Phase 2-5 『失われた者』
Phase2-5 22/9/26 投稿
「師匠、怒ってっかなぁ……」
仮眠を取り寝過ごして午後三時、タクシーで工房を目指しながらヴェルは渋い顔をしていた。
「あのさ、自分で師匠に説明するって言ってたけど全然してないのオマエ」
ヴェルを叱咤しながら頭を抱える。
「あははー、説明しても駄目って言われそうだったからさぁ、事後承諾でいいんじゃないかって思って。
まぁ、今更怒る余裕がないかもしれないけどな、師匠」
誤魔化し半分でふざけて喋っているかと思っていたらいきなりぽつりと寂しそうにつぶやくヴェル。しれっと防音魔術を使用して運転手に会話が聞こえないよう配慮している辺りがさすがとしか言いようがない。
「そうか、もうすぐ魔術完成するって言ってたから忙しいだろうな。足りないのは魔力量だけらしいけど、それもじき整う、とか言ってたし、先週」
そういえば確かに封石を大量に買い込んでいたな、と思い出す。
「……ってまて、俺それ知らないんだけど」
「お前は先週ガーデンの事調べてほとんど工房開けてたんだから当たり前だ。
おかげで家事に買い物に全部俺がやらされたからな」
「やべ、やぶへび……」
あははー、とヴェルはいつもの調子で笑ってごまかそうとする。
「まったく。
師匠の研究している魔術が完成って、実際すごいことなんだよな。
時間の流れを阻害する魔術って、ようはタイムトラベルだろう。
お礼を言う為だけに三百年も時間遡行の研究するなんてすごいよな」
「確かに。師匠は後天的な吸血鬼だから時間の感覚とかブレッブレのはずだもんなぁ。
普通吸血鬼の使徒になったら刺激がないと精神的に死んでしまうらしいし。
よほど人間の時に徳を積んだんだろうな」
背もたれに深く座りながらヴェルは何かを考えるように視線を仰ぎ、続けて呟く。
「もし時間遡行が成功したとしてタイムパラドクスとかどうするんだろ」
「それは……俺もわからない。
世界線の違いや、パラレルワールドとか結果の収束とかで片付ける科学者は多いけど、魔術的にも同じことが言えるのかはなんとも」
あまりいい考えではないが師匠にとってそういう問題はどうでもいいことなのだろうな、と俺は思う。
たとえ世界にどれだけの迷惑をかけたとしても師匠としては祖の吸血鬼にお礼を言えればそれでいいのだ。いや、もしかしたら妻を看取った時点でもろもろの目的は済んでいるのだから本当におまけ程度の目標で、別に問題点などは気にしていないのかもしれない。
「どうしたセイ、難しい顔をして」
また考え込んでしまっていたようだ。心配したヴェルが顔を覗き込んでくる。
「や、師匠がどんな思いで研究してたのかなって。どんなに考えたところで結局、師匠本人にしかわからないんだけど」
「じゃあ、帰ったら聞いてみるか」
俺の考えを吹き飛ばすかのように、ヴェルはにっと笑った。
そのあまりの単純さに思わず吹き出してしまう。
「なんだよ、いきなり笑うなんて失礼だなぁ」
「いや、ごめん。
まったくもってその通りだなって思って」
やっぱりこいつはすごい。毎度毎度、俺の悩みなんてささやかなものだって簡単に笑い飛ばしてしまう。
「まぁ、元気が出たようでなによりだけど。
話序にガーデンの考察一緒にしてもらってもいいか、セイ」
「あぁ、いいよ。
まだ工房に着くまでたっぷり時間もあるし、俺も気になるところがある」
俺が言うとヴェルは一度だけ頷き、話し始めた。
「まずガーデンの生態について。
ざっと調べた感じ生き物の気配が全く感じられなかった。人はおろか虫や小動物の気配も、全く。別名桃源郷と言われている割に理想郷とは程遠い感じだな。
生物がいない以上、植物も見た目だけって可能性も考えてる」
動物がいない、と言われて全く想像がつかない。ここまで言い切るということは虫なども居ないということだろうか。
俺が知っているガーデンには少なくとも国や人間が居たはず、だが。となると。
「ガーデンじゃなくて別の結界内に迷い込んだ可能性は」
「それは俺も考えた。
ない……とは言い切れないけど可能性は低いと思う。
セイが持っていたノートの情報もそうだし、別の結界にしてはガーデンとの符号点が多すぎるんだよ」
なるほど、様々な資料に目を通しているからわかるのだろうがしかし。
「でも、このノートが俺たちを騙すためのものだとしたら」
このノートには不可解な点も多い。俺の字と似ているのも騙すためだとすれば、信じすぎるのも問題だと思うが……。
