Phase2-2『セイとヴェルとティス』
Phase2-2 22/9/5 投稿
「はぁ、ねむ……おはよう、セイ」
「おはよう、ヴェル。朝食出来てるぞ」
ヴェルが大きなあくびをしながらダイニングへやってきた。早々に朝食の準備を済ませていた俺はというと、既に朝食を済ませていつものように魔術書に目を通していた。
「朝っぱらからよくやるね、ホント」
まだ目が覚め切っていないのか、ヴェルはけだるげにパンを口に運んでいる。
「俺はヴェルみたいに才能があるわけじゃないし、魔術を教えてもらってる立場だから。
これくらいはやらないと」
言いながら丁寧にページをめくる。実際頼んだ程度で教えてもらえるものではない。感謝こそすれ苦痛に思ったことはほとんどない。
「そんなもんかなぁ。
まぁ、セイがそう言うならいいけど」
もきゅもきゅとぱんをほおばるヴェル。この横着さで魔術も戦技もトップクラスなのだから神様は本当に不平等だ。
「俺も、もう少しでいいから才能があればなぁ」
やるせなさについ愚痴ってしまう。
このやりとりももう何度目だろうか。俺がこういうとヴェルは決まってこう言う。
「何言ってんだよ。
お前は、いつか俺に勝つよ、必ず。
というか俺は何があってもお前以外に負けるつもりはない」
「はは、そうだといいけど」
そうは言うが実際俺がこいつに勝てたことは一度もないし、勝てそうになったことすらない。魔術でも、戦技でも、こいつは遥か先にいる。
実力だけで言うならヴェルはもうとっくに一人前だ。足りないのは経験と心構え、と言っていたのは師匠の言葉だったか。
俺ももっと努力して早く一人前の魔術師になりたい。それが俺の小さな頃からの夢だ。
「ふぁ……はぁ」
大口を開けて欠伸をするヴェル。
「今日はいつにも増して眠そうだな」
「あぁ、昨日の夜、つい熱が入っちゃって遅くまでガーデンの事について調べてたんだよ」
「ガーデンって言うといつも調べているアレか」
ガーデン。あくまでヴェルの使っている通称で本当の名前は解ってはいないが『東方の桃源郷』『ブリテンのアヴァロン』『北欧のアースガルズ』のようなある種の理想郷のような場所がこの世界のどこかにあるらしい。
文献も国を跨いであるうえ極めて数が多く、妙な共通項があったりと情報の精査が非常に困難なため、ヴェルはその世界の事をずっと研究している。師匠の教えをそっちのけで。
最終目標はその異世界に一歩を踏み入れることなのだとか。
「昨日調べてた文献でさ、いくつか共通点を見つけたんだよ。
『大樹がある』ってことと『根元にあった国の名前』がさ。それでわくわくしてつい調べすぎて……」
ヴェルが高揚しながら話す内容に自分が知っているキーワードがあることに気付く。
「えっと、大樹の根元の国って言ったら、
『ユグドラシルの守護国アルキリオ』だっけ」
何の気なしに言うとヴェルの表情が凍り付いた。
「まて、今なんて言った」
「え、えっと、ユグドラシルの守護国アルキリオ……」
「なんでお前がその名前を知ってる、どこで知った」
ずい、とテーブル越しに詰め寄ってくるヴェルにたじたじとしながらどこで得た情報なのかを思い出してみる。あれは確か。
「えっと、確か、
……あれ────なん、だっけ」
途端、頭の中に靄がかかるような感覚に襲われる。この感覚は……。
「なるほど、ノートの情報か……」
俺の様子を見てヴェルは何かに気付いたようだ。
「ノート……」
俺は思考が上手くまとまらず、頭を抱える。
「ノートの情報を漏らせないのなら何故今ガーデンの情報は話すことが出来たんだ。
内容を話すにあたって何か抜け道があるのか」
ヴェルが何か呟いているがうまく聞き取れない。どんどん頭の中に霧がかかっていくような、不吉な感覚。
「セイ、今日の晩飯はなんだ」
ばん、と、両肩を叩かれてはっと我に返る。
「あっ、えっと、まだ、考えてない」
「そうか、じゃあ今日は魚にしようぜ。単純に焼いたやつでさ」
