Phase3-3『駆け引き』
Phase3-3 22/12/26投稿
「大樹について、無断の調査、標本の回収……それに準ずることを、おこなったか」
セイに問いかける。
彼は一瞬はっと目を開いたかと思うと、すぐに冷静さを取り戻したのか、すぐに無表情に戻った。
さすがと言うほかない。彼はその年齢に似つかわしくない程感情の制御が上手い。
代わりに行動の制御は下手なようだが。
さて……ここまでで、おおよその目的は達された。
―――――これは簡易的な儀式である。
今セイが右手を置いている水晶は透心玉という水晶で術者……今回で言えば私が被術者の彼の心を読み取ることが出来る、というもの。
ただし条件は非常に厳しい。二週間ほどの準備が必要なうえ、コストも膨大。しかも読み取れる時間はおおよそ十数分というところだ。
しかも条件が『術者の質問に応える』ということ。応えた内容の真偽こそ問わないが、黙っていれば心を読まれることも無い。
つまり最悪の事態は黙秘されること。それを避けたかったため最初に『嘘を吐けば』とブラフを敷いておいた。
ああいう言い方をすれば『真偽を問う魔術』と勘違いして『嘘を言わない返答』をする確率が上がるわけだ。
今の質問も、もし黙っていれば自分の非を認めることと何ら変わりない。
もし何かやらかしているのであればこの質問をした時点でセイは詰みだ。
「……ない。そんな精神的余裕、俺にはなかった」
真っすぐこちらを見ながら応えるセイ。先ほどはヴェルと戦っている記憶が見えたがさて、今回は何が見えるか……。
瞬間、時間が間延びし彼の記憶を垣間見た。
場所はユグドラシルの幹のすぐ横、斬り合う相手は……ダイアスレフ。
キリアリスと国への呪いを吐きながらほおとんど一方的に切り伏せられる。彼が思い出した場面が断片的だからか、会話こそほとんどつながっていなかったものの、最後にとどめを刺す瞬間と、感情が鮮明にリンクする。
手を伸ばすダイアスレフ。その手首を不意打ちで落とし、胸を穿って首を落とす。会話は無い。ただただ少年の『悔しい』という心の声がまるで呪いのように耳に付く。
まるで耳鳴りのようだ。自分の努力も、才能も、全部投げ捨てたというのに届く兆しすら見えない、無念の胸中。戦闘が終わり、剣を投げ捨て、吐けるものを吐き散らかして、数分のち//後ろ髪をひかれながら帰路に就いて、キリアリスと合流、した。
「……ッ」
がくん、と、現実に帰ってくる感覚。記憶の読み込みにはほとんど時間を要さない為、彼が応えてから数秒も経ってはいない。
怨嗟のような彼の感情がまだ胸に張り付いている気がする。……この儀式は相手の心情などをはっきり感応してしまう為本当に、割に合わない。同情してしまいそうになる。
「なるほど、嘘は吐いていないようだ」
目頭を押さえ、頭を振る。
「もう水晶から手を離していい。
……私が言うのもなんだが、友人の情報、想像以上にあっさりと話すのだな」
セイが言われた通りゆっくりと水晶から手を離す。
「どの口で言ってるんだよ。嘘ついてもバレるんだろ、コレ。
なら正直に話すしかないじゃないか」
ふん、と不遜に鼻を鳴らすセイ。
「あなたは自分の立場を……ッ」
「……アイリ」
セイの態度が不愉快だったのだろう、吠えようとするアイリを右手で制する。
キリアリスの居ないうちに処断してしまおうという算段だったが……どうやら、記憶を見る限り余計なことはしていないらしい。弱みすら握れないのは業腹だが、第一の目的であるヴェルスターの情報は得た。
「もう一つの要件だ。
セイ、君には他のラウンドナイツメンバーと共に聖域マックスウェルに向かってもらう」
はて、と、セイが首を傾げる。
「聖域……マックスウェル……とは」
「書いて字の如く、聖域だ。
