレス。
余計なことを言って警戒させてしまったみたいだ」
突然名指しされ、びくりと肩が竦む。
「―――――」
「そう睨むな。君に害を為そうとしているわけではないんだ。
他の方も一週間程度になるとは思うが調査の間はぜひ頼ってくれ、出来る限りのもてなしをさせてもらう。
宿は南西の建物一棟、そのまま使ってくれ。
先に言っておくが窓の事は気にしなくていい、食事は隣の棟の老夫婦が準備してくれる、残さず食ってやってくれ。
アルキリオに持ち帰ってもらうものについては最終日までにまとめておく。
何か疑問に思ったときには町の者が応えてくれるだろう、気軽に訊くといい」
神父が質問は、と言うと皆が顔を見合わせては首を振った。
「特にないみたいだ、色々と親切にありがとう」
バーンが神父に向かって礼をする。
「構わないよ。話は以上だ……と、そうそう。これを言うとまた警戒されそうだが、ドドは表の商店街の端だ」
神父がこちらを見ながら不敵に笑う。
……ドド、と言えばメリッサにお使いを頼まれたアクセサリーショップだ。どういうことだ、この神父はいったいどこまで、何を知っている……。
「では、みんな撤収するぞ」
バーンが言うと皆が揃って踵を返す。
「―――――」
俺は立ち止まろうと一瞬足を止めるが、そのままバーンについて戻ることにした。
神父を睨むように一瞥すると、愉快そうにこちらを見ている。
「……チッ」
癇に障る。……神父と何を話すにしても他の人間に聞かれてはいけない、今は出直すべきだ。
俺はそのまま教会を後にした。
―――――†―――――
「……ここか」
神父の話から一時間もしないうち、俺はアクセサリーショップのドドに来ていた。
なんとなく釈然としない。
……というのも宿泊予定の施設にはアルキリオ持ってきた荷物がいつの間にか運び込まれており、食事も隣の老夫婦が狙ったかのように持ってきて済んだ為、やることが見事に無くなってしまったからだ。
次はいつ時間を取れるかもわからないし、となし崩しに目的の一つのドドにやってきたのだが……先回りされているような感覚に妙に落ち着かない。
「あんたがセイ=フロクレスか」
ぽん、と肩を叩かれびくりと身を竦ませる。
「えっ、うわっ」
振り返ると厳格そうな老人が呆れたようにため息を吐いた。
「いきなり声を掛けたのは悪かったが、そんなに怯えんでもいいじゃないか。
確かにワシは強面じゃが、その反応はさすがに傷つく。
……まぁいい、ワシの店に用事があるのじゃろ、入りなさい」
「ちょっと待って、俺は……」
呼び止めたがそのまま店へ消えていく老人。
一瞬悩んだものの、用があるのは事実だし……間違えられている名前も、訂正しなくてはならない。俺は意を決して中に入ることにした。
扉を入ると、入店を知らせるベルがカランと鳴る。
「……」
店に入ってまず思ったのは、想像以上に品物が少ない、だった。
開いている棚がほとんどで、残っているものは銀細工のアクセサリーが三つと、明らかに戦闘用のものが……ちらほら。
ここは本当にアクセサリーショップなのだろうか。
「さて、すぐ品物を纏めるから少し待っていてくれ」
「待ってくれ、まだ何を買うかも決まってないのにまとめられても困る……」
俺がそう言うと老人は大げさにため息をつき、脇の椅子にどっかりと腰掛けてしまった。
「やれやれ、何も聞いていないんじゃな。
まったく、あの人の思惑がわからんからどこまで話していいかもわからんしどうしたものかのう……ふむ」
いったい何を言っているのか。あの人、というとおそらく神父の事だと思うが……。
俺が眉を顰めて思案していると老人は何を思ったのかふっと笑い、よしと勢いよく膝を叩いた。
「見ての通り品物も少ない。
わしの話を少し聞いてくれればすべて譲ろう。息子夫婦がここから出てから話し相手も居なくて寂しくてなぁ。なに、そう時間は取らせん、どうじゃ」
「え、いや、どうと言われても」
あまりに突拍子の無い提案に戸惑ってしまう。もともとなにがしか購入するつもりだったので譲ってもらえるとなれば断る理由もないが……。
ふと、老人と目が合う。しわくちゃで優しそうな瞳が俺の返事を今か今かと待っているように思えた。
「なら、お言葉に甘えて」
俺がそう言うと老人はふっと口元を緩めた。
「ありがとうよ。ではそこの椅子に掛けて。
ほら、飲み物もあげよう」
脇に置いてあったコップに飲み物を注ぐとそのまま手渡された。
「どうも」
「いやはや、君のような青年と話す機会はもう訪れないと思っておったんじゃが……数奇なもんじゃのう。
ではこの聖域の昔話をしてやろう」
そう言うと老人はぽつり、ぽつりと話を始めた。
「昔、ここにはこの聖域の大元になった治安の悪い町があった。
名前は……もう四十年近く昔の事なので覚えておらん」
「四十年、三十年前ではなく……」