「あ、あぁ、わかった」
よくわからないが先ほどまでの不快さが消えてなくなっている、ヴェルが何かしてくれたのだろう。
良くわからないが今晩はいい魚を準備してやるべきだろうか、師匠のお使いが終わったら市場に行かないといけないな、なんて考えていると。
「たのもーうッ」
そんな考えを吹き飛ばすように玄関から元気な声。
「あー……またあいつか」
「あいつ」
深くため息を吐くヴェルに、はて、と首を傾げてみせる。
「ティス=メディアだよ。
あのエリートの」
「あぁ……」
エリートの。と言われて思いうかぶ顔が一つ。
確かショートの似合う、活発そうな名門魔術師の女の子だ。近所でも人当たりが良くて表の世界でも評判が良かった気がする。
「で、そんな子がなんでここに尋ねてくるんだよ、ヴェル」
「いや、交流戦終わってからしつこくリベンジマッチ申し込まれてんだよ、めんどくせぇ。
俺居ないって言ってくれないか」
渋い顔をするヴェルを見て素直に驚いた。こいつがこんなにもあからさまに嫌がるのを見るのはいつぶりだろうか。
……少しだけその女の子に興味が湧く。
「了解、話しつけてくるよ」
食堂で震えるヴェルをしり目に玄関へ向かい、ドアを開ける。
そこには件の少女がそわそわしながら立っていた。
「あら、ディアン様ったら、ヴェル以外にも弟子がいたのね。
恐れ入ります、ヴェルスター=ハイルロードはいるかしら」
綺麗な藍色の髪を揺らしながら上品に尋ねて来る少女、ティスに一瞬心を奪われる。おかしい、魅了の魔術を使う素振りは見て取れなかったが……。
「失礼ながらヴェルは今外出中だ、また日を改めてから来てくれるか」
そう言うと目を細めながら台所の方を視るティス。
「あら、おかしいわね。私には『居るように視える』のだけれど」
透視の魔術でも使えるのだろうか。言いながらじとり、と睨みつけてくるが顔が整いすぎていて特に怖く感じない。
「悪いけど『居ないと言ったらここには居ない』んだ。
いくら待っても無駄だから日を改めてきてくれないか」
居ても出さない。と、遠回しに伝えてみる。しかしティスは引くどころかため息をつきながら俺の鼻頭にぴっと人差し指を向けてきた。
「囀らないで、魔術弱者。
案内人なら許容したけど、ガードマンにしては役不足よ、貴方。
なんの役にも立ちそうにない微弱な魔力しかない人間は黙って私の指示に従いなさい」
まくしたてられ思わず肩を竦めてしまった。
なんでこう、ロンドンの魔術師は無駄にプライドが高いのだろう。魔力が低いと見るやこうやってすぐに見下そうとする。
まぁ、俺は弱いって言われ慣れてるからそこまで気にしたりはしないけれど。実際弱いし。
「やれやれ」
兎にも角にも問題はどうやってこの少女におかえり頂くかだ。どうにか説得する方法は無いものかなと、思案していたところ、
「ふざけるのも大概にしろクソが。
お前はどんな手を使おうとコイツに勝てねぇよ」
青筋立てながらヴェルが奥から顔を出した。
「いや待て、ヴェル。
俺がどうやったらエリートに……」
「あら、ヴェルスター。面白い冗談を言うのね、彼が私に敵う……ではなく、私が彼に勝てないと、そう言うのかしら」
俺の言葉を遮り、掌を口元に当てながら上品に、しかしはっきりと不快を態度で伝えてくるティス。
「あぁ、言ったよ。
セイはまだ強くないが少なくともお前みたいなクソに負けることは万に一つも、絶対に、無い、ね」
ぴっと親指を下に下げながら言い放つ。相手も相手ならヴェルもヴェルだ。不快の感情を微塵も隠さずに相手を睨みつけている。
「負けることがないと……よくも言ったわね、じゃあ私が彼に勝てたらどうするつもりかしら、ヴェルスター=ハイルロード」
「ハッ、そんときゃしつこいお前の申し出をいくらでも受けてやるよ」
「その言葉、後悔するわよ……」
俺の意志を完全に無視して話はとんとん拍子に進んでいく。
「どうしよ」