支配者の許可がなければ入ることのできない領域、アルキリオとレダルキアの間に位置しながらどちらにも加担しない異質な街だ。
図書館に詳しい資料があるだろうから目を通しておくといい」
丁寧に説明したつもりだが、セイは納得いかないと言わんばかりに眉を寄せている。
「……そんな場所に、なんで俺が。
だいたい俺に言われても承諾していいか判断しかねるぞ。そういう指示なら隊長のキリアリスかバーンに言った方がいいんじゃないか」
さて、やはりそういう返答になるか。
ここで面と向かって断るよりキリアリスかバーンを介して断らせた方が穏便に済むと考えたのだろう。
わかっていたことではあるが、彼は面倒ごとからうまく逃げようとするきらいがあるようだ。いったいどういう環境で生きてきたらこのような性格になるのだろうか。
……彼に対して思うところは多いが、今は好ましくない返答をしてきたことへの対処をするとしよう。
「やれやれ、君はまだ自分の立場を理解していないらしい。
遠征隊のショートエッジが居なくなったため人手が足りていない、受けてくれるな」
テーブルの上で手を組みながらほくそ笑んで見せる。
セイは悔しそうに一瞬目を逸らすものの、すぐに観念したように口を開いた。
「了解しました。
セイ=ディリブ・フロクレス、謹んで任務をお受け致します」
ささやかな抵抗だろう、あからさまに彼らしからぬ丁寧な言葉。
「わかればいい。
あとから正式な書面を送る。下がりなさい」
「はい」
一秒もここに居たくないのだろう、彼は返事をすると間髪入れずに踵を返して部屋を後にした。
「……やれやれ」
椅子に深く腰掛け、ため息を一つ。
「あのような言い方……らしくないですね。
よろしかったのですか」
後ろからアイリが心配そうに訊いてくる。
確かに、少々むきになりすぎてしまったかもしれない。それもこれも彼の記憶を読んでしまったせいで無駄に感情が昂ってしまっていたからだ。確かに情報の正確性は保証されたが……あの水晶のおかげで得られた情報はあまりにも少ない。
結果論ではあるが、使うべきではなかったかもしれない。
「まぁいい。
依頼はこなした、通常の業務に戻るぞ」
「承知致しました」
ぺこり、と礼をして書類の準備をはじめるアイリ。
「キリアリスと言い、アルバといい、セイといい……なんでこう、困った奴が多いのだろうな」
セイの居なくなった扉の方を見る。
ここで説教された馬鹿達、共通点も何もないというのにセイの顔を見ていると残り二人の顔がちらついて仕方ない。
「賢士、書類です」
「あぁ、ありがとう。
さて、彼に与えられた役目というものがどういうものなのか、見せてもらうとしようか」
眼鏡の位置を正しながら気持ちを切り替える。セイを警戒していたいのはやまやまだがずっとかまけていられるほど暇ではない。
書類に向かい、羽ペンを走らせる。
―――――さすがというべきだろう、次の瞬間クロードはセイの事を意識から外してしまっていた。
鋭い眼光、書類に流れる視線は疑いようもなく執政者のそれだ。しかし、その口元は、何故か楽し気に吊り上がっていた。
―――――†―――――
いつもの広場、いつもの樹に背を預け休憩。
時期的に少し涼しくなってきたが、今日は天気が良く日差しがとても心地いい。
頬を撫でる風も絶妙だ。
「……はぁ」
大きなため息を一つ。
先ほどのやりとりは正直堪えた。一歩間違えば処刑は免れなかっただろうが……。
ポケットから綺麗に折りたたまれた紙を取り出し、おもむろに開く。
『―――――静寂の声を拝聴する、眠りについた彼の声に耳を澄ませよ。
遠く置いた言霊を拾い集め、静かに目を閉じなさい』
日本語で書かれた詠唱は解除呪文だ。何が、といえば記憶阻害。そう、俺はどうやら記憶阻害の魔術を二度自分に掛けていたらしい。