マクラウドに聞いていた年数との齟齬に首を傾げる。
「あぁ、当時この辺は治安が悪く各国から村だと認知されておらんでな。……当時は殺人鬼も出るほどで近寄る者と言えば行き場を失った荒くれものばかりじゃった。
路地裏では毎日のように喧嘩が行われ、他の町から盗んできた酒や食べ物で夜通し騒ぐ馬鹿達……散々な有様じゃったよ」
まるで当時の情景が浮かぶような丁寧な話しぶりに思わず耳を傾ける。
「今町の中央にある教会も、それはそれは酷い有様じゃった。
割れた窓、倒れた椅子、無事な机などひとつもなく、隅には鼠のかじった跡、至る所に蜘蛛の巣が張り、亡霊が出ると噂までされておったほどじゃ。
……そんな朽ちた墓場のような場所にあの男が顕れた」
噛み締めるように、ゆっくりと目を閉じる。
その脳裏にはきっと俺と同じ人物を思い描いているのだろう。
「マックスウェルの英雄」
俺がぽつり、と呟くとふっと笑ってみせる。
「そう、彼じゃ。
わしが彼をはじめて見たのはのう、まだ肌寒さが残る春の日の事じゃった。
当時のワシはまだ十代でな、最近調子に乗っている神父が居ると聞いて身の程を教えてやろうと思ったんじゃ。
……じゃが、気付けばワシはこの有様。
銀細工の腕を磨き、いつの間にか妻を娶り、今では孫まで居る。知らぬうちに彼の手伝いをさせられる始末じゃ。
……彼の彼の言葉はよく心に伝わる。
全てを語るわけでもない、じゃが確実に相手の求める結果を導く言葉。
彼はそうやって言葉と行動でひとりひとり順番に、確実に救っていった。
きっとあの時のワシも、こういう人生を歩みたかったんじゃろうなァ……はっはっは」
照れくさそうに、しかし満足げに笑うその顔は、何故か今にも消えてしまいそうに見えた。
「その結果出来たのがこの聖域というわけじゃ」
話しきって満足したのか、老人はゆっくりとお茶をすすっている。
……なるほど。せっかく聖域の成り立ちを語ってくれたのだが、わかったことよりも新たな謎が増えてしまった。
結局神父は何者なのか、いったいどのような能力を持っているのかなど、謎は深まるばかりだ。
「長話に付き合ってくれてありがとうよ、ほれ。約束の品だ」
老人から袋に詰めた品物を全て渡される。
「ありがとう、だけどアクセサリーは知り合いから頼まれたものだから出来れば購入したい」
「ふむ、一応聞くが所持金はいくらじゃ」
「えっと、五ペニー(約一万五千円)ある」
俺が預かっている金額を提示すると、老人はふっと笑った。
「悪いんじゃがウチの銀細工は一つあたり最低でもそれの三倍は要る」
「え……」
言葉を失う。これだけでも節制すれば一か月は食費を賄える額だというのにその三倍だと……しかもひとつあたり、最低で。
俺が真っ青な表情をしていたからだろう、老人が呆れたようにため息を吐く。
「だからやると言っておるんじゃが。
まぁいい、贈り物は自分で買いたいというプライドはわからんでもないからの。
そうじゃな、ウチに仕事を手伝いに来んか」
「手伝い……」
「昔から金がないなら身体で払うのは基本じゃろ。
なに、明日から滞在中、空いた時間に来ればそれでええ。一週間はあるのじゃろ、最終日に三つとも渡せるくらいくらいコキ使ってやる、どうじゃ」
老人は楽し気に言っているがおそらく破格の条件提示だろう。
「任務もあるし、どれだけ時間が取れるかわからないぞ」
「結構じゃ。その代わり空いた時間は全部当ててもらうぞ。
あとこれは渡しておく。お前さんとこの上司に渡してきちんと割り振ってもらえ」
そう言って改めてアクセサリー以外の品物を手渡してくる老人。
若干押し切られた感があるが、不快さはない。
正直なところ調べ物も出来ることが無いため何をしようか悩んでいたところだ。いい時間つぶしになるだろう。
「わかった、じゃあ明日から来る」
手伝いがどういうことをするのかはわからないが、師匠の小間使いで働いていたことを思い出して少し楽しそうだな、と思った。
さすがにもう疲れたし宿へ帰ろうと踵を返し、そのまま立ち去る。いや、立ち去ろうとしたのだが。
「あぁ、そうそう。もうひとつ忘れていた。
彼が呼んでいる、この後は教会に顔を出しなさい」
「はい。……え」
さもそれが当然だと言わんばかりの表情で言う老人。あまりに普通に言うもので思わず返事をし、呆気にとられたままショップを後にしてしまった。
俺にいったいどんな用事があるのか。歩きながらあれこれと考えてみたものの、あまりにも情報が少なく結局行ってみなければわからない、の結論で落ち着いた。
すれ違う人影はなく、ただ閑静な道が続く。
秋も中頃、少しずつ風が冷たくなってきた。
「そういえば、名前訂正するの忘れてたな……」
教会に向かいつつ一人ごちりながら明日は訂正しないとな、と、そんなことを考えていた。




