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Endless WAR  作者: 嵯峨時政(さが ときまさ)
31/72

Phase 2-7『深紅の英雄』

Phase-2-7 22/9/25

 ノートの内容を思い出す。ノートには日記のような、記録のようなものがつらつらと書かれていたのだが、その中でも特に気を引いたのが一人の人物のこと。

 名前は『ゼイミ=キリアリス』という。

 彼はなんでもオーディンの槍、グングニルを持っており、非常に高い戦闘能力を持っていたらしい。

 どの程度強いかというと、一人で国を三つ滅ぼしたのだとか。

 最後の戦いまで手傷を負ったことは無く、その戦死の理由も不意を突かれ広域魔術から仲間を庇って重傷を負ったのが原因なのだとか。だが重傷を負った後も何百人という敵兵をその槍で道連れにしたという。

 なんとも、書かれていることはどれも大げさで眉唾物である。

 だが、その内容を俺は全く疑わなかった。

 むしろ小国を護り抜いた救国の英雄がいたのだな、と、想いを馳せたほどだ。

 だが、きっと会うことはおろか、彼の形跡を探すことすら困難だろう。なにせ彼は……ノートに書いてあったことを信じるのならば八百年も前の時代の英雄なのだから。

 だがそんな英雄の事が何故こんなノートに書かれていたのだろうか。魔術師としてどうしても可能性を考えてしまう。

 もしも、師匠が魔術で過去に渡れたのならその英雄に会うことも出来ていたかもしれない。その英雄の所縁のものを手に入れられたかもしれない。

 いや、もしかしたら、俺もその英雄に、会うことが出来るのかも。

 なにせノートのタイトルは自分の字にとても良く似ている。ありえないとわかっていても心が躍ってしまうのは仕方ないだろう。

 だからそう、もしも過去に戻って英雄に会うことが出来たのなら……と考えても仕方のないことなのだ。

 だからそうだな、もしも彼に会うことが出来たのならば。

 ……彼がなぜそこまでして戦ったのか、その理由を知りたいなと、そう思った。


―――――†―――――

 