一つは部屋の前で、師匠の魔術書についての記憶を、そしてもう一つは辿り着く前にユグドラシルにおいてダイアスレフを殺してからキリアリスに会う前の記憶を、消していた。
なんとも、消していたことを忘れてさらに消すとは間抜けな話だが、備えあれば憂いは無い。
何事も準備を怠らないのは俺のいいところの一つだ。
ともあれ、神経削ったのは間違いないのだ、しばらくここでのんびり休……。
「やぁ、セイくん。また会ったね」
うとうとといい感じに遠のいていた意識がいやいや帰ってくる。
「あんた、本当にタイミング悪いな……」
じとり、と、向こうからやってくるマクラウドを睨みつける。
「はっはっは。それは君、私に間の良さを求める方が間違っているよ。
今日は一段と疲れているね、何かあったのかい」
五メートルほど離れた樹に腰かけるマクラウド。これだけ嫌だと態度で示しているのに図太いにもほどがある。
「クロード賢士に呼ばれて尋問されたんだよ、生きた心地がしなかった」
「はは、それは災難だったね。
だが君の事だ、のらりくらり上手に躱したのだろう」
いったい俺の何を知っているというのか、何故か納得したようにうんうんと頷いているマクラウド。
小バカにしたようなその態度は非常に腹立たしいが、実際遠からず当たっているので始末が悪い。
「そう拗ねた顔をしないでくれ。
君の友人の事なんだけど今朝仕入れたばかりのいい情報があるんだ」
ふふん、と自慢げに口元を釣り上げるマクラウドに俺は肩を落としながらため息を吐いた。
「はぁ……襲撃してきたってことなら知ってるぞ、もう」
半ば呆れ気味に言って見せるとマクラウドは豆鉄砲を食らったような表情で固まった。
「ほ、本当かい。緘口令が敷かれてる情報の筈なんだが……これは驚いたな」
よほど意外だったのか、むむむ。と眉を顰めて困り果てている。
「ま、俺もさっきクロード賢士に訊いたばかりなんだけどな」
「なるほど、それはタイミングが悪かった。
いい情報だと思ったんだけどね」
がっくり、と肩を落とすマクラウド。相変わらずいちいちリアクションが大きい。
「それよりも教えてほしいことがあるんだけど。
マックスウェルの聖域って知ってるか」
「はて、マックスウェルの聖域とはまた辺鄙な場所を調べているんだね。
あそこは確かに行ったことはあるのだけど、毎回門前払いをされていてね。
入ったことは無いんだ。
書物に記載されていることならだいたい知っていると思うけど……それでもいいかい」
おかしい、それでは辻褄が合わない。彼なら知っているはずなのだが……当てが外れてしまったようだ。
「全然、俺は全く知らないからかいつまんで教えてくれると助かる」
俺がそう言うとマクラウドは一度頷いて説明を始めた。
「聖域マックスウェル。
もともと小さい村だったらしいのだけれど、三十年くらい前にマックウェルという名前の教会の神父さんが町おこしをしたみたいでね。
それが成功して今の街になったのだとか。
人が集まり始めて十年、つまり今から二十年前くらいに聖域の儀式を執り行って今の形になったようだよ。
それから少しずつ範囲が広がって今の規模になったのだとか。今も聖域は年に数メートル程度大きくなっているようだよ。
今は交易の要として商人に重宝されている。
レダルキアとアルキリオを繋ぐパイプとしてはもはやあそこしか残っていないだろうね」
「へぇ……聖域って、やっぱり結界なのか」
「そう、結界だ。それも生半可な魔術でも物理攻撃でも破壊不可能な……もはや城壁と呼んでいい代物でね。
中の様子は見れないし、どういう基準かは知らないが門番が入る人間を選別しているせいで入れる人間も限られている」
「へぇ……攻撃を受けないんじゃなく攻撃を受けてもびくともしないのか」
それだけ強固な結界。ともすればガーデンの結界の事を調べるきっかけになるかもしれない。
