Phase2-13『ひとまずの居場所』
22/11/21 Phase2-13 投稿
「あぁ、本当に疲れた」
食堂でテーブルに突っ伏しながら項垂れる。初めての場所でこんな無礼を働くなどふだんの俺からは考えられない行動だが精神的にも肉体的にも疲労困憊の為、もうさすがに何もやる気が起きない。
「はは、びっくりするほどボロボロじゃんか。
たった数十分の間に何があったんだよマジで」
けらけらと笑いながら夕食を運んでくるブレイド。
「大丈夫、手当てしようか」
同じように料理を並べながらシールが不安そうに俺に尋ねる。
「いや、いい。気持ちだけもらっておく」
「そう、必要だったらいつでも言ってね」
「あぁ」
その寂しそうな表情でやや断りにくかったが多分頼むことは無いと思う。すごい形相でこちらを睨むブレイドの許しが出ない限りは。
「すげぇだろこの怪我。メリッサにやられたんだよ、コイツ」
バーンが言うと今しがたこちらを睨んでいたブレイドが途端に渋い顔をした。
「あぁ、あいつかぁ。
はた迷惑だなぁ、俺が入った時も喧嘩売ってきたんだよな。いつだっけ」
「んーと、私たちが入った時だから一年ちょっと前、かな。
あれは可哀そうだったよ、相性のせいでメリッサさん何もできないのにブレイドが調子に乗って」
はぁ、とため息をこぼすシール。
「ふん、喧嘩を吹っ掛けてくる方が悪い」
「もう、そんなこと言ってたらそのうち痛い目見るんだからね」
呆れたように叱咤するシール。それにブレイドは拗ねたようにそっぽを向いている。
叱咤したくなる彼女の気持ちも理解できるが、メリッサに喧嘩を売られた者として今はブレイドの言い分の方が共感できる。
被害に遭った感想としてはもはや災害、という感じだ。
「セイ、強くないけど悪くない動きしてたぞ。
小さな杖から火花散ったと思ったら爆炎が飛び出してさ、派手さだけなら満点だった」
俺の正面に座りながらバーンが言う。
「ほんとかよっ、お前火を使えるのか」
運んでもらった夕食をいそいそと食べ始めたところで唐突にずいっと、ブレイドがテーブル越しに身を乗り出してきた。
「間違いではないけど……正しくもな……」
「いやぁ、いいよなぁ。やっぱ属性は火が一番だろ。
俺の魔術属性も火でさ。
火力も抜群だし、汎用性も高いし、地味に日常生活でも役に立つし。一番オーソドックスと言っても過言じゃねぇし。
いやぁ、同じ属性の魔術使える奴が増えてうれしいぜ。本来使い手が一番多い属性なはずなのに俺火属性のやつと一緒になったことなくてさ、まいっちゃうよな」
否定しようとしたのに食い気味にまくしたてられ思わずたじろぐ。
「落ち着けブレイド。
こいつは多分使えるだけで本来の魔術属性は火じゃない」
楽しげな表情から一転。ブレイドの表情がみるみるうちに曇っていく。
「えぇ、そんな期待して損したじゃん……」
しまいには大きなため息をついてかっくりと肩を落としてしまった。
「いや、それを俺に言われても……」
はぁ、と釣られてため息を零してしまう。ここに来てずっとペースを乱されっぱなしだ、だが。
「……」
食事を口に運びながら一息つく。確かに騒がしく気が休まる隙こそ無いが、それでもこうやって食事にありつくことが出来るだけで御の字だろう。
知らない土地、知らない世界。キリアリスが拾ってくれていなければあの場で野垂れ死にしていたに違いない。
悪運は、まだ尽きていないようだ。
「ブレイドが騒がしくしてごめんね。
お代わりいるようだったら言ってね」
「あぁ、ありがとう、必要だったら自分でやるから置いておいてくれるか」
「ん」
とても気が利く子だ。きっと親切心で言ってくれているに違いない。が、これもそうそう頼めることは無いだろう。後ろからブレイドが睨みを利かせている限りは。
「んで、お前はこれからどうするんだ」
食事が終わった頃を見計らって、バーンが尋ねてきた。
あまりに唐突な質問だったため思わず一瞬言葉を失ってしまう。どうしたい、ではなくどうする、と聞かれたのか。
「どうする、と言われても困るんだが。俺は何かをする自由があるのか」
どういった説明をキリアリスからされているのかはわからないが、こうやってつきっきりでいるのも監視の為だろう。
そう、思っていたのだが。
俺の言葉に三人は顔を見合わせると少し困ったような顔をしたのち、バーンが口を開いた。
「お前がどう思っているかなんとなくわかったし、俺たちも大体同意だ。
で、わかったうえで言わせてもらうが、この第一親衛隊には他部隊と違って作戦行動等の自由が広く与えられている。
キリアリスがどういうつもりかは知らんが、お前にもその権限が与えられているうえに監視もついていない。
ちなみにキリアリス以外は全員反対した」
やれやれと嘆息交じりに言われ、耳を疑った。
