悪魔に憑りつかれてしまった、二度と目覚めることはないだろう
その日は何やら胸騒ぎがしていた。嫌な予感が纏わりついて、それがいつまでも払拭できない。昨日まではなんともなく、いつものように学校に通い、何の変哲もない飯を食い、お気に入りの漫画を見る。その漫画は呪いをテーマにしたものだが、まさかそれが魔術書の訳もなく、恐らく原因は昨晩の夢。
「私は夢の悪魔、ナイトメア。現実と夢を逆転し、近く貴様の命をもらい受ける」
「な……それは一体、どういうことだ」
「夢は幻であり、悪夢といえど、貴様の魂には手が出せん。ならば夢と現実を入れ替えて、そうすれば眠る貴様の魂を奪えるだろう」
「そんなことできる訳が……」
「すぐにはな、しかしいずれ必ず、呪われし者の命に届くだろう――」
目覚めると、いつもと変わらぬ自分の部屋だった。それこそ夢で終わりにしたかったが、しかしはっきりと覚えていて、今の今まで頭を離れない。何やら不気味な視線を感じ、ぞわりと背筋が総毛立つ。それは学校に着いても収まらず、遂には直接的な害も現れはじめる。唐突な頭痛に襲われて、ぐっと頭を抱えては辛抱する。
家に帰れど安息はなく、寝れば魂を取られてしまうと、その恐怖に夜は震え、不眠症へと陥ることに。以降は次第にクマが目立ち、友人もそれを気に掛ける。しかし本当のことを言ったところで仕方がない。別に……と、はぐらかして背を向けた。
踏んだり蹴ったりだが、しかし悪魔の呪いには一つの副作用があって、逆転するということは即ち、現実が夢になるということ。つまり起きている間の時間は、夢のような行いができる。超人的な力も出せれば、悪魔よろしく魔炎を生み出すこともできてしまう。その力を使えば、世界を我が物にもできるだろう。
しかし結局のところ、最後には悪魔に全てを奪われる。残された時間を、俺は一体どう過ごすべきなのか。いつもと変わらぬ日々を送る、それが一番良いのかもしれないが、最後に心残りが一つ。それが片想いのクラスメイト、夢香の存在だった。せめてこのまま消えてしまうなら、最後に好意は伝えておきたい。
校舎の裏に夢香を呼び出し、しかし待てども待てども夢香は来ない。呪われし者などに、幸運なんて訪れないのか。でもきっと、これが最良だったのだろう。いずれ死んでしまうのに、仮に付き合うとなれば辛すぎる。
その時が近付くにつれ、次第に意識は朦朧としはじめる。夢と現実の区別ができず、ふらふらと彷徨うように道を歩く。このままではふとした意識で、世界を滅ぼしかねないだろう。
不安に煽られて友人に打ち明けると、”そんなことはありえないよ”と笑って流した。俺だってそう思いたかったが、遂に運命の夜は訪れた。
「ようやく夢と現実が逆転した。呪われし者は永久の眠りに就く」
「分かったよ、もう諦めはついたんだ。このまま、永遠に封印してくれ――」
そして呪われし者は、二度と目覚めることはなかった。
「お前さ、中二の時に呪われし者だとかなんとか言ってたよな」
「そろそろ勘弁してくれよ。目覚めることのないよう、黒歴史に封印したんだから」