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Endless WAR  作者: 嵯峨時政(さが ときまさ)
20/72

Phase1-12『挑戦する者』

Phase 1-12 22/7/25 投稿

Original perspective by Sei


「はぁ、はぁ、はぁッ……」

 ほとんど獣道のような参道を何度も転びそうになりながら全速力で駆け抜けていく。もういったいどのくらい走ったのか、闇の中を駆けているせいで時間も距離も曖昧だ。

 ……本当はこんなに走る必要はない。キリアリスにも言ったがユグドラシルは個人の力で破壊できるものではない。

 だが、隊員交換中ずっと見てきたあのダイアスレフならあるいは破壊できるのではないか……破壊までいかなくても楔を打ち込むようなことが出来るのではないか、と、少し、不安になってしまっている。

「はぁ、はぁ、────ふぅ」

 走るのをやめ、息を整える。闇の奥を見つめると、延々と続くのではないかと思われた道の先に、わずかな光が見えた。

 ここまで来たら引き返すことなどできはしない。

 思い返してみれば、ひどく長い二か月だった。

 最初図書館で『ユグドラシル』と『結界への対処』の本を見ていたダイアスレフ。彼を見かけたときは『ユグドラシルが結界の要と知っているのだろうか、もし知っているのなら』と、俺が知っている情報も含めて弱みに付け込んで何かコネでも出来れば。その程度に考えていた。

 しかし、彼の部隊で正道の騎士を見せつけられ、ひどく感化された。素直に憧れてしまった、のだ。

 自分でも情けないと思う。騙して近づこうとしている相手に憧れるなんて滑稽にもほどがある。その頃には、自分にも『そういう真っすぐな選択肢』があるのではないか、と思い始めていた。