「あぁ、セイがそう思うのももっともだ。
けど俺はそのノートを書いた人物に見当がついているし、書いた奴は隠し事はしても騙すことはしないと思うぞ。
ほら、そう言うと想起阻害ともつじつまが合うだろ」
確かに。隠しこそするものの、書いてあるものが間違っていたことは今のところ一つもない。
「というかヴェル、書いた奴に心当たりがあるのか。内容も見られないはずなのにいつの間にそんなことまで」
「まぁな、お前にもそのうち種明かししてやるよ」
ふふん、と自慢げなヴェル。どうやらここで教えてくれる気は無さそうだ。
ただ、これだけ確信を以て言うのなら真実なのだろう。となると少し残念だ。ノートに書いてあった国や人物の子孫などもいるかと思ったが、きっと滅んでしまっているということ。
「で、セイ。お前の気になることってなんだよ」
「あぁ、俺が気になったのは結界の広さ、かな。
異世界につながっている、ではなくただ結界で仕切られた世界だった。
あれだけ広い世界が結界で切り取られているのにこっちの世界には全然影響がなかっただろ」
そう、結界の外と内の大きさは原則イコールにならなければならない。例えば運動場を結界で覆えば結界内は運動場サイズか、魔術で引き延ばしてもそこまでサイズを変えられるものではない。にもかかわらず、ガーデンの結界内は把握しきれないくらい広かった。これはどういうことか。
「なるほど、言われてみればそうだ。
うちの訓練場みたいに四次元方向に広がっているのか、入口があそこにあるだけで転移先があるとか……くらいか。でも後者なら転移した時点で俺の魔術が切れているか」
ふむ、と、考え込むヴェル。
色々と可能性を考察してみるものの、まだまだ情報が少ない。また、行ってみなければならないか。
「さて、もうそろそろ工房だな」
ヴェルが言いながら防音の魔術を解く。どうやら想像以上に話し込んでしまっていたようだ。
工房に着いたら師匠になんて謝ろう。俺は言い訳を考えながら流れる街並みを眺めていた。
――――――――――†――――――――――
工房に帰ってまず感じたのは喪失感だった。
玄関に踏み入る前からわかる。静かすぎる扉、明るすぎる廊下、澄み渡った空気。
許可のないものは蟻一匹であろうと通さないと何重にもかけられていた結界が消えている。
息を飲んだ。結界が消えたということは、その主の喪失を意味する。
横にいるヴェルもいつもの飄々とした態度とはとは違い、眼光が戦闘時のそれだ。
「―――――」
無言で頷きあい、ヴェルが先頭を切って工房内に侵入する。食堂、廊下と通過していくが、特に荒らされた様子は無い。
もしかしたら師匠が結界を一時的に消しているだけかもしれない。そんな淡い期待を持つくらいいつも通りの工房。
しかしそんな希望も、数秒と持たなかった。
「セイ、来ない方がいい」
ヴェルが低い声で言いながら右手で俺を制す。一瞬立ち止まったものの、俺はヴェルの肩を持ってぐっと一歩前に出た。
「――――――――――」
それを見た俺は、まず現実を疑った。
俺が知りうるおおよそすべての魔術を納め、人を超えた吸血種の肉体を持つ、知りうる限り最優の老魔術師。
その魔術師が、まるで眠っているような安らかさで……死んでいた。
全身が毛羽立つ。様々な感情が押し寄せ叫び声はおろか言葉が何一つ出てこない。
悲しめばいいのか、驚けばいいのか、怒ればいいのか。眩暈がするほど感情が昂っているというのに、それを全く表に出すことが出来ない。
「セイ」
ぽん、と肩に手を置かれ、睨むようにヴェルを見た。
「俺は犯人を捜しに行ってくるぞ。三時間程度で戻ってくるとは思うからお前は……そうだな、深呼吸でもして少し冷静になったら好きに動くといい。
今は感情が錯綜して考えがまとまらないだろうけど、セイは俺より頭がいいから、少ししたらいい考えも思いつくだろ」
いつもの調子でにっと笑って見せるヴェル。
「お前は、なんとも、ないのか」
俺が尋ねるとヴェルはうーん、と、数秒考え、
「いや、別に。
師匠の力を狙う奴は少なからずいると思ってたし、ただ血がだいぶ持っていかれてるからそれは取り返した方がいいなとは思ってる。
もったいないし、悪事に使われるのは癪だろ」
いつもの調子で考察をサラッと言ってのけるヴェル。俺はと言えばヴェルに言われてやっと出血の少なさに気付けたというのに。
悔しさに歯を噛んだ。同じ歳だというのに何でこうも遠いのか。
「大丈夫だ、セイ。
