Phase1-4『ダイアスレフ』
Phase 1-4 22/5/30 投稿
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そうこうしているうちにあっという間に隊員交換の日がやってきた。
「初めまして、東部第三遠征隊、『ショートエッジ』隊長のフレア=ダイアスレフです」
到着するなり、交換相手の部隊長が自己紹介とともに握手を求めて右手を差し出してきた。眩しい笑顔で、柔らかそうな髪が風にわずかに揺らされている。まさに貴族様という感じだ。
「第一親衛隊『ラウンドナイツ』の、せ、セイ=ディリブ・フロクレスです」
言いながらあえて大げさにどもってみせる。というのもまだ敬語が完全に習得出来ておらず、言葉遣いを教えてくれていたシールが、
『まだ完璧とは言い難いし、ちょっと緊張してるふりをしながら落ち着いて返事をしたらどうかな。
考えながら発言したら割と喋れてるし、セイ』
とアドバイスを貰ったためである。
基本的な会話はもともと出来ていた為、スムーズに敬語の習得も済んでいったのだが、少しだけ時間が足りなかった。具体的に言うとあと二週間……いや、十日ほどあれば……というところか。
「フロクレス……ふむ、セイと呼んでもいいかな」
緊張しているフリをしていたからか、話し易いよう優しい表情で話しかけてくるダイアスレフ。
二十歳と聞いていたが見た目は大分若く見えるのに印象はとても大人びている。キリアリスとは大違いだ。
「はい、結構です」
気を使ってくれているのが判るため少々心苦しいが、敬語に慣れるまでの辛抱だと自分に言い聞かせ丁寧に返事をする。
「そんなに緊張しないで、今日から一か月よろしくな、セイ」
「はい、よろしくお願いします」
返事をしながら敬礼して見せる。
上手く出来ていたのか、ダイアスレフは満足げにうんうんと頷いている。
しかし数秒思案したのち、何やら視線を泳がせて、「……はぁ」と、大げさにため息をついてしまった。
「どうなさいましたか、ダイアスレフ隊長」
何かわからないうちにまずいことをしてしまったのだろうかと心当たりを探してみるがさっぱりわからない。
だが、思案している俺の表情を読み取ってか、ダイアスレフは一瞬慌ててすぐに優しい表情に戻った。
「いや、なんでもない。
では、早速だが訓練を始めようか」
「了解」
再度敬礼を済ませて、ダイアスレフに連れられるまま訓練場へ向かう。
……この隊員交換がどうなるかは今のところまだわからない。だが、この国でキリアリス以外の後ろ盾を何も持たない俺は、なにがしかのコネをどうにか作りたいところ。
どうにか相手に気に入られるよう、行動には細心の注意を払わなければ……。
俺は考えを巡らせながら、改めて気を引き締めた。
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「では、出来ることを聞こうか」
訓練場に到着するなりダイアスレフはそう尋ねてきた。
「簡単な身体強化魔術と、『阻害』の魔術が使えます」
とりあえず隠すほどの魔術もないためすべて伝える。
「『阻害』とはまたわかりにくく使いにくい魔術だな。五大元素は」
人の魔術についてひどい言い草だ。師が使っていた魔術が阻害の魔術だったんだから仕方ないだろうと口に出しそうになりながら表情に出さないようぐっと堪える。
「え、っと、恐れながら全く未修得です」
出来るだけ丁寧な言葉使いを心がける。出だしで躓いてしまっては話にならない。
俺の話を聞いてダイアスレフはふむ、としばらくの間思案すると、
「じゃあどの程度の身体強化が出来るのか見たいから一度だけ打ち合ってもいいだろうか」
そう、提案してきた。
「了解です」
素直にチャンスだと思った。こう見えても自分の魔術と技術には自信がある。こう見えても四年近く兄弟子にボコボコにされながら訓練してきたのだ。阻害も含めて使用して、勝てないにしろ食らいつくくらいはして見せたいところ。
