プロローグ4
おおよそ七分の四です。
――――――――――†――――――――――
「早いもんだな、もう明日か」
キースがふぅ、とため息をつきながら呟く。
「本当ですね、一か月、あっという間でした」
仮入隊から一か月。そう、明日はセイが元の部隊、ラウンドナイツに戻る日だ。
それで俺たちは今キースの提案で『部隊に帰ったときにも使えるものでも贈ろう』ということで三人で買い物に来ている。
なお、残り四人は自分たちで選んで贈ってあげるべきだろう、と案を出してきたのだが『いざ贈って役に立たなかったら困る』という理由で俺が却下……したところ、『ロマンがない』だの、『そこは役に立つかは二の次だろう』だの、『面白くないっス』だの『そういうところは隊長の長所ですが違います』だの反論してきて結局別に買いに行くことになった。
正直あいつらの言いたいことは未だによくわかっていない。
「おう、これなんかどうだセイ。
ボーンメイルだってよ、薄手で……何々、乾かした軽量の骨で防御力抜群……斬撃にも強く、強い衝撃は折れることで和らげる……いいんじゃねぇか」
キースがセイの胸のあたりにあててみてサイズもばっちり。と、アピールしている。
「ふむ、それだけ薄手なら俺は一撃で蹴り砕いてしまうが」
「隊長、そういうところ、そういうところ良くないぞ」
「む……そう、か。すまない」
セイもなんとなくキースに同意しているのか、あはは、と苦笑いをしている。防具であれば強度の指摘はして然るべきだと思うのだが、違うのだろうか。
「こっちの封石とかはどうだ。
お前魔術からっきしだったけどブーストにはなるだろうし」
「そうですね、使い捨てなのが玉に瑕ですが個人的には好みの部類です」
そう言ってセイは封石を手に取って見ながらひとつづつ品定めしている。
俺はそれを見て贈り物に消耗品はどうなのかと思ったが先ほどのように指摘されるのも癪なのでぐっとこらえて、
「い、いいんじゃないか」
と、目を泳がせながら言うと、キースは俺の微妙な顔がよほど面白かったのかぷっ、と噴出した。
「はは、隊長いい感じ、そうそう」
セイもセイで横でくすくすと笑っているし、よくわからないが……。
「お前らが楽しいならそれでいいさ、もう」
そう、半ば諦めながらそう言った。
「ふっ、ふふふ、隊長が落ち込んでら。珍しい」
「お前のせいだ、まったく」
相変わらず楽しそうなキースとセイに、やれやれと肩をすくめる。どうやらこれは長い戦いになりそうだ。
「これもよさそうだな、持ってみろ」
「これは……グリップがやや大きいですね、もう少し小さいものにしましょう」
和気あいあいと話す二人の間に入ることがなかなかできずになんとなく疎外感を感じてしまう。まったく、どうしてこうなってしまったのか。
こんなことなら残りの四人と何か選んでいた方がよかったかもしれない。と、弱気に考えていた時、通行人の中にそいつを見つけた、見つけてしまった。
「キリ、アリス……」
なぜこの人込みの中一瞬で見つけてしまうのだろう。よほど会いたくなかったのか、一瞬視界がゆがむような錯覚を覚える。
「───ッ」
気付けば、ぎり、と痛みが感じるほど奥歯を強くかみしめていた。
もしも、俺が騎士ではなければ。
もしも、奴が英雄でなければ。
もしも、もしも、もしも───。
もしも、あいつをこの場で殺すことができるならば。
「―───はぁ……」
大きく息を吐いて心を落ち着かせる。これ以上心が乱れる前にこの視界から消えてくれ。
そう願いながらも目を逸らせずにらみつける。しかし、殺気を飛ばしすぎたからか、奴がこちらに気づいてしまった。
ばち、と、目が合う。そのまま、奴はこちらに一歩、また一歩と近づいて、
「……セイ、買い物か」
俺を、通り過ぎてセイの方へ歩いていた。
「え、なんでこんなところに」
「いや、俺も買い物なんだけど、バーンの奴にお使い頼まれてさ」
