04 奪法スキル『そっちのパイもよこせ』
04 奪法スキル『そっちのパイもよこせ』
ステージの上に掲げられていた『世界立フィロソファーズ・セブン学園 入学式』の看板。
それまでどんな大音響を受けてもびくともしなかったがそれが、サスケの罵りで、ガタン! と外れる。
それはこの学園の未来を暗示しているようだったが、会場に残された生徒たちは誰も気に止めていない。
「お……落ちたぞ! サスケが落ちやがった!」
「この高さから落ちて無事なわけがないのに!」
「バカなやつだ! 七賢者様のおっしゃっていた通り、正真正銘の役立たずだったみたいだな!」
「巻き込まれたヤツは、かわいそうに……!」
生徒たちはこぞって、サスケが落ちていった展望台の下へと殺到する。
屋上の手すりから覗き込んだ彼らの顔は、すぐに驚愕に変わった。
「い……生きてるぅぅぅぅぅーーーーーーーーっ!?」
サスケはネコのように空中でクルクルと回転すると、スタッと三点着地をキメていた。
このくらいの大道芸なら、彼にとっては朝メシ前の事である。
サスケはそのまま振り返りもせずに、校舎の城から走り去っていく。
しかし妙なことに、いっしょに飛び降りたワルの姿はどこにも見当たらなかった。
屋上にいる生徒たちは不審に思い、手すりから身を乗り出すようにして眼下を見回す。
不意に、頭にぽつりと雫が当たるのを感じた。
「雲ひとつないのに雨が降るなんて……げぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!?」
上を見上げて絶叫。
青空の手前にある展望台の塔の中腹には、心中したはずのワルが引っかかっていた。
ワルはぶら下がったまま泡を吹いて気絶しており、ついには股間から漏れ出した液体を盛大にあたりに撒き散らしはじめる。
真下にいた生徒たちに、黄金色の雨が降り注いだ。
「うっ……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
飛び交う悲鳴と怒号、パニックになって逃げ惑う生徒たち。
入学式の会場はすっかりメチャクチャになっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
サスケは悲鳴を背に走り続け、校舎の敷地内にある森の中にまぎれる。
森にあるいちばん高い木のてっぺんの枝にねそべり、来る途中にあった木からもぎ取ったリンゴをかじっていた。
「大見得切って飛び出してきちまったのはいいものの、これからどうっすっかなぁ……」
サンディに泣きすがれば、略奪者を取り消してもらえる可能性もあるかもしれない。
今からでも遅くないかもしれないが、それだけはしたくなかった。
そしてこの学園へは僻地にあり、転送の魔法陣を使って来ている。
その魔法陣は今は封印されているし、歩いて逃げ出すのは距離がありすぎて不可能に近い。
サスケは入学式であれだけの屈辱を受けておきながら、それでも学園の生徒として関わって生きていくしか選択肢が無いのだ。
「略奪者なんて、いったいどうすりゃいいんだよ……」
略奪者はいわゆる『組織を捨てた盗賊』のようなものである。
サスケは捨てたというよりも捨てられたほうなのだが、結果としては変わりはない。
そして盗賊という職業自体、サスケは初めてであった。
「いったい、どんなスキルがあるのかね?」
サスケは芯だけになったリンゴをポイと放り捨てると、ステータスウインドウを開いてみた。
ステータスウインドウというのは、自分の所持スキルなどを確認できる半透明の窓のことだ。
指で四角形を描くと、青いステータスウインドウが空中に浮かび上がる。
そこには初期スキルとして、4つのパッシブスキルがあった。
お前の物は俺様のもの(パッシブ) 他者から奪うほどにレベルアップする
エナジードレイン(パッシブ) パーティメンバーの能力を奪う
ヘビそしてサソリ(パッシブ) 嫌われるほどに能力が向上する
こいつはヤベェぜ(パッシブ) 窮地に陥ると起死回生の『奪法スキル』が閃く
スキルにはパッシブとアクティブの2種類があり、パッシブは体得しているだけで効果が得られるスキルのことである。
「なんだかネガティブスキルばっかりだな……」
ネガティブスキルとは、体得者に不利益をもたらすスキルのことである。
サスケはこの時ようやく、入学式でサンディが放った言葉の意味を理解する。
「俺はもうパーティを組むのは無理だな。
こんなヤベェスキルだらけのヤツと、一緒にいたくねぇだろうしな。
本当にサンディの言うとおり、誰からも相手にされなくなるってわけか。
まぁ、すでに今の時点で、だいぶ嫌われちまってるみたいだけどな」
ステータスウインドウは、得票数も確認できるようになっている。
すでにサスケは入学式の出来事だけで、グッド0にバット50という、ダントツのマイナス票を獲得していた。
そうこうしているうちに夕方になり、校舎である城では入学パーティが始まる。
生徒たちがバカ騒ぎしている賑やかな歓声が、サスケのいる森の中まで聞こえてきた。