「では、よろしく頼む」
そう言って木剣を二本取り出し、片方を投げてよこしてきた。
「よろしくお願いします」
言うなりそのまま木剣と身体に魔力を通す。大体七分目程度の力、様子見ならこの程度で十分だろう。
「────ほう」
こちらの真剣な心境が伝わったのか、ダイアスレフが表情を少し引き締める。
「───Physical effect/flat───」(身体強化/起動)
彼が詠唱すると同時に周囲の空気が陽炎のように揺らぐ。数秒間を置いたのち準備が出来たのか視線をこちらに送ってきた。
「来たまえ」
「はい」
静かに返事をして、両足に魔力を集中させながら思い切り踏み込む。剣は正面に、まずは相手の剣を払うべく腕に魔力を回しながら相手の剣の切っ先にこちらの剣を当てる。
「ふ────ッ」
相手の木剣を払った後胴に一撃でも食らわせてやろうと力を込めたところで、
「あ、え……ッ」
払ったはずの木剣が自分の木剣ごと、俺の身体を横に薙ぎ払った。
信じられない、体が宙に浮いている。吹き飛ばされながら視界に映ったダイアスレフの表情はぽかんと、まるで豆鉄砲を食らったような顔をして……。
「──がっ、は……ッ」
思考している間に右肩から地面に落下し、そのまま無様に半回転ほど転がった。
「────大丈夫かッ」
駆け寄るダイアスレフ他ショートエッジメンバー達。
「けほっ、い……ッつぅ……」
強化していたおかげで骨折までしていないようだが、ぶつけた右肩はもちろん、全身が痛い。
「すまない、もう少し加減すべきだった。
レイア、湿布を持ってきてやってくれ」
「はいッ」
レイア、と呼ばれたポニーテールの女性が弾けるように近くの建物へと走っていく。
「すみません、その、まったく相手に……なるどころか、その……」
ゆっくり体を起こしていく。あまりの痛みに思考がまとまらず、言葉が続かない。
「セイ、君、戦闘の経験は」
ようやく座ったところでダイアスレフが尋ねてきた。
「一度、いえ、二度だけ」
あまりの悔しさに敬語の事を忘れてぐっと木剣を握りしめた。
なんという実力差だろう、勝てると思ってはいなかったが、ここまで簡単にあしらわれるとは思わなかった。
「……すまない、いい言い方が思いつかない。失礼な言い方を承知で言わせてくれ」
そう言うとダイアスレフは一度ため息をついて改めてこちらに向き直った。
「君は弱いな。
戦闘も二度、と言ったがおそらく逃げるので精いっぱいだったに違いない。
訓練をどのくらいしてきたのかは知る由もないが、魔力で強化したうえで打ち合ってこれでは先が思いやられる。
せいぜい、仲間の足を引っ張らないよう囮になって死ぬか敵を道連れにして死ぬかくらいしか出来ないだろう」
「───…………。」
真っすぐな本音。俺はあまりの悔しさに俯いて肩を震わせた。
ここに来るまでに遭遇した敵。実際の行動は、戦闘経験と呼べるものだったか。いや、思い返せばどれも確かに、俺は逃げているだけだった。
現実に打ちのめされる。ここに来る前、なんだかんだ恵まれていると思っていた自分。
ここに来るまでに敵から逃げて、強くなくても、全力を出せば何か出来るのではないかと驕っていた自分。そして、ここに来て、自分の全力すら叩き折られた。
悔しさに歯を噛む。こんなことで、俺は。
「問おう、それでも君は剣を取れるか」
問いかけにはっと我に返る。逡巡する思考を止めて顔を上げた。
そこにはついてこい、と言わんばかりに差し出された右手、真っすぐ見つめてくるその視線には、迷いが一切見られない。
その真摯な視線に思わず俯きかける、しかし。
「はい──ッ」
ぐっと歯を食いしばって顔を上げる。駄目だ、ここで諦めるのだけは絶対に、駄目だ。
『俺にはやらなければならないことがある』
改めて思い出し、差し出された手に右手を伸ばす。
全力を出して駄目なのなら、次は───。
この時の俺はまだ理解できずにいたのだ。全力を出して駄目なら努力で補えばどうにかなると、まだ自分を信じていた。