この状況も、切り開くのはきっとお前だ。
落ち着いてパンでも食ってさ、すっきりしたら考えを聞かせてくれ」
それだけ言うとヴェルは「じゃ、またあとで」と手を振って工房を後にした。判断力も、行動力も俺とは比べ物にならない。あいつは簡単に俺なら出来ると口癖のように言うが、俺に何か出来たためしがあっただろうか。
「違う、悔やむのは後だ。
今は頭を回せ」
深呼吸して死体を睨みつける。業腹だが、ヴェルが大丈夫だと言ったんだ、なら俺にも何か出来ることがあるはず。
そう頭を切り替えると俺は一通り師匠の部屋を見回してみることにした。
本棚はいつも通り整然として、争った様子はない。歳を召しているとはいえ、師匠は吸血鬼だ。地の利のあるこの工房で抵抗する間もなく殺すなんてヴェルでも出来はしない。
だとすれば無抵抗で殺されざるを得ない状況だった。いや、抵抗できない相手か、もしくは抵抗したくない相手だった。それか、抵抗する必要が、無かった。
「祖の吸血鬼、フレシア、とか」
確かに礼を一つ言う為だけに三百年を生きているのだ、事が済んだら殺されても文句ひとつないだろうし、貯めた魔力を渡すのも吝かでは……そこまで考え、首を振った。
さすがにそう簡単に会える相手ではないだろう。探して会えるならとっくに探しているだろうし。
「たのもーぅ」
「……む」
聞き覚えのある声、人の事好き勝手ボコボコにするプライド高い美……じゃない、いけ好かない魔術師の少女。
「たのもーぅ。
おかしいわね、入るわよーっ」
「まて、すぐ行くッ」
さすがにこの状況をみられるのはやばいと思い、慌てて玄関へ走っていく。
玄関に辿り着くと、ティスが不愉快そうに仁王立ちしていた。
「……何の用だ」
「何だなにも、つい今しがたヴェルスターに会ってアンタに協力するように言われたんだけど」
腕を組みながらじとり、と睨みつけて来るティス。……ヴェルはいったい何を思ってこいつを送ってきたのか。
「俺は助けを必要としてない。
あいつには俺から言っておくから帰ってくれ」
しっしっと手で追い払いながら背を向ける。
悪いが今こいつに構っている余裕はない。だというのに。
「ふぅん、私はヴェルに頼まれたから助ける義務があるのだけど……こんな何も無くなった工房で助けを必要としていないなんて。
今ここで強盗に入られても何も文句は言えないわね」
後ろから魔力の気配。おそらく一目見た時点で結界が消えていることを看破したのだろう、口ぶりから察するに、『助けを無下にするなら私が強盗に入りますよ。』という意味だ。
さすがだヴェル。警察ではこうはいかなかった。こと助けさせるのであればティス以上に適任の人間は居ないだろう。
「悪かった、助けてくれ」
両手を上げゆっくりと振り返る。
「よろしい」
ティスは笑顔で言うといつの間にか構えていた杖をふっと空中に消した。なんとも、見事な魔術である。
無視していればアレで打ち抜かれていたのかと思うとぞっする。
俺は観念して『こっちだ』とティスに工房へ入ってくるように促した。
そのまま師匠の部屋に向かいながら帰ってきてからの状況を簡単に状況を説明した。
「ディアン様、ご冥福をお祈りいたします」
師匠の遺体を見るなり胸で十字を切り、祈りをささげるティス。
「さてと。とりあえず、犯人捜しはヴェルに任せて私たちはこの遺体をどうするかね。
このままだとあと一日もすれば灰になって消えてしまうわ」
言われて見てみると、師匠の指先は手袋ごと少しずつ灰になっている。
「後腐れが無いようにするなら工房ごと燃やしてしまうのも手だけど、貴方たちの私物もあるのよね。
なら封印かしら、そうすればとりあえず数日は持つでしょうけど。
持たせたところで、という感じはあるけど、方針を決めるまでならいいと思うわ」
手慣れた感じでこれからの事を提案してくるティス。
「封印は簡単に出来るのか」
「えぇ、ディアン様の魔力が散るのを抑えるだけだから、数分あれば出来るわ」
最初のとげとげしさはどこへやら、淡々と、しかし丁寧に説明するティス。
正直プライドが高いだけの人間だと思っていたが、こんな面倒見の良い一面があるとは。
「その、ありがとう」
「礼を言われる筋合いはないわ。これはヴェルの指示だから。
それとは別に貴方には一度負けているから、出来ればその借りを返したいところなのだけど」
今回は無理そうね。と、嘆息するティス。
「ま、また決闘でも挑むつもりだったのか」