「腹が減ったな……寮の食堂に行って、なにか食わせてもらうとするか」
フィロソファーズ・セブン学園は、その立地から全寮制である。
ハズレ上級職を与えられたサスケでも、学園の生徒なので、学園の施設を利用する権利はあるはずだ。
サスケはそう思って森を出て、城の近くにある男子寮に向かったのだが……。
そこには、つい先ほど立てられたような看板があった。
『マイナス50票以上の生徒は、寮への立ち入りを禁ずる 生徒会』
この立て札が誰の指示によって立てられたものなのか、サスケにはすぐにわかった。
学園の生徒会役員には、七賢者が就任することになっていたからだ。
「くそ……。アイツら、どこまでも俺に嫌がらせをしようって魂胆なんだな……。
野営はガキの頃からずっとやらされてて、慣れてるからいいけどよ……」
サスケは舌打ちとともに看板に背を向け、森に戻ろうとする。
ウサギでも狩って食べようかと思ったのだが、呼び止められた。
「あら、あなたがサスケちゃんね?」
振り返ると寮の裏口のところに、大学生くらいの若い女性が立っていた。
三角巾にエプロン姿で、ゆるく編んだ三つ編みを肩から垂らしていたのだが、その毛先が乗っている胸がかなりボリューミー。
サスケは自然とその膨らみに目を奪われてしまい、「あ……あぁ」と凝視したまま頷いていた。
その女性は胸をガン見されているというのに、実におっとりと、大らかに微笑んだ。
「寮母のママリアよ、よろしくね。サスケちゃんの噂は聞いてるわ。
さっき校長先生がいらして、サスケちゃんは悪い子だからゴハンをあげたりしないように、っておっしゃったの。
それはそうとして、お腹がペコちゃんでしょ?」
ママリアと名乗る寮母は、サスケをこいこいと手招きをしたあと、一瞬だけ寮のなかに引っ込む。
そしてサスケが来ることがわかっていたかのように、トレイに乗せた焼きたてのパイをホールごと出してくれた。
「これはね、ママ特製のパイよ。みんながいまパーティで食べてるお料理と同じものなの」
「いいのかよ? 校長から助けないように言われてるんじゃなかったのか?」
するとママは、幼い子供を叱る時のように、むむっと厳しい表情を作る。
「このパイを食べるのは、サスケちゃんが良い子になるってママと約束してからよ。
サスケちゃんが良い子になれば、校長先生もきっと許してくださると思うわ」
サスケはなんだかよくわからなかったが、腹が減っていたので良い子になる約束をしようとした。
しかしその寸前、サスケとママの間に三色の文字が飛び交う。
【うわっ、サスケのヤツにメシをやってる!】
【最低、なにこの女!】
【オッパイでかいだけあって、頭がカラッポなのよ!】
何事かと目をぱちくりさせるママの頭上に、バッドの数値がみるみる加算されていく。
サスケは慌てて飛び退いた。
「りょ……寮母さん! 俺はやっぱり、良い子にはなれねぇ!」
「あっ!? 待ってサスケちゃん! ああっ!?」
サスケを追いかけようとしたママは、なぜか何もないところで躓いてしまう。
手にしていたパイを、サスケの顔面にぶつけそうな勢いで前のめりに倒れてくる。
迫り来るアツアツのパイ。
弾丸すらも目視でかわすサスケにとって、このくらいの回避は造作もなかった。
しかしここでかわしてしまうと、寮母は地面に叩きつけられてしまうだろう
選択肢はふたつにひとつ。
ママを見捨ててパイをよけるか、パイを食らってママを助けるか。
究極に選択を迫られるサスケの脳裏に、閃光が走った。
その光の向こうから、燦然と輝く文字が浮かび上がってくる。
奪法スキル そっちのパイもよこせ(アクティブ)
パイを奪い取ることができる。しかしパイの種類によってはその場で食らう。
サスケは新しい朝を迎えたかのように、目を見開いた。
――これが、『奪法』……!?
俺は今、略奪者のスキルを思いついたっていうのか……!?
でもなんだ、この意味不明の効果は……!?
結局パイを取れるのか、取れねぇのか、どっちなんだよ……!?
しかしもう考えているヒマなどない。
サスケは反射的に叫ぶ。
「そっちのパイもよこせっ!」
サスケの身体は熟練の盗賊のように、無意識のうちに動いていた。
顔に迫ってきたパイを右手で跳ね上げ、落ちてきたところを手のひらでキャッチする。
――よし、パイは受け止めた。あとは寮母さんを……!
しかしサスケの身に、今まで起こりえなかった災難が降りかかる。
なんと何もないところで、つるんと後ろに滑ってしまったのだ。
アサシンとして生きてきた少年は、油をまかれた氷の上で戦っても足を取られることなど無かった。
それなのに、まるで寮母さながらのドジっ子転倒をカマしてしまったのだ。
それでも寮母を助けようと、彼女の下に滑り込むようにして倒れるサスケ。
その眼前に迫る来るものに、サスケは奪法スキルの効果を身を持って思い知らされる。
――『パイの種類によってはその場で食らう』って……。
そっちのパイかぁぁぁぁぁぁーーーーーーいっ!
サスケは心の中でのツッコミと同時に、寮母の豊乳を顔面で受け止めていた。