はぁ、とため息をつくキリアリスに俺は完全に言葉を失っていた。
殺気に気付いたわけではない、どころか、まったく俺なんて眼中にない素振りだ。
「隊長、怖い顔は止しましょう」
キースが俺の肩をポンと叩く。気付けば、腰の剣に手をかけてしまっていた。
「あ、ああ、すまないキース」
剣から手を離し、額の汗をぬぐう。
と、そこでやっと気づいたのか、
「あぁ、フレア、もいたのか。今回はありがとな」
そう言ってにっと笑いかけてくるキリアリスに本心では殴り掛かりたかったが、キースのおかげで冷静になっていた俺は辛うじて肩の力を抜くことができた。
「いえいえ、とんでもない。
ラウンドナイツのお役に立てたのであれば何よりです」
思ってもないことをよくもまぁ、ここまでつらつらと言えるものだと、自分で感心する。
「じゃ、俺はお使い戻るから。
また明日な、セイ」
「……はい」
そう言って立ち去ろうとするキリアリス。
「待ってください、キリアリス」
呼び止めた俺に、はて。と首を傾げて見せるキリアリス。俺はそのとぼけた顔に兄の事を訊こうとして、
「いえ、何でもありません。詮無いことでした」
何も言わず、作り笑いで再度送り出す。
何度イメージしなおしても飄々とした表情で俺が殺したよ。と、平然と言う姿しか想像できないし、そんなことを言われればこの店が惨状になるのは間違いない。
「ん、そうか、じゃあな」
改めて人込みへ消えていくキリアリスの背中を見えなくなるまで睨みつける。そうだ、ここではない、俺が目標を達成すればこいつを容易に……。
「────」
違う、違う。俺は首を振って自分の邪悪な考えを振り払う。
「隊長、大丈夫ですか」
そんな俺を見て心配になったのか、セイがこちらの様子を伺っていた。
「大丈夫だ、次の店に行こう」
「はい」
気持ちを切り替えられぬまま、次の店へ向かう。
「お、ここはすげぇな」
店の中に入るなり、キースが中をぐるりと見渡している。つられてこちらもざっと見渡してみると、様々な形の剣が並んでいた。
「確かに、これはすごい」
樽に立てられているもの、壁に掛けられているもの、そしてカウンターの奥には高級そうなものまで飾られている。ここなら、いいものが見つけられそうだ。
気のせいか、先ほどまで抱いていた黒いものが少しだけ消えた気がする。
「セイはどういう剣を使いたい」
そう言って振り返ると、セイが店の入り口で固まってしまっていた。
「隊長……さ、さすがに剣は高いのでは……」
遠慮しているのか、きょろきょろと落ち着きなく店の中を見回している。
「気にしなくていいぞ、好きなのを選べ。
どうせ隊長がほとんど出してくれる」
これなんかどうだ、と、見るからに高そうな剣を差し出すキース。人の金だと思ってきやすく言ってくれるが……しかし。
「店ごと、なんて言われたらさすがに困るが、いいぞ、好きなのを選ぶと良い」
せっかくの餞別だ。遠慮されて後悔するよりは気前よく買ってやるべきだろう。
「は、はぁ……」
明らかに困惑しているが……まぁ、これだけ良いものが揃っていれば一本くらいいいものを見つけられるだろう。
……そう、気楽に考えていたのだが。
「なかなか、決まらないな」
選び始めて一時間半。キースが若干ぐったりし始めている。
「すみません、どうしても価格に目が行ってしまって選べなく……」
なんだかんだ最初は目を輝かせていたのだが、良さそうなものを選んでは値札をチラ見して顔を真っ青にして棚に戻す、を繰り返している。
仕方ない、本当はこの手は使いたくなかったのだが……。
「セイ、軽めの剣で良かったな」
「えっ、あ、はい。片手で振れるものなら使いやすいかなと思って」
「よろしい。
店長、適当に三本剣を見繕ってくれ。値札は外してな」
店の奥の向かって声をかける。
すると、呼ばれた店長は待ってましたと言わんばかりの笑顔でカウンターの剣を三本見繕って売り場の台に並べた。