 そうして最後には彼の目的を知り、チャンスだ、と思うと同時に、正しい方法で彼を止めることが出来るのではないか、と思った。思って、考えてしまった。

 柄じゃないことはわかっている。自分が弱いことは自分が一番理解しているのだ。だけどもし、ここで彼に勝つことが出来たのならば自分の生き方も少し変えられるのでは。

 そう思ったら止まらなかった。入念に下準備を済ませ、戦略を練って、今ここにいる。

「────はぁ、は──」

 思わず、武器の状態を確認する。装備品ともども万全な状態……のはずだ。弱気になる心を押し殺しながら光の方へ向かっていく。

 もう目と鼻の先、視界に収まりきらないほど巨大なユグドラシルと、その根元で何かを設置しているダイアスレフが視界に入った。

「……それにしても、これ以上ないタイミングで来たね、セイ」

 とぼとぼと近づいていく俺に、ダイアスレフがゆっくりと振り返る。

 乱れる呼吸をゆっくりと整えて胸を張りながら視線だけは負けないよう、睨みつける。

「そのあたりだと巻き込まれる、離れたほうがいい」

 爆発物でも仕掛けたのだろうか。もしそうならば好都合だ、ダイアスレフの性格を鑑みるに俺がここにいる間に無理に起爆することは無いだろう。

「嫌だ、ここで引き返せば絶対に後悔する」

 ゆっくりと剣を引き抜くとそのまま肩の力を抜き、正眼に剣を構えた。

「それに、俺はクックフェトさんに話を聞いて来いと送り出された。

 なんの真意も知ることもないまま帰るなんて、死んでもしない」

 言い放つ。

 ダイアスレフは一瞬驚いたように目を見開いたかと思うとふっと優しい顔で目を閉じ、その一瞬後には真剣なまなざしをこちらに向けていた。

 彼の中でどのような感情が逡巡したのか想像に難くない。

「いいだろう、ならばその剣で訊いてみろ」

 真剣に、しかし楽し気に聖剣を引き抜くダイアスレフ。

 心臓が煩い。耳が痛い。奥歯が痛い。緊張に潰されそうな心を押し込めて、息を吸い込んだ。

「───Physical(身体) effect(強化)/flat(起動)───」

「───Physical(身体) effect(強化)───」

 重なる詠唱。俺とダイアスレフは全く同時に駆け出した。

 ダイアスレフの様子を見るような視線に嫌気がさしながら剣を逆袈裟に振りかぶる。

 調子がいいのか自分の想像以上に剣線が早い。弾かれ、散る火花に負けることなく、魔力を込めたアルタキエラは吸い込まれるように再びダイアスレフへと向かう。

「なんで大樹を壊すんです。この国のシンボル、それを無くすことに何の意味があるっていうんですかッ」

 左から二連戟、防がれるのを前提に早めに振りぬく。

「これはこの世界を閉じ込めている。

 もっと広い世界が、大地の向こうがあるんだよセイッ」

 予想通り、俺の剣を軽くいなし一歩後ろに下がったかと思えば、すぐさま踏み込んで袈裟に切りつけてくるダイアスレフ。

 ────知っている、知っているんだよ。ダイアスレフ。俺はこの世界が閉じられたものであることをこの部隊に、いやアルキリオに来る前から知っている。

「だれが作ったのかは知らない、だが、誰にだって世界を閉じ込める権利なんてないだろう」

 斬撃を鍔元で受けてそのまま競り合う。

 ────確かに、その通りだ。閉じられた世界、魔術師にとっての理想郷はしかし、望まない者にとってはいい迷惑でしかない。

 だって、世界はもっと、果てしなく広いのだから。

「それ…でッ。

 それで悲しむ人がいて、あなたは胸を張ることが出来るのか、フレア=ダイアスレフッ」

 がりがりと鍔迫り合いながらダイアスレフを押し込み、勢いに任せて右下に切り払った。

 そのまま剣に魔力をゆっくりと流しながら加速していく。

 ────だが、それでも、このユグドラシルがもたらしている恩恵は大きく、それを享受している人間は多い。特にこの国では顕著だ。

 そういった恩恵を彼の、ダイアスレフの一存で行えば苦しむ人が増えるのは目に見えている。それを、良しとするのか。

「セイ、君は知らない。この大樹があるから」

 切っ先を強く弾かれる。

「魔力を使える人間が多く生まれること、そして魔力を持たない他国との争いが絶えないことをッ」

 たん、と、後ろに飛んだかと思えば一瞬で距離を詰め、その勢いで斬戟を放ってくる。

 ────それも、知識だけであれば知っている。魔力を持つものと持たないものは常に争ってきた。それはどの人種、どの時代、どの国でも同じ事でこの閉ざされた世界だからというわけではない。

 だが、この世界で苦しみぬいたダイアスレフにはこの外の世界がきっと、理想郷なのだと信じているのだろう。

「───うぐっ」

 大きな火花と金属音があたりに響く。辛うじて受けたが、勢いを殺しきれず後ろに二歩下がる。しかし、相手も大振りの後だ、この隙を逃すわけにはいかないとすかさず突きを繰り出す。