「それもそうだけどね、一番の理由はその聖域の実質的な支配者にある」
考え込んでいる俺を他所にマクラウドが説明を続ける。
「……支配者」
「そう。マックスウェル教会の神父。
名前は不明だが『全てを知る権利を持つ者』の一人なのだとか。
実際その力は非常に偉大でね、かくいう私もダイアスレフを通じて聖域にちょっかい掛けないよう忠告を受けたんだ。
私が直接ちょっかい掛けてないうえに一度も会ったことが無いというのにね。さすがに怖くなったよ」
人伝手に何かやっていたのだろうか。そこから情報が……とも思うがマクラウドの事だ、そういったところから情報を漏らすようなことはしないだろうし。
話を聞く限りでは『全てを知る』というのもうなずける内容ではある。が、俄かには信じがたい。
「まぁ、信じられないよな。私も未だに信じられない。
……信じられないが、あの手この手を使って全て出鼻をくじかれたうえ初動前に止められたとなれば信じざるを得ないのも事実だ」
だいたい話し尽くしたのか、はぁ。とため息をつきながらマクラウドが樹に体重を預ける。
「で、セイ君はなんでまた聖域に興味を持ったんだい。
大国の間とはいえ北のはずれだ、危険こそあれ知る利はあまりないと思うけど」
「あぁ、クロード賢士に命令されてさ。
ラウンドナイツのメンバーを連れて聖域へ向かえってさ」
そう言うとマクラウドは「本当かい」と、驚きながら立ち上がり、こちらににじり寄ってきた。
「な、なんだよ」
「先ほども言ったが聖域については前々から調査したくてね。
難しいとは思うけど入れたら中の状況をぜひ教えてほしい。どんな些細なことでも構わない。なんなら情報を言い値で買ってもいい」
藁にも縋る思い、とでもいうのだろうか。言葉の端々から必死さが滲み出ている。いつも飄々としているというのに……これは珍しい。
「……何か楽しんでないかい、セイ君」
「む……」
そう言われて押さえている自分の口元が少し上がっていることに気が付いた。
どうやら俺はマクラウドの必死な表情を見て楽しんでしまっていたらしい。
「まったく、ひとごとだと思って。
ともあれ、出来ればで構わない。今の頼み、覚えていてくれ。
じゃ、私はこの辺りでお暇させてもらうよ」
そう言って踵を返すと、そのまま立ち去ろうとする。
「マクラウド」
その背中を、思わず呼び止めてしまった。
「なんだい、まだなにか訊きたいことがあるのかな」
「いや、えっと」
思わず言い淀んでしまう。訊きたいことは、確かにある。でも、それを訊いて俺はいったい何がしたいのだろうか。
「セイ君が何を訊きたいのか皆目見当もつかないけれど……そうだな。
これから君は色々な壁に当たるのだろう、力不足を実感することも多々あるに違いない。
だから覚えておくといい、君の力なんてたかが知れている、出来ることは驚くほど少ない。
しっかり学んで、自分に本当に必要なものの取捨選択をきちんとすることだ。
私は何も捨てられず、結局何も得られなくて後悔した。最後は力に屈したんだ。
だから君は、一番大切なものをきちんと決めて行動するようにね」
「――――――」
悲しそうな、揺らいだ眼差し。告げられた言葉はきっと俺のこの先を暗示しているのだろう。
「いやはや、一言のつもりが説教のようになってしまったね。
では、今度こそ私は行くとするよ」
じゃあね、と、手を振ると今度は立ち止まることなく立ち去ってしまった。
意図せず、自分が訊きたいことを聞けた。見当がつかない、と言っていたが本当は俺が尋ねたいことがわかっていたのかもしれない。
「本当、どこまで知ってるんだ、アンタは」
樹に身体を預け、大樹に手を伸ばす。
少しずつ理解して、でも何もわからない自分。
木漏れ日に濡れた自分の掌が何故か今にも消えてしまいそうに見えた。