幾分か鞘から抜いて刃を見えるようにしているのはさすが、と言わざるを得ない。
見るからに研ぎ澄まされた刃と、しっかりと誂えられた鞘。おそらく、相当な代物に違いない。
「あっ、ずる、隊長俺のは」
「お前も入隊の時にブーツ買ってやっただろう」
「そうだけどなぁ、あんときさっくり選んだから……俺も粘ればよかったのか……ちくしょう」
お前、買ってもらえそうなものの中で一番高いのを選んだだろうが。と、言葉が喉元まで出かかっていたが辛うじて飲み込んだ。
ここで余計なことを言ってセイが選ぶ手が止まっては本末転倒だ。
「あの、さすがに」
「選べない、はこの期に及んでないよな、セイ。
お前も騎士の端くれなら腹をくくって一番いいのを選べ」
そう言うと覚悟か決まったのか、順番に剣を鞘から抜いて振って見せた。
なるほど剣の振り方もだいぶ上手になったものだ、それなりの剣を持っても様になっている。
順番に振り終わり、パチンと最後の剣を納めると、一度深呼吸をして二番目に振った剣を選び、差し出してくる。
「この、剣にします」
「ん、いいだろう」
そう言って剣を受け取ると何も言わず店長の方へ回した。
「請求はショートエッジの方でよろしかったですか」
「頼む」
さすが店長も慣れたもので金額が見えるような書類をこの場で出すような愚は侵さなかった。
なお、この後来た請求を見て一瞬言葉を失うのはこれから一週間くらい後の話だ。
「では、握りの調節をしますのでもう一度握っていただいてよろしいでしょうか」
「あっ、はい」
そう言ってセイの方へ向き直って手と剣を握らせるとあれこれ店長が測り始める。
「多分少し時間がかかるかなこれは」
上等な剣だ。それなりにきちんとした調整をしてくれることだろう。
「隊長、決まったみたいだから俺はこの辺でお暇させてもらうぞ」
「む、そんなに長いこと待つわけじゃないから少しくらい……」
止めようとする俺を手で制し、二人で話したいこともあるだろうしな、と、小声で付け加えて店を後にするキース。
「本当に気遣いが上手い奴だ」
さすがうちの部隊の年長だ。俺はありがとう、と小声で伝え軽く頭を下げた。
「では数分時間をいただきますね」
「はっ、はい」
剣を預けたセイが緊張した面持ちで返事をする。
「さてと、待っている間少し座って話でもしよう」
言って、顎で店の端にある椅子を示す。
「はい、ぜひ」
なんだかんだ嬉しそうにはにかむセイの表情を見て少し安心した。これでしかめっ面だった日にはさすがの俺でも落ち込んでいただろう。
「今日は素敵なものをありがとうございました」
椅子に腰かけるなりうやうやしく頭を下げるセイ。
「なに、これからを担う騎士に贈り物ができたと思えば大したことないさ」
なんとも、本当に丁寧な奴だな。と、感心してしまう。
「本当に、お前みたいな騎士ばかりならばこの世界はもう少しマシになっていくんだろうけれどね」
そう言って少し目を伏せる。
せっかく気前のいい買い物で忘れていたというのに、先ほど邂逅したキリアリスのことを思い出してしまっていた。
「ダイアスレフ隊長は……その」
俺の表情でなんとなく察したのか、セイが言い淀む。尋ねたい内容は大体予想がつく、おそらく。
「あぁ、俺はキリアリスが嫌いだ。
そして、キリアリスに頼って奴を擁護するこの国も嫌いだ」
ふぅ、と大きく息を吐きながら、努めて冷静に言う。
「────……っ」
尋ねたいことが当たっていたのか、そうでなかったのか。返す言葉を失っている。
困惑するその表情を見て、しばらく言葉は出てこないだろうと思った俺は一人で話を続ける。
「親に、兄に、生まれに恵まれた。
上司に、部下に、友人に恵まれた。
だが俺は決定的に生まれる国を間違えたんだよ、セイ」
先ほどの邂逅が余程堪えたのか、黒い独白はとどまることなく続く。