「この大樹の力を我が物顔で振るう、兵士の命を使い捨てるアルキリオの腐った頭を更生させるにはこの大樹と結界を消す他ないんだッ」

 突きをくぐるようにしてこちらの懐に踏み込んでくるダイアスレフ。

 肩から当たりに来ているだけ、大事には至らないであろう一撃。

「────/Stack──ッ」

「──……ッ」

 しかし俺は胸の装備を思い出し咄嗟に左腕を強化し、ダイアスレフと胸の間に差し込んだ。

 重ね掛けの強化を晒してしまったのは少々痛いが、まだこの防具に気付かれるわけにはいかない。

「君こそなぜ大樹を庇う、こんなものが、魔力なんてものがなくても努力する人間は努力するし、落ちぶれる人間は落ちぶれる」

 威力を殺せずに思わず数歩あとじさる。

 ……追撃がない。おおよそ七メートルほどの間合いが二人の間に空いた為、すぐさま大きく息を吐いて呼吸を整えた。

 対してダイアスレフは……あれだけ動いたというのに疲労の色が全く感じられない。それどころか、話をする余裕すらある。

「むしろキリアリスのようになんの努力もなく聖槍に見初められただけで戦場を我が物顔で闊歩する人間がいる、その事実がッ。

 生まれながらにして不平等が敷かれるこの世界の方が遥かに歪んでいるッ」

 その言葉に、俺は内心で半分だけ同意した。だって、俺には才能がない。戦闘の才能も、魔術の才能も、人並み以下だ。これ以上急激に伸びるなんてことはまずないだろう。

 ……だが、半分は反対だ。

 だって、誰より恵まれたダイアスレフが、その恩恵を享受している人間が、それを言うのは間違っていると思うから。

 汗を拭いて剣を握り直す。ダイアスレフはすべてここで俺に伝えるつもりなのか、真っすぐこちらを見ながら話を続ける。

「何より憎い。あんな罪人が、なんの制限もなくのうのうと街を歩く姿が、苦しんでいる俺の、心も、知らずに生きているその現実がッ」

 まるで叫ぶような慟哭。気付けば、ダイアスレフの左頬に一筋涙が流れていた。

「だから、俺はこの大樹を、結界を消すんだよセイ。

 セイ=ディリブ・フロクレス」

 初めてフルネームを呼ばれ、思わず身体が強張った。

「魔法名か、君がなぜその名を冠したのかは知らない、『フロクレス(選定者)』とは、君の名付け親が誰かは知らないが悪趣味な名前を付けたものだ。

 君も、それで苦労してきたに違いない」

 フロクレス、選定者と呼ばれる者たちは神に選ばれ、人を選ぶ権利を有しているらしい。

 具体的な内容は俺も知らないが、実際この国に来るなりこの名前のせいで真っ先に拘束されかけた。

 ……名付け親である師ならばもしかしたら知っているかもしれないが、名付けた理由も含めてそれはもう確認のしようがない。

「そうだよセイ。

 魔力さえなくなってしまえば、選定者も居なくなる。君がその名前に苦しむ必要は無くなるんだ」

 まるで今思いついたような発言はきっと本心なのだろう。

 思ったことをただ俺にぶつけている、思想ではなく、激情の籠った言葉達。

 俺はその一つ一つをもう一度自分の中でかみ砕いて理解しなおし、ゆっくりとダイアスレフに向き直った。

「ありがとうございます、ダイアスレフ隊長。

 でも俺は、このアルキリオに来るまで名前の意味を知らなかったですし、困ったこともない。

 それに、これから苦労するとしてもこの名前は間違いなく祝福あれとつけられた名前です。

 感謝こそすれ、憎むことは絶対にない」

 俺の言葉にはっと気づいたような表情を見せるダイアスレフ。

 何に気付いたのかはわからないが、おそらく俺が何か迂闊なことを言ってしまったのだろう。

「そうか」

 ダイアスレフは納得したように一度呟いた。

 その表情から、これで最後だぞ。と伝わってくるようだった。

 次で決まるというのなら出し惜しみをしても仕方ないだろう、俺はゆっくりと息を吐くと、『/Stack』と詠唱した。

 魔術の出力が少ない俺が出来る一種の足掻きだ。出力を上げるのではなく、重ね掛けすることで通常の強化よりも効果を高めるためのもの。

『───Physical(身体) effect(強化)/Boost(高出力)』

 対するダイアスレフは単純に出力の向上で受けて立った。

「────来い」

「────行きます」

 静かな闘志を向ける視線に、真っすぐ突っ込んでいく。ダイアスレフはそんな俺の動向を惑わそうと剣先をわずかに揺らしている。

 狙い通り、だ。彼は俺の力を十分に知っている為、後手でも打ち取れると……侮っている。

「シッ」

 俺は剣先を出来るだけ小さい動作で弾き、そのまま彼の懐に飛び込んでいく。

 流れは、いつぞやの模擬戦闘の焼き増しだ。

 ショートエッジから戻って数日、何度も何度も頭の中でトレースしてきた。

