プロローグ2
おおよそ七分の二です。
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最初ずっと言葉に詰まりながらしゃべっていたセイがショートエッジのメンバーとようやっと普通に話せるようになったころ、すでに彼が来て二週間が経過しようとしていた。
「────百九十九、二百ッ」
「そこまで、とりあえず今日はそこまでにしておこう」
さすがに二週間も寝食を共にしたからか彼のいろんなところが見えてきた。好き嫌いの少ないところ、寡黙に見えるが非常に熱くなりやすいところ、日々の記録を取るまめなところ、戦闘の才能はからっきしだがそれなりに身体は鍛えてあるということ、そして、彼の魔術属性が『阻害』という非常に使い勝手の悪いものであるということ。
「さて、木剣振り終わったら次は魔術の訓練だ。
さぁ、準備開始ッ」
「────はいッ」
号令を掛けると同時に弾けるように道具の準備を始めるセイ。最初数日こそ戸惑っていたもののだいぶ手つきも慣れてきた。
魔術が好きなのか、この訓練の時はやたらとやる気に満ち溢れている……才能は如何ともしがたいが。
「今日はお前の魔術『阻害』によって認識の阻害が可能かと、……その前に身体の強化魔術を教えていく」
「はいっ。
……え、身体強化……ですか」
内容が思ったものと違ったのだろう、セイは道具の前で膝を付きながら首を傾げた。
「そうだ、おそらく認識の阻害も意識してかかりに来てくれるような奴でもない限りセイの魔術には掛からない。
それならばと、誰にでも使える身体強化を改めて伸ばしていこうと思ってな」
きっぱりと言うと非常に渋い顔をするセイ。自分の属性が相手に効きづらいとはいえ、伸ばすことを諦めてしまうのも悔しいのだろう。
「そう渋い顔をするな。
この二週間、セイが頑張ってきたのは知っている、けどな。物理阻害も石ころ一つ減速する程度、しかもほんの少しだけ、意識の阻害は町の人にすら掛からないレベルなんだから。
それなら多少でもお前の力になる方がいいだろう」
悔しそうに目を逸らすセイに言い聞かせるようにもう一度同じ内容を繰り返す。
ただ、セイもそのあたりはわかっているようで嫌とは言わない。
「前回は無詠唱で強化していたが、今回は詠唱を付け加えるようにしよう。
詠唱に依る効果は知っているな」
「はい。自分自身への暗示による強化の増強、それと詠唱内容によっては大気中や自然の魔力との接続により他からの魔力使用が可能になります」
まるで本を読むようにすらすらと、正確に回答を伝えてくる。
「よろしい、そのあたりは俺よりも詳しいな。
魔術ってのはまぁ、俺も良くはわかっていないが簡単に言えば『究極の思い込み』だ。
想いが強ければ効果はおのずと高くなるし、魔力を通しての火力も上がる。
それで、だ。お前は身体強化にあたって詠唱を定めていないな」
「……はい」
よほど強化の魔術が嫌いなのか、セイは自分から進んで使用しようとしない。それこそ最低限、動くときに瞬間的に身体強化をするだけだ。
もちろん、その反応に間に合うようにするためか、詠唱は使ってこなかった。
「そこでだ、俺の詠唱を試しに使わせてみようと思う」
「……それは、また、なぜ」
「セイは詠唱込みだとまだろくに自分を強化したことがないだろう。
それなら『俺が身体強化をしている』イメージをセイが自分自身と重ねれば……つまり俺と同じ詠唱にすればイメージのすり合わせがし易く一定の効果があるのではと、そう思ったんだ。
もちろん、無理にとは言わないが」
どうだ、と尋ねてみる。
「……やってみます」
ようやっと重い腰が上がったようで、セイはゆっくりと深呼吸をすると、
「───Physical effect───」(身体 強化)
俺のものより単語一つ分省いた詠唱を一息で詠唱した。ささやかな反抗だろうか、詠唱を増やしたくないだけともとれるが。
「ふむ」
わずかに空気が揺れる感覚。おそらく正しい形で強化の魔術が付与されているはずだが。
「吹っ飛ばしてしまった前例もあるからな打ち合いはよしておこう。
───Physical effect/flat───。(身体強化/起動)