「俺は騎士団に入って慕っていた先輩がいたんだ。アルバ=カリンといって、今の俺でも到底敵わないような剣士……いや、剣聖というべき人物だった。
そんな彼が副隊長を務める第一親衛隊ラウンドナイツを、キリアリスはあろうことか壊滅させたんだ。
その後もトラブルを起こして、今でこそ大人しいが……ひどいものだった」
言いながら目頭を押さえる。語っているだけで思わず涙を流してしまいそうになる。
そんな俺を見てか、視界の端に映るセイは黙ったまま話に耳を傾けていた。
「そのうえなんの縁か、あいつは俺の兄も殺している。
それを聞いた瞬間、心が真っ黒になった気がしたよ、憎しみに支配されて間違いを起こしてしまうんじゃないかって思うほどに。
なのに今日すれ違ったあいつは、最初俺に気づきすらしなかった。眼中にすら映していなかったんだ。
……そしてセイ、君はそんなあいつの下でこれからも戦うというのだろう。
それが、悔しいんだ」
言った後で、こんなこと言うべきではないのにな。と、ひどく後悔した。彼には情けない隊長として映っただろうか。
顔を上げてセイの方を見てみると、彼は真っすぐに、その澄んだ瞳でこちらを視ていた。
「はい、俺はこれからラウンドナイツで戦います」
暗にそんな部隊を抜けろ、と言っている俺を跳ね返すような真っ直ぐな言葉。
「それに、隊長が憎むのも……仕方ないと思います。
誰だって、大切な人間を害されれば……殺されればその当然原因を憎みます。
むしろ、何も感じないなんて人間が居たらそのほうが気持ち悪いですよ」
そう言ってセイはふっと優しく笑ってみせる。
「あぁ、でも卑怯な報復は駄目ですよ。
もし憎い人間がいたのならそれはそれで、隊長は隊長らしく、正々堂々と正面から打ち倒すべきです。
きっと、そうすれば……──いえ、口が過ぎました、すみません」
そうすれば……、彼も胸を張って、俺のもとに来れるだろうか。続かなかった言葉を思わず自分に都合がいいように解釈してしまう。
「そうだな。
もしも自分が成し遂げたいものがあるのなら、俺は俺が許し得る手段で正々堂々と、だな、ありがとうセイ。
本当に、初めて訓練場で会ったときとだいぶ変わった気がするな」
ふっと、苦笑いする。情けない、仮にも部下に諭されるなんて俺もまだまだ修行不足なようだ。
「とんでもない。俺は何も変わってなんかいないですよ。
それと隊長、俺が初めて隊長に会ったのはもうちょっと前なんですよ」
「……なに」
唐突なカミングアウトにぎょっとする。
「とは言っても、訓練場で会う一週間ほど前に図書館で本を読んでいる隊長を一方的に見かけただけなんですけれど」
「ほう……」
図書館と言えば確か大樹と結界の壊し方を調べていたときだろうか。確かに数日かけて図書館に通い詰めていたし、読んでいるときは集中していたからもし見られていても気付かなかっただろう。
「なるほどな、その時から君とは縁があったわけだ」
「えぇ、そうみたいですね」
あんなところを見られていたのか。恥ずかしいな、と思っているところで店の奥から店長が調整された剣を持って出てきた。
「お待たせいたしました」
「い、いえ、あ、りがとうございます」
剣を差し出され再び緊張しだすセイ。これはなれるまでにしばらく時間がかかりそうだ。
「そういえば店長。この剣の銘を聞いていなかったな」
俺が言うと、失礼、失念しておりました。と言いながら店長は剣の柄の根元へ手を当てた。
そこには‟Altachiara„と彫られている。
「こちら銘はアルタキエラ・レプリカでございます。彼の名剣を準えて造られたもので、洗礼も済ませております」
「なるほど、あの聖剣のレプリカか。
魔術付加などは無さそうだが、剣としては確かに優れているようだ」
「アルタキエラ……」
その名を知ってか知らずか、セイは自分の手に収まった剣を見ながらその日中ずっと目を輝かせていた。