恐る恐るティスの方に視線を向ける。
「違うわよ、失礼ね。
一応、迷惑を掛けた自覚があるからお返しをって意味よ、まったく」
ふんっ、と拗ねながら視線を逸らす。
訂正。独特の言い回しと、不器用を追加。
「悪い悪い。まずは今後の方針を決める為にも師匠の死体を封印、か……」
「そうね、そうと決まれば準備をしないといけないわね、封石はあるかしら」
「あぁ、それなら確かここに……あ、」
言いながら師匠の道具箱を開け、俺はそれを見つけた。
「まるで宝の山ね。これなら封印も簡単に……どうしたの、セイ」
思わず、手に取ってしまっていた。俺とヴェルの銘を彫られた儀式用の短剣が一本ずつ。
おそらく、時間旅行に行く前にでも渡そうと準備していたのだろう。
弟子を大切にする素振りなど微塵も見せなかったくせに、亡くなった後にこれは卑怯だと思う。
「素敵な短剣ね」
「ほんと、俺にはもったいないくらい、上等な剣だ」
目を閉じ、数秒。気持ちを切り替えてゆっくりと瞼を起こす。悲しむのも感傷に浸るのも出来ることをやってからだ。
師匠の遺体に視線を移す。身体の先端から、服ごとゆっくりと灰になっていっている。
死因は……おそらくこの胸に空いた孔だろう。まるで芸術のような刺突痕。
ふとヴェルが槍を振り回していた時のことを思い出した。確かあいつが真っすぐに壁を突いたとき、こんな綺麗な刺突痕が出来ていたような気がする。
心臓を槍でひと突き。
ヴェルと同等の強さを持つ師匠を、無抵抗のまま。
そこまで考えて、一つの結論に辿り着いた。
「グングニルのオーディン……」
ぼそり、と、呟く。
「なに、突然。オーディンがどうしたの」
封印の手を止めて、はて、とティスが首を傾げる。
「師匠を無抵抗のまま殺せる相手に心当たりがある」
ティスは一瞬驚いた後、目を細めてこちらを睨みつけてきた。
「にわかには信じがたいけど……一応、聞きましょうか」
俺は昨晩から今朝にかけてのガーデンでの事と、そこで遭遇したオーディンと思しき老人のことをかいつまんで説明した。
「そいつならあるいは、って。殺害に使用した武器も槍ならこの刺突痕と、オーディンの伝説とも合う、と」
「なるほど、あのヴェルスターが恐慌状態になるくらいならディアン様でも抵抗できないのも納得がいくわね」
ふむ、と、ティスが何度か頷く。
「これは……考えたくないけどもしかしたら俺たちがガーデンに、あいつの領域に踏み入ったのが遠因かもしれない。
俺たち自身を除いて一番俺たちの魔力が濃い場所は……ここだから」
そう、力無く言うとティスは大げさにため息をついて見せた。
「こんな遠い場所の魔力を感知できるならホテルで寝てたっていうあなた達を感知して起きる間もなく殺す方が遥かに楽でしょう」
それは彼女なりの励ましなのだろう。
だって動機なんていくらでも思いつく。縄張りを荒らされたのだから荒らし返す、住処を狙う、本人ではなく周りから殺して思い知らせる、とか。
けど、そうじゃないんだよと、遠回しに言ってくれているのだ。
結局動機なんて殺した本人にしかわからないのだから、直接確認するほかないのだ。
なんとも不器用な少女だ。
「さ、封印を開始するから少し開けてくれるかしら」
「待ってくれ、直前で悪いんだけど師匠の魔力は封印じゃなく、すべてこれに移してくれ」
そう言って倉庫の中から師匠が準備したのであろう宝石をいくつか取り出した。
「貴方、自分の師匠の亡骸を……魔力塊にするって、そう言うつもり」
倫理的に受け付けられないんだろう。だが、そうも言っていられない。
「もしかしたら戦いになるかもしれない、だとしたら出来る限りの準備をしておきたいんだ。
借りを返すと思って、頼む」
頭を下げる。ティスが出来なければ自分でやるしかないが……彼女がやるよりもだいぶ効率が落ちてしまうだろう。
「はぁ、正気を疑うわ。
昨日まで寝食を共にした人間でしょうに。
……いや、吸血鬼だったわね」
ティスは呆れたように深くため息を吐いた。
どうやらこれは自分でやるほかないらしい。
「わかった、なら……」
「いいわ、やってあげましょう」
予想外の返事に思わず固まってしまう。いや、頼んだのは俺なのだが。
「なによ、猫が舌を取られたみたいに固まって。
魔力を移すのなら早くなさい、霧散しちゃうわよ」
「え、あ、あぁ。……ありがとう」
ティスが何事もなかったかのようにてきぱきと準備をはじめる。
俺は慌てて手伝いながらこの後の方針を頭の中で考えていた。