木剣を構えていてやるから思いっきり打ち込んでみろ」
木剣を横にして地面を踏みしめる。
「───はい」
セイは静かに返事をするとゆっくりと立ち上がりこちらの木剣睨みつけると、そのまま思い切り一歩を踏み切った。
「────ッ」
かこんっ、と甲高い音で木剣が鳴る。
「……っと」
大振り、真っすぐに振り下ろされる斬撃を全身で受け止めた。
こうすればどのくらい強化がされたのかよくわかるし何より……受け流せば慣れていない勢いでセイが転びかねない。という判断だ。
「ふん。どうだ、強化されている実感はあったか」
「──えっと、はい。身体がいつもより軽く感じました。たぶん受け止めてもらえなかったら転んでいたかもしれ……ないです」
セイは言いながら木剣を握りなおす。
「ふむ、そうか」
実際のところ点数をつけるならだいぶ甘めにつけても五十点がいいところだろう。
なんとも、一般人がちょっと鍛えた程度の強さと言えばわかりやすいだろうか。
さて、これを伝えるべきかどうか。
「ただ、受けた木剣がびくともしなかったところを見ると、強化はされていてもここの隊員の方々と比べるまでもないかなと、思います」
「ほう、驚いた。
そのあたりの自己評価はきちんとできているようだ。
まぁ、今回は初めてだし、鍛えていけば強くなれる、とまではいかなくても多少マシになるだろう。これからも訓練を怠らないようにな」
「はい」
頷くように、噛み締めながら返事をする。
戦闘の才能はないが、この素直さはこいつの長所なのだろうなと思う。
「ダイアスレフ隊長、セイばかり構ってないでそろそろ俺たちの相手もしてくれませんかね。
なんか熱い展開見たせいで体がうずいて仕方ないんですけど」
ひと段落したところにほかの隊員がぞろぞろと近づいてきた。
「あぁ、すまないキース。
セイが素直で吸収も速いからつい夢中になって入れ込んでしまっていたよ」
そういって肩をすくめて見せる。
「はぁ、俺らだって頑張ってんだから勘弁してくださいよ隊長。
セイも、そろそろ俺らとも訓練するぞ。全員の名前くらい覚えただろもう」
そういって副隊長のキースがほかのメンバーに手招きをする。隊員は俺の横に一列に並び、キースはそのまま名前を呼んでみろとセイに顎で指示してみせた。
セイは頷くと、まず俺を見て
「フレア=ダイアスレフ隊長」
続けてひげ面のキースを見て
「キース=レヴェリー副隊長」
軽薄そうな青年を見て
「フィッキー=アン」
笑顔が似合う青年を見て
「クックフェト=テイリック」
右手にアームレットを付けた青年を見て
「スワリア=ポストネクト」
ポニーテールの似合う女騎士を見て
「レイア=カルスウェルタ」
全員の名前を呼び終え、
「そして、交換隊員の自分を含め、第三遠征隊ショートエッジメンバーです」
そう言って胸を張った。
「上出来上出来。姓まで覚えてるとは思わなかったぜ。……そんじゃま、続けて訓練をするとしようか。
しばらくは俺が相手してやるから構えろ、セイ」
「はいッ」
キースが指で訓練場の隅を指さすとセイは元気よく返事をして付いていった。
あの調子ならキースが力加減を間違えない限り大丈夫だろう。
「では、こちらも訓練を開始するか」
『はいッ』
残った隊員に声をかけ、訓練を再開する。
と言っても自分がすることと言えば部下が打ち合うさまを見ながら粗が目立つところを指摘するくらいなのだが。
強化された身体、そして武器を駆使し激しく打ち合う。気を抜けば怪我では済まないような、そんな訓練。
実際のところ国内の状況はだいぶ安定しているため訓練よりも街へ出て奉仕活動をするのはどうかという声が多く上がっている。あの憎きラウンドナイツも奉仕活動に身をやつしていると言う。
「彼のアーサー王もまさか奉仕団体に名を使われているとは思うまい」
ひとりごちてふと国の中央に視線を移す。
そこには、数十キロ離れていても全体を把握するのが困難なほど巨大な大樹があった。
この国、しいてはこの世界を支えているといわれている大樹。名前さえ知られていないそれは魔力の根源とされ、このアルキリオが魔術大国と言われる所以と目されている。一部では植物ではないのではと噂されているそうだが、その付近は禁域として指定されているため、自分ですら入ったことがない。