「う……ぐ、くぅ……」

 地面の固い感触に身をよじりながら起き上がる。変な態勢で寝ていたのか、右肩や足が痛い。そしてむせるほどの草と土の匂い。

「ここ、は……」

 何度か瞬きをしたのち辺りをぐるりと見回す。

 なぜこんなところで寝ているのかと記憶を辿っていき、気絶する直前の事を思い出した。

「ヴェルッ」

 起き上がって辺りを確認するが当然誰も居ない。ヴェルとティスはおろか、あの老人も居ない。

 森のようだがガーデンともハイウィールドとも雰囲気が違う、気がする。

「いったい、何がどうなった……」

 頭が重い。正直このまま横になってしまいたいが、寝ていても状況が好転するとは思えない。

 視点を裡に向けて装備を確認する。

「レイピア以外は全て揃ってる、か」

 次は体調。頭は重いが魔術は使える、体も少し痛むが、寝違えた程度で怪我はない。

「で、場所はわからない、と……」

 見覚えのない種類の木、これは森を抜けるだけでも骨が折れそうだ。

「Who's there.(そこにいるのは誰だ)」

 闇の中から急に呼びかけられ、びくりと身を竦ませる。

 どこからか耳を澄ますが声が反響していて場所が特定できない。

「Drop your werpons and put your hands up.(武器を捨てて両手を上げろ)」

 突然の事であたふたとしていると続けて命令され慌てて両手を上げて見せる。

「Hold on! I don't have any weapons.(待ってくれ、武器は持っていないッ)」

 イギリス圏の英語。つまり遠距離に飛ばされたわけではないことはわかった、だが、状況は明らかに悪い。

 下手に抵抗した場合、どうなるか予想も出来ない。

 ざりざりと草を踏みしめる音が聞こえる。

 どうやら声の主は正面にいたようだ。

 ともすれば最後に話す相手になるかもしれない。いったいどんな顔をしているのかと俺は顔を上げて、思わず両手をおろしてしまった。

「おい、誰が手を下ろしていいと……」

 歩み寄ってきた男は二十代前半、というところだろうか。俺の顔を見るやいなやわなわなと唇を震わせ、表情を強張らせていく。

「やっと、見つけた」

 男は呟きながら俺の目の前まで近寄ると、いきなり胸倉を掴んできた。

「……え、うわっ」

 そのままどん、と、胸を強く打たれしりもちをつく。

「…………っぅッ」

 何故いきなりこんな仕打ちを受けなければならないのか、一言何か言ってやろうと顔を上げると、首元に、冷たい感触を覚えて言葉を失った。

 月光が木々を抜けて男を照らす。

 生ぬるい風が夜の森をすり抜けていく。

 首元に当てられた刃、今まさに命を奪われようとしているというのに、俺はその人物から目が離せなかった。

「答えろ、貴様は俺に何をさせたい。

 あの日何故俺を止めた。

 貴様の目的はなんだ、答えろッ」

 強い言葉、怒りに籠ったそれすらもろくに耳に入ってこない。

 俺の意識はその美しく揺れる赤髪と、闇を引き裂き輝く眼光に釘付けになっていたからだ。

 自己紹介すらされていない、本来自分と住む世界すら違うというのに理解した。

 救国の英雄、ゼイミ=キリアリス。

 八百年も前、にガーデンの魔術大国アルキリオを守護したとされる人物だ。

 いったい何が起こっているのだろうか、様々な事柄が自分の理解の範疇を超えている。

「おい、聞いているのかッ」

 いらだちの籠った呼びかけにやっと我に返る。

「まってくれ、俺は何を言われているのかさっぱりわからない……」

「わからないだと、ふざけるのも大概に……。

 ────ちっ、追ってきたのか」

 こちらを睨んでいたかと思えば口惜し気に後ろを気にしだした。

「ったく……もうほとんど魔力残ってないっていうのに……おい、お前」

 独り言から察するに敵襲か何かだろうか、武器を俺の首元から下げると、右側の闇を睨みつけている。

「死にたくないなら下がっていろ。絶対に前に出るなよ、いいな」

 つられてそちらの方を見るものの、俺には何も見えない。状況はまだよくわかっていないが、とりあえず言うとおりにした方がよさそうだ。

「わかっ……た」

 返事をしながら念のために魔術をすぐ使えるよう準備しておく。なんなら、どさくさに紛れてこの場を撤退できれば最高だ。

 そう、考えを巡らせていると。

「あと」

 彼は俺の方を振り向きながら、

「出来るなら今度こそ、逃げないでくれ」

 少し寂しそうな目で、そう、言った。

 今度こそ、とはどういうことだろうか。逃げようと思っていたところだったので思わず息を飲んだのだが……まさか、心を読めるのだろうか。

 思うところが多いが、とりあえず言われた通り俺は下がりながら草陰に隠れた。

「あっは、見つけたよ。キリアリスぅ……」

 フードを深くかぶった全身黒づくめの少年がにやつきながらこちらに近付いてくる。

 それよりもキリアリス、と言ったのか。やはり間違いない、彼は……本物の。

「……どうも。俺がいないうちによくも護衛を皆殺しにしてくれたな。

 で、追ってきたってことは覚悟できてるんだよな、オマエ」

 キリアリスの右手に蒼い剣、そして先ほどまで俺の首に当てていた剣が、どういう原理か宙に浮いている。

 彼の獲物は槍ではないのか、思わず俺は首を傾げてしまった。

「あぁ、あぁ。俺もお前の相手したいんだけどさ、とりあえずこいつらの相手をしてやって。

 面倒な命令があってさぁ、こいつら全員死ぬまで俺戦ったらだめなんだってさ」

 少年が言うと、後ろからついてきたのか軽装の騎士が……十二人、前に出てきた。

「これがうちの国荒らしまわってるっていうキリアリスかよ、小柄だな」

「隣の国潰したっていうけど、こんなのにやられたのかよ、はっはは」

 騎士たちは一定の間隔を保ちつつ、キリアリスを取り囲んでいく。俺はというと、じりじりと少しずつ距離を取りながらその様子を伺っていた。

 俺もいくら逃げるのが得意とはいえこんな人数に取り囲まれたらさすがに怪我では済まない。キリアリスは大丈夫なのだろうか、と思って見ると、一瞬、目が合った。

「───────」

 寂しそうな、諦めたような目。彼の考えは未だにわからない。怒鳴ってきたと思えば逃げないでくれと言ってみたり。

 そして今、前に出ているところを見ると俺の事を庇ってくれているようだ。

 先ほどのキリアリスの言葉を思い出し、俺は儀式用の短剣を取り出して認識阻害と抵抗力阻害の魔術を使用すると、キリアリスの逆側に放ち、機を見計らった。

……自分でも正気を疑ってしまう。

 キリアリスは相手に注意を向けている、騎士たちも俺に興味は無い、ならとっとと逃げるべきだというのに、次の手を打っている。

「―――――来い」

 キリアリスが静かに言うと、騎士たちが怒号と共に一斉に襲い掛かる。

 見ているこちらが恐怖を覚えるほどの光景、だというのに迎え撃つその姿はとても落ち着いていて、まるで今から戦闘をする人間だとは思えないほど。

「ランスロット」

 さく、さくとゆっくりと歩みながらキリアリスが呟く。その名前はあまりにも有名な円卓の騎士の名前で、呼ばれた瞬間宙に浮いた銀色の十字剣が驚くほど高速で相手の攻撃を捌き始めた。

