Phase2-1『図書館より、見つけたもの』
Phase 2-1 22/8/29 投稿
『ロンドン大図書館』
銀色の髪を揺らしながら魔術書コーナーを練り歩く。
「本当にここにあるのかな……」
眉をひそめながらだいぶ慣れてきた英語の書籍を一つ一つ確認していく。極東の母国、日本で師匠に拾われてはや五年、戸惑うことも多かったが今ではあっちの生活を思い出すのが珍しくなってきたくらい。あれからずっと一人前の魔術師になるべくずっと勉強してきた。
今もその勉強の一環で師匠のお使いに図書館まで来ている。
ジャンルごとに目的の書籍を探す。依頼された五冊の魔導書……一般人から隠匿されたそれを持って司書の下へ向かう。
すると、その途中、本の中に沈んでいる一冊のノートが何故か目を引いた。
「────」
そもそも、本来であれば何故ノートが本棚に収まっているのか理解に苦しむところだが……俺はそんな不信感を微塵も覚えることなく、自然とそのノートを手に取っていた。
「Hero say…(英雄は云った)」
思わずノートのタイトルを読み上げる。手書きのそれはやたら古く、ともすれば自分が生まれる前からあったのではないかと思うほど。
少し悩みながらもちょっとだけ開いて見てみることにした。
「待ちなさい」
「────ッ」
いきなり両肩に手を置かれ、びくりと身を竦ませる。振り返ってみると先ほどまでカウンターに居た司書だった。いつの間にここまで来たのだろうか。
「えっ、えっと」
俺が戸惑っていると司書は俺とノートを交互に見比べて、
「その本は君のもののようだね、セイ・ディリブ=フロクレス君」
そう、よくわからないことを口にした。
思わずはて、と首を傾げる。名前を告げた覚えもないし、何より俺もこのノートを今しがた見つけたばかりだというのに何を言っているのだろうか。
しかしそんな俺の戸惑いを知ってか知らずか、司書はふむ、と数秒悩んだのち、
「保管料として、そうだな十五ドルほど貰おうか」
そう言って右手を出してきた。
……もう何から何まで訳が分からない。ここは図書館で、書庫ではないはずだ。そもそもこれが俺の本ではないし、いや、本というかノートだし。
支払い義務が発生するとは到底思えないし十五ドルなんて払ったら俺が明日まで霞を食べて生きることになるのだが。
様々な思考が逡巡し、結論としてノートを突っ返そうとしたところ。
「何をしている、それは君が持っていなければならないものだろう」
真っ直ぐに言い放たれた司書のその言葉で何も言い返させなくなった。
何故か目を引いて、何故か手に取って、何故か保管料を取られて、でも。
「俺が持つべきもの……」
気付けば、保管料を渡し、ノートを持って図書館の外に出ていた。
――――――――――†――――――――――
「で、ワシが頼んだ本は全部置いてきたと」
ロンドン郊外、辺境の魔術工房内。
蓄えられた白いひげと深い皺、一目で魔術師だとわかるほど魔術自然とした老人に説教を受けている。彼の名前はディアン=ツェペッシュ。俺の、魔術の師匠である。
「えっと、……はい」
事の顛末を聞き、じろりと睨めつける師匠から目を泳がせる。
決してお使いを蔑ろにしたかったわけではないのだが、司書からノートを受け取った後、よくわからないうちに工房まで帰ってきていた。
「あいつめ、ワシの弟子になにかしおったのか……一度モノ申してやらんといかんかのう」
モノクルを外し、ため息をつきながら目元を抑える師匠。
「いや、その……こういうのはなんなんだけど師匠、あの人は俺に何もしてないと思う。
どっちかっていうとこのノートが怪しいんだけど」
そう言って図書室から持って帰ってきたノートを師匠に差し出して見せる。
「ふぅん、どれ」
受け取るなりぱらぱらとノートをめくり、すぐさま俺に突っ返してきた。
「だめじゃな、ワシには『見えん』よ、おそらく阻害の魔術が掛かっておるのじゃろう。それも……ふむ、丁寧な術式じゃ。
解除するのは簡単じゃが、術式に手が込んでいる。この手の魔術は解除したら何が起こるかわからん、最悪内容が消えてしまうかもしれんし、このノートはお前がこのまま持っておきなさい」
「あ、えっと、はい」
淡々と説明だけして自分の研究に戻る師匠。
「あの、頼まれてた魔術書は……」