「隊長、どこみてンすか。
よそ見してると不意打ちかましますよ」
と、よそ見しているのが気に障ったのか、フィッキーが不服そうに言いながら木剣をくるくると回している。
「ほう、よく言った。
相手してやるからこっちに来たまえフィッキー」
言いながら不敵に笑って見せると、フィッキーはやっちゃったと一瞬目を泳がせて、
「はっ、今日こそ一本取って見せます、覚悟してくださいね」
自分の得意な長めの木剣を手に取ってみせた。その眼光に油断など一分たりとも存在しない。
構えは正面、ほかのメンバーに助けを求める気配もない。
ここまで煽られてしまっては騎士として応じる他あるまい。
「───Physical effect/flat───。 (身体 強化/起動)
では、その前に十本ほどいただこう──ッ」
先手は譲らない、視線は相手の木剣に。強化した足で強く、大地を蹴った───。
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木剣の弾ける甲高い音があたり一帯に響く。絶え間なく響くその音に訓練場で離れた位置にいたセイとキースも何事かと視線を音の方へ向けた。
「おっ、なんだよ隊長が手合わせしてんじゃねぇか珍しい」
先に状況に気づいたのはキース。
キースが手を休めたからか、セイも武器を下げて息を切らせながら音のほうへ目をやった。
まるで楽器でも激しく鳴らしているのではないかと言わんばかりのけたたましさ。
「相変わらず手心がねぇな。
お、一本入ったな、ありゃキツいぞ」
肩口に一撃を入れられたフィッキーが思わず剣を落とし、その隙にフレアが木剣をフィッキーの首元に突き付けた。
「ありゃりゃ、やっぱ勝負あったな」
楽し気に解説するキース。
「ダイアスレフ隊長の魔術属性って、なんなんですか」
ようやっと息を整えたセイがそんな質問を投げかけた。
「なんだ、知らなかったのか。
ダイアスレフ隊長の魔術特性は感知と探知だよ。
神経を研ぎ澄ませて、音や振動に敏感になるんだと。」
「感知……」
「そうだ。技量の高さも上位でうちの国ですら一対一で勝てる奴がほとんどいない……ってのに、不意打ちで仕留めたくても仕留められない。
戦いの強さってのは千差万別あるかもしれねぇが、こと倒されないってことならあの人の右に出る人間はそうそういないんじゃないか」
自分の部隊の隊長を自慢げに語るキースを言葉を聞きながら、メンバーの相手を次々とこなすフレアの方をじっと見て、セイは口を開いた。
「……It'like a hero.」(……まるで主人公みたいだ)
それは敬意か、羨望か、ため息のように零されたそれはセイの心からの本音だった。
立場、人間関係、魔術に身体能力どれを取っても一流。それも、恵まれた立場に甘んじているだけではない、積み重ねられ、研鑽してきた努力の賜物。そういったものを見せつけられたセイはぐっと歯を噛み、フレアの方を改めて見据えた。
「ま、焦らないことだ、新人。
あんな人間なんてそうそういないし、あの人でさえ全く歯が立たなかった人がいるんだから」
キースはそう言ってにっと笑った。
「ダイアスレフ隊長が歯が立たない……」
「そうさ、お前んとこの元副隊長……たしかアルバって言ったかな。
もう死んじまったけどその人に今の身体強化や体術を習ったらしい」
「そうなん……ですか」
ただでさえ手が届かないものの、さらに上がいる。うんざりするような事実にセイは嘆息すると、
「自分も手合わせをしてもらってきます」
そう言ってフレアの元へ駆け出した。
「おうおう、焦らないことだって言ったばかりなのに、よくやるね、若いのは」
呆れた口調。しかし口元は楽し気に吊り上がって。
「やれやれ、じゃあおっさんもいっちょ頑張りにいきますかね」
くるくると木剣を回すとセイの後を追うように皆の訓練へと参加しに向かっていった。
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「さて、一度休憩を挟もうか」
そう言って木剣を腰に納める。
周りには数戦してへとへとになっている部下がへたり込んでしまっている。