「アーサー」

 続いて呼ばれる、円卓の騎士の王の名前。

 キリアリスは蒼の剣を握り込むと今までのゆっくりとした動きから想像できない速度で踏み込み、宙の剣が攻撃を捌いた隙を突いて正確に攻撃を通していく。

「―――――」

 開いた口が塞がらない。

 今、彼は名称だけで詠唱を一切していなかった、だというのにあれだけの動きだ。

 俺ではもちろん、ヴェルでも詠唱無しであれと同様の速度を出すのは困難ではないだろうか……。

「残り八人」

 前の五人をあっさりと切り捨て、呆れたような表情で剣を構えなおすキリアリス。

 残った騎士たちはどよめきながら少し後退する。

 ……そりゃそうだ、あれだけ圧倒的に攻められれば俺でも同様の反応をしかねない。

 それを隙と見たのか、キリアリスは再び踏み込むと一息で前の七人の騎士を切り捨て、フードの少年に肉薄する。

 その間おおよそ十秒程度。宙に浮いている剣との鮮やかな連携であっという間に形成を逆転させられる。

 あまりに一方的で凄惨な戦場に吐き気がする。こんなに大量の血を見たのはこれが初めてだ。

「―――――」

 言葉もなく、振り抜かれる剣。その剣線は寸分違わず少年の首へと向かい、

「あっは、あっぶねぇ、なァッ」

 いつの間に喚んだのか、二メートルに迫る巨大な鎌が剣戟を防ぎ、そのまま切り返してキリアリスに襲い掛かる。

「―――――ッ」

 がぎん、と豪快な金属音。

 キリアリスが剣を引きながら数歩後退する。

「バカみたいな力だな……」

「よく言われるなぁ、それ」

 少年はそれを深追いせずすぐに反撃できるよう鎌を構えたまま、にやりと口元を釣り上げている。

「あぁ、確かに強いなぁ、キリアリス。

 でもさ、本調子じゃないのかなぁ。

 もう少し強いってっ聞いたんだけどさぁッ」

 一瞬だった。少年が鎌を振り下ろすと、防御に入った銀の剣が弾き飛ばされ、俺の足元に突き刺さる。

「ちっ、出し惜しみは命とりか……ガウェインッ」

 代わって赤い剣が防御に入ったが、しかし。

「―――――ははッ、ははははッ」

 少年の猛攻にキリアリスが防戦し始める。

 すぐさま倒される様子は無いが、戦闘が長引くようであればおそらく。

「何か……」

 打開策は無いかと、目についたのは地面に刺さっている銀の十字剣。――――剣によって性能が違うのか、この剣は非常に高い防御性能をしていた。

 自分が振ったところであの力と速度だ。一秒持たずに切り捨てられるに違いない、足手まといもいいところだ。

 だが、少年へ投擲すれば気を逸らすくらいは出来るかもしれない。そう思い、銀の剣に手を掛け強化魔術を足にかける。

 時間を稼げればいい、戦闘をあと数秒止めることが出来れば―――――。

「――――――ぁ」

 瞬間、剣を持ったことを後悔した。


『―――――を、守らなければ』


 剣から入ってくるその思念、塗りつぶされていく自分の感情に背筋が凍り付く。

 体中の魔力が吸われていく。まずい、と思ったところで何もかもが手遅れだった。

「奔れ、相貌の月――――」

 知らない詠唱。地面に魔力を、足の裏にじわりと伝わっていく魔力。俺は弾けるように駆け出していた。踏み込んだ左足が自分の限界を超えた動きに悲鳴を上げている。

 だというのに剣は俺の身体を労わることなく酷使してくる。

 防戦に入っているキリアリスの動きが見える、守らなくては。赤い剣も俺と連携を取るように反対側へ移動して、

「はっ、なんだお前ぇ……ッ」

 大鎌を弾き飛ばす、少年の驚いた顔。両腕からびきびき、と不気味な音がした。

 切り返して襲ってくる大鎌を左にいなす。

「こいつ……」

 二対一ではまずいと思ったのか、少年が眉を顰めながら大きく後退した。

「―――――は、ぁ……ッ」

 剣に奪われた意識が一瞬自分に戻ってくる。ここしかない。

「お前、下がっていろと……」

「キリアリス。

 増援を呼んだ、もう二分ほどでいいから時間を稼ごう」

 キリアリスの言葉を遮って言った。剣がキリアリスを守れと頭の中で煩いが、一瞬で魔力は使い切られたうえ、両腕は激痛でもう剣を振れそうにない。

「ちっ」

 遠くから近づいてくる魔力反応に気付いたのか、少年が舌打ちをしてじりじりと後退する。

「お前、何者だ」

 その眼光に背筋が凍る。しかし、ここで怯んでしまったら俺の策が台無しになってしまう。