「今日はもういい、明日にしなさい。
あとセイ、夕食の用意をそろそろ頼むよ」
「……はい」
納得がいかなかったが師匠はこうなってしまうと全く話が通じない。よしんば話せたとしても今度はお説教どころでは済まない。
詳しい話はまた明日にでも訊こう、と、諦めた俺はしぶしぶと夕食を作るために台所へと向かった。
――――――――――†――――――――――
「…………さて、と」
台所で夕食の準備をしながら今日の事を少し振り返る。
まずあのノート。台所に来るなり少し目を通してみたが、どうやら簡単な日記のようなものらしい。俺は読めるのに他の人には読み取れない内容。タイトルは手書きで、自分の字に似ている気がするが……核心を得るほどではない。自分だけが読める、というところを鑑みると自分で作成して記憶阻害の魔術を自分に掛けた可能性もあるか。
いや、俺が自分に魔術を掛けるのは解るがそれに師匠が手を出せないなんてことあるだろうか。
もしかしたらこれを俺のものだと言っていた図書館の司書なら何かわかるかもしれないが……。
「よっ、セイ。今日の晩飯はなぁにかな」
とんとん、と野菜を短冊切りにしているところで声を掛けてきたのは親友にして兄弟子のヴェルことヴェルスター=ハイルロード。
タイミングがいいのか悪いのか、これ以上考えていてもあまり意味がなさそうだな、と諦めた俺は一旦行き詰っていた思考を中断し、ヴェルに向き直る。
「市場で米を見つけたから久しぶりに炊いたのと、あとは普通の野菜炒めだ」
「ほぅ……いいな」
目を輝かせながら鍋の中を覗き込むヴェル。
個人的にはだいぶ手抜きの部類なのだが師匠とヴェルにはやたら米の評判がいい。惜しむらくはロンドンではなかなか手に入らないことだろうか。
「で、セイ。
今日図書館でなんか面白いもの見つけたらしいじゃん、見せてみろよ」
おそらくそっちが本題なのだろう、テーブルにどっかりと腰かけるヴェル。
「面白いものかはわからないけど、気になるなら好きにみたらいい」
そう言って片手間にテーブルのノートを指さす。
「え、なに、このノートが面白いもんなのか。
どう見てもその辺に売ってる大学ノートだけど」
なんの変哲もないノートを手に取りながら首を傾げるヴェル。
「いや、だから面白いかはわかないって念押ししただろ、文句があるなら見なくていい」
ヴェルの言いように思わず口をとがらせる。
こんなノートに十五ドルも出したなんて俺も認めたくはない。
「まぁまぁ、そうカリカリすんなって。
……にしても見事に真っ白だなこれ」
言いながらヴェルがぱらぱらとノートをめくる。遠目でも俺には文字が見えるのだが……。
「師匠が言っていたけど内容は他の人間に読めないよう阻害の魔術が掛かっているらしい。
解除も出来ないことは無いらしいけど、内容が消えてしまうかもしれないからそのままにしておくってさ」
「へぇ、なら俺も適当にいじらない方がよさそうだな。
内容はなんて書いてあんの」
「あぁ、内容は……え、と」
本の内容を思い出そうとして思考にじわりと霞が掛かり、炒め物の手が止まる。内容はなんとなく記憶にちらつくのに言語化が出来ない。
「あー、なるほど。お前がこのノートの内容を開示するのも出来ないわけかー」
へー。と、ヴェルが感心したように何度か頷き、ノートをぱたんと閉じた。
「……みたいだな」
思考を止めて炒め物を再開する。
ノートの内容を想起、言語化しようとすると思考が淀むのか……変な余計な制約を負ってしまった。
「はぁ、とりあえず夕食の準備が済んだから師匠呼んできてくれ」
「あいよー」
師匠を呼びに行くヴェルの背中を見ながらやれやれ、とため息を一つ。
その後師匠、ヴェルと食事を済ませたあと、また少しノートに目を通してからその日は就寝した。
俺はこの日いろいろと不思議なことが重なったな。くらいにしか考えていなかった。
何故ならこのロンドンでは魔術的な出来事が日常茶飯事の為、人が空飛んだり家が一晩で消えていたりということがままあるのだ。この程度の出来事では『あぁ、こういうこともあったな』くらいで終わってしまう。
この時俺はこのノートの重要性を理解していなかった。この時点でノートの役割をきちんと理解して行動するべきだったというのに。