「くっそ、一本も取れなかった……」
結局十本以上負け越したフィッキーが悔しそうにうなだれている。
「何を言う、十分食らいつくようになってきたじゃないか」
「そうは言いますけど……全然差が縮まってる気がしないですよ隊長ッ」
励ましが納得いかないのか、むきになって吠えるフィッキー。
「まぁ、それを言ったら俺もまだ二十だし、成長しているんだから仕方ないんじゃないか」
「そうですよねぇ……ちくしょう、精進します」
そう言って跳ね起きるフィッキー。
全く、これだけ打ちのめしたのにタフな奴だなぁと少し呆れてしまう。
この調子なら彼もきっと強くなれるだろう。それに持ち上げられて、俺もきっと。もっと強くなれるはず。
改めて自分の恵まれた人間関係に感謝をしつつ、振り返ると、
「ダイアスレフ隊長、手合わせよろしいでしょうか」
先ほどキースと奥に引っ込んでいったはずのセイがそこにいた。
「おっと、びっくりした」
いつから後ろにいたのだろうか。立て続けの訓練で魔力も感知に回せるほど残っていなかったため、完全に不意を突かれた。
「あ、すみません。驚かせるつもりはなかったのですが」
「いや、構わないよ。キースとさんざん打ち合ったんだろう、体力大丈夫なのか」
「はい、あと一戦でしたら身体強化も……効果は無いでしょうが認識阻害も使えそうです」
「そうか、俺もあと一戦くらいならいけそうだ。
正面からなら感知も不要だろう」
そう言って、改めて剣を抜いた。
「ま、さっきやったばかりだ、いきなり強くなることはないだろうからしっかり身体強化を掛けられるようにな」
「はいっ」
そう言って、数歩セイから離れる。と、セイも腰から剣を抜いた。
お互いに準備が整ったところで一度深呼吸する
「───Physical effect/flat───」 (身体 強化/起動)
「───Physical effect───」 (身体 強化)
自分とセイの詠唱が重なる。
「────ッ」
先に仕掛けてきたのはセイだ。
踏み込みは浅く、こちらの切り返しに対応しやすいよう剣はやや手前に置いている。
こちらは正面の構え。剣先をわずかにゆらして攻撃先をわかりにくして見せる。
「ふむ」
ところが揺れた剣先に惑うことなく、剣の中頃を軽く払われた。
……少し驚く。戦闘で身体能力こそ高くないものの、こういうあしらう動きはたまに上手いなと感心する。
しかし、払われそうになった剣をぐっと押し戻すとセイは簡単に態勢を崩した。
「────ぁ」
セイの身体がこちらから見て若干右に流れそのまますれ違う。このまま転んでしまうかなと心配になりながらよいしょと剣を上げて空いている背中に剣を振り下ろす。
「…………」
こちらに視線すら送れていないセイ。
これは直撃だな、と思い少し剣に込める力を緩めた。このまま力任せに振り下ろせば背中を怪我させてしまう恐れがあるからだ。
そして、
「────え」
木剣が空しく地面を叩いた。
何事かと思い慌てて視線をセイの方へ向ける。
どうやらすれ違いざまに思い切り踏み込んで加速したらしい。
視界の端、右足を軸に独楽のように身体を回転させるセイの姿。
「────ぅぅぁぁぁああッ」
乾坤一擲。どこからそんな声が出るのかというほどの豪声を響かせ、剣戟が放たれる。
「しま……っ」
しまった、と思ったときにはもう遅かった。
反射的に離した剣が地面に落ちて甲高い音を立てる、直前。
「が……ッ、は」
回し蹴りがセイの腹部にめり込んでいた。
みしっと、鈍い音が響く。とっさに止めようとしたものの反射的に繰り出されたそれの威力はほとんど殺せておらず、投げられた小麦袋のようにセイが跳ね上がっていた。
「うぉぉおいッ、なんだぁあ」
飛んだ先、偶然そこにいたキースが慌ててセイをキャッチする。
「び、びっくりしたァ、セイ、おいセイ、大丈夫か、おいっ」
「あ、……こ、ひゅ……」
腹部に衝撃を受けたからか、うまく呼吸ができていないセイを見て血の気が下がる。
「クックフェトッ、医療班だ、急いで医者をッ」
「了解ッ」
弾けるように飛び出して医者を呼びに行くクックフェト。
「おい、大丈夫か、セイッ」
手早く応急処置をしながら必死にセイの名前を呼んでいた。