俺に行動の自由が認められている、と言ったのか。そのうえ監視が付いていない、と。
「えっと、ほんとだよ。
その、私も疑っているわけじゃないけどみんなに信用してもらえるまでは一応誰かついていた方がいいって意味で言ったんだけど」
嘘を吐いているようには見えない、というよりかれらには嘘を吐くメリットがない。ということは何か、あそこで会ったマクラウドは本当に偶然で、俺は余計なことに神経を割いていたというのか。
「別に信じなくてもいいぞ、疑って疲れるのお前だけだし」
つまらなさそうに言うブレイド。
「いや、信じるよ……ありがとう」
「お礼なら隊長に言えよ、最後の最後まで譲らかなかったからなあの人。
おまけに詮索無用って、お前いったい何者なんだよ、隠し子か何かか」
「いや、隠し子にては年齢おかしいだろ」
「例えだっつの。真に受けるな」
不満そうにやれやれと肩を竦めるブレイド。
「ブレイド、噛み付くのはその辺にしとけ。
曲がりなりにもこれから一緒に戦っていく仲間になるんだからな。
あと、セイも。強制はしないが出来れば折を見て少しずつでいいから情報を開示してくれると助かる。
俺たちも出来れば安心して背中を任せたい。
後ろを気にして戦って勝てるほど戦場は甘かないからな」
そう優しく諭してくるバーンと、その後ろでうんうんと頷くシール。
「あぁ、了解」
俺が頷くと三人も顔を見合わせ納得したように頷き返してきた。
ここまで言われてしまうと警戒していた自分が馬鹿みたいだ。……とはいえ、もともと隠すようなことが少ないのだが。実際ほとんどの情報をクロード賢士にも話した後である。
もしも、隠すような内容があるとすれば。
―――――自分の裡側に意識を向ける。
ノートと師匠の魔術書。俺が隠さないといけないものと言えばこの二つだけだろう。
とはいえノートは他人に読めない為実際重要度が高いのは師匠の魔術書の方。
これは得体が知れない。俺やヴェルが使うことを見越していたのか、使いやすいよう持ち主に魔術書内の情報を感覚で伝えるように細工されているようだが、四日間所持していまだに俺は魔術書の全容を掴めていない。
あの時、時間旅行の前に辛うじて使用できたのは『流血阻害』の魔術。流れ出ようとする血を阻害して内に留めるものだ。ヴェルの応急処置の為に使うつもりだったのだが……それすら原理は良く理解できなかった。
直後に時間旅行で飛ばされた為、おそらく不発か、すぐに消えてしまっただろう。まぁ、生きていてくれたのでそれはどっちでもいいが。
「あー、セイ。そんな深く考えなくていいぞ。
ゆっくりでいいからな」
「えっ、あぁ、ごめん。ちょっと考え事を」
考え込む俺を見てバーンが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ここ数日色々あって疲れただろうし、今日は初日だ。
今日はもう部屋に戻って休め」
しっし、と、追い払うような仕草。
とどまろうかと一瞬思案したが、今日は提案に甘えて部屋に戻るとしよう。
「ありがとう、そうさせてもらう」
「あ、食器はあっちにお願いね」
「ああ」
立ち上がると同時にシールが食器を片づける場所を指さした。
俺は指示通り片づけると、そのまま踵を返し部屋の方を向いた。
「セイ、また明日な」
後ろからブレイドの声。
振り返るとブレイドが拗ねたような表情でこちらを見ていた。
彼からしたらまだ半信半疑、というところなのだろう。きっとこれは今の彼にとっての精いっぱいの声掛けだ。
いやはや、おかしなものだ。いきなり信用されるよりこうやって表情に出してくれた方がわかりやすくていい、なんて。
「あぁ、また明日」
視線だけ振り返り言うと、俺はそのまま食堂を後にした。
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ラウンドナイツ屯所、最奥の部屋。
そこが俺、セイ=ディリブ・フロクレスに与えられた部屋だ。
部屋の広さはおおよそ十畳、と言ったところだろうか。ベッドも物置もあり俺みたいな居候が使ってもいいかわからない程上等。
部屋の片隅にあるわずかな小物。おそらく前の住人のものだろう、いったいどんな人が使っていたのだろうか。
「はぁ……さすがにもう、動けないな」
ベッドに横になり大きく息を吐く。
すると、数秒する間もなく睡魔が襲ってきた。想像通り、というべきか。疲れ果てた身体が休息を求めている。
「クロード賢士のところで休ませてもらったのに、な」
その程度の休息では全く足りていないということなのだろう。いや、その後のメリッサとの戦闘が効いているのかもしれない。
どちらにしろ、今日はこのまま眠ってしまおう。
「明日からは情報収取……だ、少しでも、早く……」
未来に帰られるように動かないと。
気を失うように、微睡の中にその意識を閉じた。




