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05 服従の天使

05 服従の天使


 ……ぼみゅぅぅぅぅ~~~~んっ!


 その光景を目にした者は、きっとこんな擬音を耳にしていたに違いない。

 それほどまでに、衝撃的な瞬間であった。


 寮母ママの新生児ほどもありそうな大きさの胸が、サスケの顔面を完全に覆っている。

 しかも弾力のありすぎるその物体はサスケの顔に貼り付くように密着してくる。


 サスケの鼻腔をミルクのような甘い香りが覆い尽くし、まるで授乳されているように口の中まで甘く感じる。

 それは、男なら誰しもが一瞬にして幼児退行してしまいそうな魅惑の感覚であった。


 サスケは魅了に抵抗する訓練を幼少の頃より受けていたので、ママのボインアタックにも辛うじて正気を保てていた。


「ああっ!? サスケちゃん! おいたしちゃダメぇ!

 サスケちゃんが食べていいのはこっちのパイじゃなくて、そっちのパイなのぉ!」


 しかしママは喘ぐように叫びながら、なぜかサスケの頭を抱え込んでギュッと抱きしめて離さない。

 おかげでサスケは逃げることもできず、スライムに襲われたみたいにモガモガともがいていた。


 こんなに手強いスライムに遭遇したのは、生まれて初めてのことである。

 サスケは不意に、人の気配を感じた。


 パーティを終えて城から出てきた男子生徒たちが、寮に戻ってきたのだ。


「お、おい、見ろよ! サスケのヤツが寮母さんを襲ってるぞ!」


「チクショウ!? 俺たちの憧れの寮母さんになんてことを!?」


「なんてうらやま……いや、けしからんことを! ヤツを捕まえろ!」


 どう見てもサスケのほうが襲われている立場なのだが、嫉妬に狂った男たちに常識は通用しない。

 サスケはなんとかママのハグから抜け出ると、「逃がさんぞ! サスケ!」と迫り来る男子生徒たちをダッシュで突き放す。


「へへーんっ! 俺は悪い子だから待たねぇよ! 寮母さんのパイは、どっちも頂いたぜ! じゃあな!」


「ま……待って、サスケちゃん!」


 手を伸ばしてすがるママの頭上にあったバッドが、あかんべーをするサスケに転移する。

 観ていた者たちも、サスケの挑発にまんまと乗ったようだ。


 サスケは奪い取った食べるほうのパイを、右手の指先でクルクルと回しながら森へと走り去る。



 ――なんとか寮母さんのバッドを、俺に移すことができたぜ……!



 バッドは無能の証でもあるので、付きすぎると学園側からペナルティを下されることがある。

 サスケはもう孤独な『略奪者(プレデター)』だったので、いくらバッドが付いても構わないと思っていた。


 もしサスケが普通にパイを受け取っていたら、今ごろはサスケだけでなく、ママリアまで低評価爆撃を受けていただろう。

 サスケは、こんな自分を少しでも助けてくれようとしてくれたやさしい寮母に、被害が及ぶのだけは避けたかったのだ。


 木の上に逃れたあとで、パイを頬張りながらステータスウインドウを開いてみると、バッドの評価はついに100に達していた。



 ――こりゃ、明日から大変なことになりそうだな……。



 やれやれと苦笑いするサスケ。

 しかし最高のパイを味わい尽くした少年の心と身体は、誰よりも満たされていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 サスケは森の中で一夜を過ごす。

 そして次の日から、フィロソファーズ・セブン学園の授業へと参加する。


 午前の授業はオリエンテーションで、学園の敷地内を巡った。

 午後からの授業は体育で、生徒たちは城の校舎のそばにある校庭に集められる。


 生徒たちの前には青いマントを羽織った、小山ほどもある巨漢がいた。

 ひと目で体育教師ではないとわかる彼がマントを投げ捨てると、そこには三日月のようなモヒカンに、筋骨隆々としたタンクトップ姿が現われる。


 そして開口一番、地鳴りのような大声を響かせた。


「むぅん! 七賢者の切り込み隊長と呼ばれた、この俺様を知らねぇヤツはいねえよなぁ!?」


 それだけで生徒たちは「は、はい、マンタ様!」と震えあがる。

 みな鬼軍曹を前にしたように直立不動になっていたが、いちばん後ろにいたサスケだけは「相変わらずうるせーな」と耳をほじっていた。


「今日の体育は、あそこに見える『旧鐘つき堂』を目指してマラソンをする!

 ゴールをくぐって、真っ先に鐘を鳴らした者が優勝だ!」


 マンタは背後の遠方にある崖の上を、丸太のような腕で示す。

 崖の上には、吹きさらしの鐘つき堂と、『ゴール』の看板が掲げられたゲートが見えた。


 サスケの前にいた体操服姿の女生徒たちが、ヒソヒソ話しをする。


「あの鐘つき堂って、前の学園の時に作られたものだよね?」


「うん、当時は『恋人たちの鐘』って呼ばれてたらしいよ」


「知ってる! あそこでキスしたあと鐘を鳴らしたカップルは、永遠に結ばれるっていう噂があるんだよね!」


「なにそれ、ロマンチック!」


「でも崖から突き落とされちゃうと、突き落とされたほうは永遠の不幸に見舞われるらしいよ!」


「なにそれ、怖い!」


 マンタの説明は続く。


「今日の授業はマラソンだから、崖を登るのはナシだ! 鐘つき堂までの道があるから、そこを走っていくんだ!

 むーんと距離があるから、覚悟しておけよ!