ティスとヴェルの交流戦は見ていたので相手の実力も戦い方も大体知っているが、こと魔術戦において俺が勝てる見込みは全くない。
「いくぞ、セイ、いつもの訓練場だ」
「えー……」
反論する余地もなく、半ば引き摺られるように訓練場に連れていかれた。
―――――――――――†――――――――――
工房の地下にある訓練場。普段は俺とヴェルが実戦訓練のために使用している。訓練中は中規模程度の魔術に耐えられるよう、衝撃阻害の魔法陣を起動する。なお、地下なのにやたら広いのは師匠が四次元方向に空間を広げているらしいのだが……俺の理解の範疇を超えているので詳細はよくわかっていない。
「さて、セイ、このクソ魔術師に思い知らせてやれ」
「いやー……あのな、本気か」
あれよあれよと準備が済んで模擬剣まで渡される。訓練は望むところだが俺が負けたらなんかまた面倒なことになるんだよなコレ。
「逃げないのはいい度胸です。
私の魔術の錆になりなさい」
どこから出したのか、くるくると杖を回してこちらを威嚇してくるティス。
「はぁ……一応確認しとく、何でも使っていいんだよな」
覚悟を決めて片手で模擬剣を構える。
「どうぞ、ご自由に。貴方が何をしたところで私には届きませんから。
先手もお譲りします、好きなタイミグではじめなさいな」
「……わかった」
あまりの物言いに少しだけ悔しくなった。
ここは幸いホームだ。ヴェル用に準備したものなのでここで使うのは少々癪だが一矢くらいは報いてやるべきだろう。
「接続開始」
右目を閉じる。相手の目の前で詠唱するのは今から攻撃します、と言っているようなものなので普通なら避けるのだが。
「thumb…(其は親『しん』を以て)
index finger…(人を示し)
middle finger…(仲を紡ぎ)
ring finger…(絆を築いて)
pinkie…(小さき誇りを)
palm…(手に取って)
両の腕に抱かれた、希望を胸に、我が眼が映す敵意を払え」
防ぎきれないほどの火力を避けきれない量準備すればいい。
「────ッ」
俺が剣を振りかざすとともに訓練場の壁からティスめがけて光が降り注ぐ、その数八。
一つ一つの魔力量は俺を満たして一人分、というところ。ふつうの人間なら十分に殺すに足るほどの火力だ。
まぁ、相手が魔術師なら死ぬほどの事でもないだろうし、多少防いだとしてもダメージは免れまい。
「はぁ……」
後ろからヴェルのため息が聞こえてくる。
なんとなく嫌な予感がするなぁ、と思っていると、空けていく視界の中心に、傷一つないティスが立っていた。
「あら、セイ。攻撃はまだかしら。
そろそろ私も待ちくたびれるのだけど」
ティスの周りにはバラの花が五つ……六つ、宙に浮いている。あれで防いだのだろうか。
優雅に髪を梳きながらじとっとこちらを睨むティスに少したじろいでしまう。今のはあれか、攻撃とすら認識していませんと言いたいわけか。
「なぁ、ヴェル。さすがに力量差がひどいんだけど」
「あ、そう」
弱音を吐いてみるが届かず。ヴェルは心底つまらなさそうだ。
「あっそう、ってお前さあ……」
「いつも通りやれよ、くだらん」
「いつも通りってそれ……」
ヴェルと戦うときのようにやれという言ことだろうか。眉を顰めて考えていると、さすがにティスがしびれを切らせて口を開く。
「さすがによそ見は許せないわね。
時間切れよ、死になさい」
言うが早いか、バラの花がこちらにすごい勢いで飛んでくる。
「……っ」
それを済んでのところで切り払うが、散った花弁は意志を持ったように俺の方に再び飛んでくる。
「嘘だろ────つぅッ」
魔力で細工されているのだろう、花弁が右首元、腕、太ももに掠る。
速度こそそれほど早くは無いがあまりにも数が多い。しかも切り払って散った瞬間に飛んでくるため逃げ場がない。
「あづっ、痛……ッ」
花弁が右足に数か所当たり、思わず膝を付いた。