「セイ・ディリブ=フロクレス」

「フロクレス。ふざけた名前しやがって……悔しいけど今日はこのへん、かなぁ。

 邪魔が入るなんて興冷めするよなぁ……。

 お前、顔覚えたからなぁ、覚悟しろよなぁ――――」

 不気味な微笑みのまま、闇に消えていくフードの少年。その姿が完全に消えていくのを確認して、キリアリスが口を開いた。

「お前、増援を呼んだってどういうことだ」

 剣を突き付けられる。キリアリスからしてみれば味方を呼ばれたわけではないので当然の反応だろう。

「はったりだよ、これで魔力反応を偽装した」

 そう言って闇に手を伸ばし、こちらにゆっくりと動いてくる儀式用の短剣を拾い上げる。

「これに魔力反応を五つくっつけて森の奥へ送ったんだ。途中で気付かれないよう魔力阻害を掛けて」

 先ほどの少年はキリアリスの位置を把握していた、つまり精度如何は別として魔力探知の能力を持っていた。

 探知出来る少年からしたら数百メートル先に突然魔力反応が五つ現れたように見える為、俺の発言を含めて増援かと勘違いさせることが出来た、というわけだ。

「……痛ッ」

 ばち、と銀の剣が拒絶するように俺の手から落ちる。どうやらキリアリスさえ守れれば俺は用済みらしい。

「聞きたいことは山ほどあるが……とりあえず撤退させてもらう。

 ……お前を連行したいところだが、さすがに魔力も残ってないからな。好きにするといい」

 そう言いながらキリアリスは銀の剣を回収して裡に仕舞い、背を向ける。

「待ってくれ」

 俺が慌てて呼び止めると、キリアリスは気だるそうにゆっくりと振り返る。

「その、ここはどこなんだ」

「……は」

 そんな質問が来るとはついぞ思っていなかったんだろう。ぽかん、と、呆気にとられるキリアリス。

 張りつめていた空気が一気に弛緩した気がした。


―――――†―――――


 ぱちぱち、と焚火が揺れている。

 あの後、キリアリスに連れられこの洞窟に辿り着いた俺は、たいした会話をすることもなく、すぐに火の番をさせられることになった。

 なんでも、先ほど戦闘で消費した魔力を回復するために十二時間ほど睡眠を取らないといけないとのことだ。

「……」

 キリアリスの寝顔をちらりと横目で見る。

 完全に寝入っているようで、こちらの視線になんの反応も示さない。敵か味方かもわからない相手の前でよくもまぁ、こう無防備でいられるものだ。

「でも守ってもらった、からな。はぁ……」

 はぁ、とため息をついて背中を壁に預ける。

「……ッ」

 先ほどの戦闘で無理をさせられた手足が悲鳴を上げている。十二時間動けないのか、と最初こそ辟易としていたものの、この状況では歩くこともろくに出来ない為逆にこの状況助けられる形になった。

 

 せっかくだから、少し状況を整理しよう。

 まず、ここがどこか。ここはアルキリオとレダルキアという国の国境付近らしい。どちらかと言えばアルキリオ寄りで、先ほど戦ったフードの少年はレダルキア側の兵士。

 そしてキリアリスは俺が知っている通りアルキリオの兵士のようだ。

 続いて現状一番の問題、今がいったいいつか、である。

 洞窟に入る前、キリアリスに訊いたところ、簡単に答えが出てしまった。

 西暦千二百十二年、俺が居た時代から八百年も過去らしい。俄かには信じがたいが、ノートの内容等を考えると辻褄が合ってしまう。

 時間遡行をしてしまった原因は間違いなくあの時の魔術の発動だろう。

 俺が使った魔術こそ違うが、魔導書があそこに満ちた魔力に反応してしまったのではないだろうか。

推測でしかないが……あの時あの森にあふれていた魔力量を考えると納得もいく。

「…………」

 となると、当面の目的は『元の時間に戻ること』だが、これについてはとりあえず今の状況を生き延びてから、だろう。

 命がなければ考えることなんて出来はしないのだから。

「ヴェル……」

 胸を貫かれた親友の顔を思い出す。

 口から血を零しながら、それでも俺を憂う目をしていた。

 首を振ってその光景を振り払うと、思考をクリアに出来るよう、ゆっくりと息を吐く。

 そのまま火をそっと消すと、俺も少し休むことにした。


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