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終末ぼっちは生き残り少女と話したい  作者: ヒトのフレンズ
第1章 終末ぼっちは殺したい
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第5話 アンハッピーエンドワールド

 



 薄汚れた消防分署。

 そこが少女の仮の拠点だ。


 少女は浅い睡眠の中にいた。

 布団の上で毛布を被り、うなされたように寝返りをうつ。

 悪い夢が彼女を苛んでいる。


 午前六時半、枕元の時計からアラームが鳴り響いた。

 少女がゆっくりと目を開く。

 手探りでアラームを止め、欠伸を漏らしながら起き上がった。


 今日もまた一日が始まる。

 室内を見渡すが、もちろん誰もいない。

 相も変わらず独りきりだ。


 少女は窓を開け、外を見た。

 東の空から朝日が街を見下ろし、薄い雲がゆっくり流れている。

 その下に広がる道では、一体の保有者が身体を揺らして歩く。


 どうしようもなく耐え切れず、叫ぼうと試みる。

 口を大きく開き、喉に力を込めた。

 それも全く意味をなさない。


 何も変わっていない。

 何も戻ってはいないのだ。


 起きたら世界は元通り。

 屍は消え、街にはみんながいる。

 学校に行って勉強して。

 放課後は料理同好会に顔を出し、部員と活動がてらに世間話。

 結局、今までのことは全部夢だった。

 そう願ったことは数え切れない。


 生存者への渇望は日に日に増している。

 四か月もの間、独りで過ごしてきたのだ。

 街を彷徨う屍が孤独を癒してくれる筈もない。

 彼等は人間だった塊であり、決して人ではないのだから。


 少女は北部にある家に住んでいた。

 それから南部を経て西部にいる。


 道中、何度か避難所を訪れていた。

 しかし、いずれも壊滅。

 肉片と歩く屍が残っているだけ。

 今のところ、生存者がいる確証は見当たらない。


 ――考えてても仕方ない。

 少女は几帳面に畳まれている制服を引き寄せ、ジャージを脱いだ。

 きめ細かな肌と自然なくびれが露になる。


 豊かな胸を包む下着の上からキャミソールを纏った。

 続いて制服を着る。

 そして最後に、80デニールの黒いタイツを履いた。


 制服はグレーのブレザーと濃紺のスカート。

 華美な風格を醸し出すデザインだ。

 しかし、裾の部分には点々とした黒いシミがあり、どこか不気味に見えた。


 世界が荒廃し、学校という概念がなくなった以上制服を着る必要はない。

 むしろ動きにくく、探索の妨げにすらなりかねない。

 それでも彼女が制服を着るのには理由があった。


 一つは衣服不足。

 もう一つは、以前の習慣を続けることで自分を保つということ。

 彼女にとっては後者の方がより重要で、六時半に起きるのもそれに起因している。


 習慣までも捨ててしまえば、“日常”と呼ばれるものを取り戻せないような気がしていた。

 この世界に順応するのは生存のためには必要不可欠だ。

 しかし、生存のために全てを合理化して生きるのは意味がない。


 “ただ生きている”のでは何の意味もないのだ。

 だからこそ目覚ましのアラームを仕掛け、制服を着る。

 非日常にありながら、日常の残滓をすくい上げる。

 それが少女を少女たらしめていた。


 最後に腕時計を手首に巻き、朝食の準備に取り掛かった。

 今朝のメニューは乾パンとカレーの缶詰だ。

 質素だが、ありがたい食事。


 手を合わせてから食べ始める。

 乾パンにカレーを付けて食べるのが彼女のお気に入りだ。

 焦げた味とカレーの辛さが程よく口に広がり、飽きを感じさせない。


 ――最初にこれ試したのいつだっけ。

 記憶をまさぐってみるが、思い出すことはできなかった。


 四か月。

 短いようで長い。