 しかも今日は回収獣を用意したから、遅れたヤツは酷い目にあうぞ!」


 『回収獣』とは、集団競争を行なう競技の最後尾を走り、遅れた選手に襲い掛かって競技からリタイアさせる役割のモンスターである。


 校舎のほうから「プギー!」とブタのような鳴き声とともに、土煙が迫ってきた。

 御者に操られながら現われたのは、『ブタビッグ』という戦車のように巨大なブタのモンスター。


 生徒たちは「ひええ……!」と戦々恐々とする。

 そのおびえように、マンタはサディスティックに笑った。


「むんふふふふ! ブタピッグにやられたくなければ、死ぬ気で走るんだな!

 それと今回はもうひとつ仕掛けがある! バッドの数に応じて、重りを身に付けてもらおう!

 バッド10につき、10キロだ!」


 マンタの手には『10kg』と書かれた小袋がいくつもぶら下がっていた。

 その悪意のブドウのような存在に、サスケは眉をひそめる。


「それって完全に、俺狙いじゃねぇか……!」


 サスケの予想どおり、バッドを10以上付けられている生徒はサスケを除いて誰もいなかった。


 一般生徒の場合、バッド数は自分のものしか知ることができない。

 しかし七賢者は特別な権限を与えられているので、全校生徒のバッド数を参照することができる。


 そのためごまかすこともできず、サスケは合計で100キロもの重りを腰に付けられてしまう。

 マンタはすっかりご満悦であった。


「むんふふふふ! いい格好だぞ、サスケ! それでは全員、スタート位置につけ!」


 マンタは号令をかけながら、スタート地点に停めてあった、馬のいない馬車に乗り込む。

 すかさず、数名の男子生徒たちが馬車を牽引するためのロープに取りつき、馬役を買って出ていた。


「ちょっと待ってください!」と異論があがる。


「マンタ様! あなた様は走らないのですか!?」


 七賢者に意見できる人間など、そうそういない。

 ざわめく生徒たちを割って前に出たのは、金髪の美少女だった。


 光をまとう髪をなびかせた彼女は、麗しくもりりしい顔つきをしている。

 その深窓の令嬢のような品のある美しさからは想像もつかないほどの、強気な態度だった。


 男子生徒たちはみな見とれており、「むぅん!? 誰だ!?」と振り返ったマンタも例外ではなかった。

 岩のようなごつい頬を、彼女と目があったとたんにポッと染めている。


「お……お前はシトロンか。

 『ライトニングエンジェル』の異名を持つだけあって、さすがにいい女じゃねぇか。

 特別に、俺様の車に乗せてやろう。これで俺様に続いて2位でゴールできるぞ」


 シトロンと呼ばれた少女は、驚いた様子で目を見開いていた。


「あ……あきれた……!

 引率の先生役としてその馬車に乗っているのかと思ったら、まさかその馬車で競技に参加するだなんて!

 そんなの、マラソンでもなんでもないじゃないですか! ただのズルです!」


 「む~ん」と鼻をほじるマンタ。


「言い忘れたが、今日のマラソンはなんでもありの『バトルマラソン』だ。

 スキルも魔法も使い放題で、徒党を組んでもかまわない。

 崖を登る以外のどんな手を使ってでも、いちばんにゴールにたどり着けばいいんだ。

 俺様にはこれだけの馬がいるから利用しているまでだ。

 悔しかったら、お前も犬ぞりでも用意するんだな」


「だ、誰が、そんな卑怯なことを……!」


「卑怯かどうかは、この俺様が決めることだ」


「わたし、走るのには自身があるんです! 自分の脚で、ぜったいに1位になってみせます!」


「むぅん、そうかい。なら、こういうのはどうだ?

 もしお前以外のヤツが1位になったら、ソイツの言うことをなんでも聞くってのは?」


 それは見え透いた挑発だったが、シトロンは負けず嫌いなのか、すぐに乗ってしまう。


「いいですよ! そのかわりわたしが勝ったら、そんな卑怯なマネは二度としないって、約束してください!

 マンタ様は、全校生徒のお手本となるべき七賢者様なのですから!」


 シトロンが賞品になったことで、男子生徒たちのやる気が俄然でてくる。

 ただひとりの男子を除いて。



 ――あのお嬢様、あんな約束して大丈夫なのかねぇ。

 まあ、俺には関係ねぇけどな。



 サスケはスタート位置につく生徒たちを眺めながら、ボンヤリとそんなことを考えていた。

 しかしシトロンはなぜか生徒たちの間をぬって、最後尾にいるサスケの所までやって来る。


 シトロンはサスケには目もくれず、サスケの目の前でくるりと背を向けると、信じられない行動に出た。

 なんとシトロンは、しゃがみこんだあとに前傾姿勢となり、お尻を差し出すようなポーズを取ったのだ。


 この学園の女子の体操着は、チアガールのようなカラフルなデザインとなっている。

 スカートもとても短く、少し屈んだだけでスカートの中にある白いフリルがチラ見えするほどだった。


 そんな服装でそんな格好をしたものだから、シトロンの形の良いお尻がサスケからは丸見えになってしまう。

 いちおうアンダースコートと呼ばれるものを上から履いているので、ある意味見られても構わないといえば構わないのだが……。


 ここまであられもなく見せつけられると、さすがのサスケも呆気に取られる。

 前列の生徒たちもシトロンの痴態に気付き、悪夢を見たかのような表情になっていた。


「あ……あれは!? バトリアン帝国に伝わる服従のポーズ……!?

 な、なんでシトロンさんが、サスケに服従してるんだ……!?」

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