 きちんと剣の型が出来ているダイアスレフは、俺の行動が同じならば、ほとんどの場合決まった型で応じてくる。

 その中でも、俺が最も一撃入れられそうだった、あの瞬間に近づけ、そして上回るために。

 次は────。

 俺の体制を崩すよう剣を引き寄せ強引に切り払ってきた。

「──あッ」

 その剣を弾いて、若干左に流していた身体を傾け、バランスを崩したように見せる。

 視界すら相手には向けない。相手の油断をぎりぎりまで誘う。あと五秒程度しか持たないであろう、重ね掛けされた身体強化。

 心臓が煩い。もしこの時点で俺の目的に気付かれていたら終わりだ。彼は少し後ろに飛ぶだけで余裕を持って俺の間合いの外に出ることが出来る。

 前回同様であれば、ここで剣を思い切り『振り下ろせない』はず。

 何故なら俺の怪我を危惧していた前回同様、いや、今回は真剣。思い切り振り下ろせば俺を『殺してしまう』為だ。

 彼の性格上、俺を……話をしてまで納得させたかった、引かせたかった人間をこの場で切り捨てることは絶対に……しない。

 だから必ず手加減して柄で殴るなり手刀に切り替えざるを得ない。

「────ッ」

 ダイアスレフの軸足が一瞬硬直したのを見逃さなかった。

 ここだ、ここまでの流れが欲しかった。

 今まで七割程度で蹴っていた地面を全力で踏み込む。まるで飛翔したかと錯覚するほどの加速。

「うぁああああああっ」

 踏み込んだ足の反対側を軸に身体を独楽のように回転させて最短距離で首……は遠い、俺は胴を、落としにいって、ダイアスレフが放ってくるのは、蹴り。

「────遅いッ」

 振り切るには間に合わない。ここまでの流れは直撃するこの蹴りにつなぐ為。

 胸には、蹴りを防ぐ為に強化した鎧を付けている。商店街で見たあのボーンメイル。

 ダイアスレフはあれを蹴り砕けると言っていたが俺はそれを魔術で強化して使用している。

 この鎧は砕けることによってある程度の衝撃を殺すのが主な役割。副次的な効果でこれは折れることによって相手に『骨を砕いた』と誤認させることが出来る。多少のダメージは受けるだろうが、この蹴りは完全に『予想通り』だ。後ろに飛んで衝撃を殺せば十分受けきれるし、受けた後は片足の浮いたダイアスレフを一刀すればそれで終わり……。

「────あッ」

 初めて感じる、胸が軋み割れる音。

 前回の威力を遥かに上回るそれは、鎧を貫通して俺の肋骨を間違いなく、砕いた。

 宙を飛んでいる。引き延ばされたように景色がゆっくりと流れていく。見下ろす位置にいたダイアスレフはこれだけ虚を突かれ、命を狙われたというのに、俺の身を案じるように眉を顰め手を伸ばしている。

 あぁ、ここまで手を尽くして、卑怯の一歩手前まで尽くしたというのに。なんて、なんて。

「かっ、は……ぁ……」

 どっ、と背中ら落ちて一瞬呼吸が止まりかける。しかしそんなことはどうでもよくなるくらい、割れた肋骨が、胸が痛い。

 右手で剣を強く握りこんで杖代わりにしてふらふらと立ち上がる。

 もしも鎧がなければ即死だったのではないだろうか、本気でそう思えるほどの一撃だった。

「私の勝ちだ、セイ」

 いつの間にすぐそばまで来ていたのか、ダイアスレフが手を差し伸べながら言う。

 ────完敗だった。

「くっ、そ、俺は……止められ、なかった」

 左手を力なく伸ばす。その手を力強く掴むと、ダイアスレフはゆっくりと俺を引き上げた。

 そのまま彼は剣を脇に置くと、自身の強化を解除して肩に担ぐように支えた。良かった、背負われた日には鎧の事が露見してしまう、と、そこまで考えて、自分の当初の目的を思い出した。そうだ、俺はここに来て、ユグドラシルの調査をしようとしていたのだ。

「ありがとう、セイのその気持ちは本当にうれしい。

 俺が少しでも間違いがないように、胸を張れるようにと思ってくれているのがとても、嬉しいんだ」

 何か言っているがところどころしか頭に入ってこない。口の中を切ったのか、それとも内臓をどこか痛めたのか、口端からつぅ、と、血が一筋零れる。

 血の気が引いたからだろう、相手の言葉は理解できないくせに頭の中は澄み渡っていて、嬉しそうにしているその表情はどこからどこまで見ても隙だらけ。重ね掛けこそ切れたが……俺はまだ強化すら解いていないというのに。

 悔しさにぽろぽろと涙が零れる。あれだけ苦労して傷一つ付けられなかった相手。その相手をただただ『今なら殺せる』と、理解して口元が吊り上がる。

「悪いが、もうあとは俺がやることを見ていてくれ。

 頼むから無理をするなよ、間違いなく肋骨は折れているだろうし、それに」

 本当に、本当に、本当に、本当に烏滸がましかった、俺みたいな端くれな人間が騎士道なんて夢見るのが間違っていたんだ。限界を見て現実を思い知った。なぜ夢見たのか、馬鹿らしい。