「負けを認めるならこの辺にしておいてあげるけど」
そう言いながら空中でぽん、ぽんと次々とバラを生み出すティス。数に際限は無いのか……。
「いや、さすがにこれは無理だろ」
両手を上げて降参のポーズ。勝手に巻き込んできた争いだ、わざわざ俺が無理をすることは無いだろう。早々に降参して師匠のお使いを済ませたいのだが。
「真面目に戦う気もないなんて。
全く、無駄な時間を過ごしたわ。
ヴェルスターも本当に見る目がない。程度が知れるわね」
「────」
本当に、さっさと終わりたかったのだけれど、どうやら負けるわけにはいかなくなってしまったようだ。
「一応確認するけど、何されても文句は無いよな」
距離五メートル。出来るだけ平静を装って。ここまで戦う意思がないと思われているのだ、利用しない手は無い。
「好きにしたら、これだけ力の差があるのだからもう消化試合でしょうけど」
ぽん。と、空中に七つ目のバラを出してこちらを見るティス。最大いくつかは知らないが一つ出すまでに二秒程度のインターバルがある、詠唱込みなら同時に複数個出せるかもしれないが、距離的にそれは考えなくてよさそうだ。
「ふん」
ヴェルが満足そうに鼻を鳴らしている。ころころと機嫌が変わっていい加減な奴だ。
足に意識を集中させる。魔力を流せば相手に気付かれるだろう、だから詠唱は無し。幸い俺は膝を付いている、クラウチングスタイルなら多少マシなスタートが切れるだろう。
「────ッ」
魔力を全力で足に流す。合図はしなかった、不意打ち上等。何をされても文句はないと言質を取っている。
「なっ」
残り二メートル、ティスは不意を突かれて驚いた表情を見せている。手を伸ばせば届く距離、バラがこちらに向かう速度が早いが俺とティスの間には幸い四つだけ、俺は剣をティスに投げ捨て空いた右手。
「手で、──ッ」
驚愕するティス、その目前で四つのバラを豪快に掴む。
「ぃ、っ、」
痛みが走る、どうやら掌の中でバラが弾けたようだ。血だらけの右手に痛覚阻害をかけ、間に飛び込んでくる残り三つのバラも血だらけの手で掴……もうとして、力が入らなかったのでいなすように後ろに投げ捨てた。背中で、バラが弾ける音がする。
「馬鹿、死ぬわよっ」
杖で俺の模擬剣をはたき落とし……あぁ、声を掛けている余裕があるのか、彼女は。
おそらく、バラは俺めがけて方向を変えているころだろう。関係ない、痛覚阻害を背中に、重力阻害を周囲に掛けて懐に飛び込む。
そのまま俺はがら空きの胸元を左手で掴み、血だらけの右手で、ティスの左頬に思い切りひっぱたいた。
「────ッ」
ぱん、と、景気のいい音が訓練場に響く。
「きゃ……っ」
叩かれたりするのに慣れていないのだろう、あっけなくしりもちを付いたティス。直後、背中に鈍い感覚。バラが刺さったのだろうが痛覚を阻害しているのでよくわからない。
「い、痛みを感じないの……化け……物」
ぽた、ぽたと握りこんだ右手から血がしたたり落ちる。視線をティスから離さずに左手で模擬剣を拾い上げた。
「まだやるのか」
「ひっ……」
最初こそ事前に準備していた分を展開したのだろうが展開分のバラは全て散った。さすがにもう新しい分を生み出す余裕は与えない。
「ぅ……まいり、ました……」
俺の血でぬれた左頬を触り、戦意を喪失したのか。ティスは俯きながら消え入りそうな声で呟く。
「はぁ……」
終わった。と、俺はそのままその場に崩れ落ちた。
「きゃぁぁッ」
いきなり倒れたので驚いたのだろう、ティスの叫び声が耳に障る。
さすがに失血で意識がもうろうとしているのと、魔力切れで痛覚が戻ってきて呼吸も危うい。
「おつかれさん」
全身から痛みが消えていく。ヴェルが痛覚阻害を掛け直してくれたのか。
「もう勘弁してくれよ、本当に……」
満足そうに笑いかけて来るヴェルに少し安心した。とりあえず勝てたし、面目躍如を果たせただろうか。
俺は微睡む意識に身を任せ、ゆっくりと目を閉じた。