 これから五か月、半年と続いていく。


 ――未来の私はどうしてるかな。

 ふとそんなことが頭に浮かんだ。

 相変わらず独りで放浪しているのか。

 誰かと知り合い、共同生活しているのか。


 ――そもそも、生きているのか。

 悪い予感が脳裏にちらつく。

 少女は慌てて思考を遮断し、食事に目を戻す。


 それから少女は黙々と食べ続けた。

 幼い頃に母を亡くし、父子家庭で過ごしていたため、一人での食事には慣れている。


 十分程で食べ終え、手を合わせてから部屋を出た。

 向かったのは洗面台だった。


 洗面台の前に立ち、折り畳み式の櫛で長い黒髪をとかしていく。

 日頃からドライシャンプーを使い、週に数回はろ過装置付き雨水タンクの水で髪を洗っている。

 そのため、最低限の髪質は保っていた。

 いくら整えたところで見せる他人はいないが、これも習慣というものだ。


 最後に、鏡に映る自らの顔を眺めた。

 目の下にはうっすらと隈ができている。


 ――生きてればそれだけでいいの?

 鏡の自分自身に問う。

 何度も、何日も繰り返した問い。


 違う。

 このままでは絶対にいけない。

 そう思っていても、はっきりと口に出して言えない自分がいた――。



 身支度を終えた少女は駐在所を出た。


 今日の目的地は近くの商店だ。

 飲み物と生理用品の回収を行う。


 小さなリスのキーホルダーを吊ったリュックを背負い、道を進む。

 武器は持っていない。

 殺す覚悟がない以上、持っても荷物になるだけだ。


 長い黒髪は後ろで結っていた。

 いわゆるポニーテール。

 探索時に邪魔にならないようにするためだ。


 まばらに民家が並ぶ一角にその商店はあった。

 古びた平屋に薄汚れた看板。

 どこか懐かしさを感じさせる外観だ。


 ガラス戸を開けると、埃っぽい臭いが鼻を突く。

 懐中電灯を点け、店内に入る。


 取り扱う商品はかなり豊富だったようだ。

 菓子にキャットフード、目的の生理用品まで。

 略奪の痕跡もなく、ここだけ時が止まっているようだった。


 商品を集め、リュックに詰めていく。

 埃が立ち、思わずくしゃみが出た。

 相当の期間、人が来ていないようだ。


 次の瞬間、奥の部屋で何かが動く音がした。

 手を止め、懐中電灯を向ける。

 居住スペースへと繋がるドアがあった。

 ドアは僅かに開いている。


 ――生存者?

 期待と恐怖が胸を掠めた。

 逡巡したのも束の間、可能性に賭けてドアを開けた。


 薄暗がりで何かが蠢く。

 それは逃げるように更に奥へと消えた。

 少女がそれを追う。


 行きついた先は台所だった。

 慎重に歩み、懐中電灯を向ける。

 机の下にそれはいた。


 茶と白が混ざった毛。

 ライトに反射する小さな瞳。

 ――猫だった。


 猫が小さく鳴いた。

 少女は膝を付き、招くように手を広げる。

 猫も生きた人間と会うのは久し振りだったのだろう、飛ぶようにして少女の脚に乗った。


 抱き寄せ、撫でる。

 猫は再び鳴いた。

 顔をすり寄せ、少女の頬を舐める。

 感染はしていないようだ。


 店舗の方にキャットフードがあったことを思い出しつつ、耳の後ろを撫でた。

 猫も落ち着いたのか、喉を鳴らしながら顔を少女の腕に預けた。

 もうすっかり動こうとしない。


 少女にとって全く予想外の遭遇だったが、喜ばしいことでもあった。

 たとえ猫であろうと生きた存在と触れ合えるのは貴重だ。

 気が付けば、飼うことを考えていた。


 ――名前どうしようかな。

 そんなことを思いつつ、台所を出る。

 腕に抱えた猫がゴロゴロと喉を鳴らした――。







次回からまた少年視点に戻ります。今後は数話ごとに視点が入れ替わり、それぞれの生活を描いていきます。

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