 彼らと一緒にずっと騎士道の真ん中に居たせいで薄れてしまっていたが、俺はそうじゃない、悲しいけど、そうなれないんだ。

 笑い泣きながら噛み締めろ。憧れた道は遠いものだと。俺は、自分の平穏と生活すら捨て去って魔法を求めた……魔術師なんだと。

「本当に良かった、あなたが優しくて────」

『/Stack』と俺が呟いた瞬間、ダイアスレフの身体が強張ったがさすがにもう遅い。

「────がッ、あ」

 さすがに密着している状態では感知も意味をなさなかった。ダイアスレフの右手首を切り飛ばす。躊躇いは無い。

 さすがに強化していなければ分が悪そうだ。こちらは胸のダメージが大きいだろうが、『痛覚阻害』で動く分には全く問題がない。

 あぁ、ここまで鍛え上げてくれたダイアスレフには感謝しかない。

「───Physical(身体) ef───」

 詠唱はこういう時に不便だ。たかが二節言うだけがこれだけの隙になる、だから嫌いなんだ。不意打ちをするのに向いていないから。

 ダイアスレフの左肺にアルタキエラを突き立てる。これでもう、詠唱は物理的に出来ない。

「はぁ────終わった」

 呟きながら剣を引き抜く。初めて人を刺したが、感想は『血が噴き出したりしないんだな』という程度だった。

 零れ落ちる血を呆然と見ながらダイアスレフが膝から崩れ落ちる。

「────な、ぜ」

 何か喋りたいのだろうが、口が赤く泡立つだけで言葉が一向に出てこない。

 視界の端にあったダイアスレフの剣を駄目押しに蹴り飛ばす。これで、詰みだ。

 虚ろに見上げてくる彼の目を真っすぐ見る。

「俺はここに、ユグドラシルまで来たかったんです。

 合法的に、そして怪しまれないように」

 俺が元居たところへ帰るため。その手掛かりを探すために。

「まさか、ずっ……と」

 騙していたのか。と、言いたいのだろうか。

 ────あぁ、騙すつもりだった、最初から。

 そうと知らずにずっと面倒を見て、本当にいい夢を見せてくれた。全く、滑稽なことだ。

「改めてありがとうございました」

 出来るだけ自然に微笑みながら頭を下げ、役立たずになったボーンメイルを引きちぎって投げ捨てた。

 あとは。

「この剣は手向けとしてお返ししますね」

 分不相応に与えられた剣を首めがけて力任せに振り下ろす。鈍い感触、直後にごとん、と鈍い音と共にダイアスレフの首が落ちた。

 その死体の上に、無造作に剣を投げ捨てる。

 がらん、と、武骨な金属音が静寂を切り裂いて消えていった。

 緊張の糸が切れ、魔術が霧散すると同時に膝を付く。

「────う、ぐ、」

 魔力が切れ、胸がうずくように痛むが、それを忘れてしまうほどの気持ち悪さ……内臓がひっくり返るような感覚に襲われる。

 胃の中のものを全部吐き散らかしていく。

 その間も目の前で無残に転がるダイアスレフの死体から目を、離せなかった。

「は───、ぁ、くぅ」

 どのくらいの間吐いていたのだろうか。内から外から焼けるように痛む胸を押さえてゆっくりと立ち上がり、無言のままユグドラシルに向き直る。

 ダイアスレフが何かを設置していたことを思い出し、急ぎ足で駆け寄った。

 たどり着いてみて、非常に驚いた。

「ユグドラシルが、抉れている……」

 特に爆発音などはしなかったが……抉れたユグドラシルの中心には魔力が溢れそうになっている宝石が六、七、八個。

「まさか、カラの封石をこんなに使ったのか……」

 価格にしてどのくらいになるのだろうか。さすが、としか言いようがない……だがそれ以上に。

「ユグドラシルは……魔力で構成されている……のか」

 信じがたい事実だ。これだけ巨大なものが魔力で編まれていて、存在を保ち続けていられるなんて。

 ……魔力とは通常霧散するもの。人体のような『外側を覆うもの』がなければ時間と共に消えていくもの。

 その巨大な存在を維持するだけの魔力、その塊。いったい何からそれだけの魔力を得ているのかは知らないが、なるほど、それだけのものなら根元のこの国は確かに高密度の魔力下なのも納得ができるし、狭いとはいえこの世界を結界で覆えるのも納得がいく。

「そして、ここが」

 おそらく結界の起点、中心地なのだろう、もしくはそこに一番近いのか。

 魔力が濃すぎて俺には全く判別がつかないが、ダイアスレフはその目算があってここに封石を置いたに違いない。この場所は覚えておいた方がいいだろう。

 魔力が大量に籠った封石をすべて拾い上げ、念のためにと持ってきた魔力を通しにくい袋に詰めていく。

 中に入っている魔力は一個あたり俺の魔力の総量の二倍程度。とんでもない高級品だ、きっとどこかで役に立つこともあるだろう。

 その後あちこちと数分の調査を終え、元の場所へ戻ってきた。

 ……上々だ、文句なしの結果。誰にも疑われる理由は無く、得られた情報は非常に多い。あとは帰投しても問題ないだろう。

「─────」

 立ち去る直前、ダイアスレフの死体を一瞥した。死体の上に無造作に置かれたアルタキエラが月明かりに照らされて、静かに輝いている。

 俺はそのまま無言でその場を後にした。もう、振り返ることは無かった。

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