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終末ぼっちは生き残り少女と話したい  作者: ヒトのフレンズ
第3章 終末ぼっちになる前は
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第38話 ⓪学園黙示録

今回から過去編としてパンデミック初期のお話になります。

 



 鼻をくすぐる煙たさ。

 青い空に浮かぶ真っ白い入道雲。

 少年は息を吸い、夏を身体いっぱいに取り込んだ。


 駅のホームに並んだ人々。

 床の表示に沿って列ができている。

 少年も、その内の一つの最後尾に立っていた。


 言いようのない期待と不安を抱きながら辺りを見渡す。

 二つ離れた列。

 そこに彼女はいた。


 同じ喜多学校の制服を纏った女子生徒。

 淡い茶髪、程よく焼けた肌。

 そして、校則ギリギリのスカート丈。

 小学生以来の幼馴染であり、クラスメイトの三笠莉沙だ。


 少年は彼女に話しかけるでもなく、敢えて顔を背けた。

 中学までは休日を共に過ごすことも少なくなかった。

 高校に入ってから、どうにも話しかけるのが躊躇される。

 兼ねてから抱いていた好意も、はっきりさせることができないまま。


 高校生ともなれば、異性として気を遣う。

 何より、相手はクラスの中心的存在。

 同じ駅を使うにも関わらず、違う列に並ぶのもそのためだ。


『三番線に参ります電車は――』

 アナウンスが響き、車両がホームに入ってくる。


 風が吹く。

 髪が揺れた。

 熱気がこもる夏には心地よく、表情も緩む。


 ドアが開き、人々が吐き出され、ホームに散った。


 前髪を直しながら車両に乗った。

 クーラーが音を立てて作動している。

 外よりも格段に快適だった。


 汗が染みたワイシャツを着たサラリーマン。

 リュックを抱えて会話する家族連れ。

 二年生の単語帳を持つ長身の女子高校生。

 いつもと変わらない日常の光景だ。


 『巡ノ丘駅で発生した人身事故により、東城線は――』

 他線の遅延情報がモニターを流れている。

 自分に影響はない。


 そっと息を吐き、スマートフォンを手に取った。

 頻繁に閲覧するネット掲示板を開く。

『ゾンビ病、やっぱりヤバい』と題された記事が閲覧トップになっている。


 ――またこの話か。

 世間では新種の感染症、“変異型狂犬病”が話題になっていた。

 死者が蘇り、人を襲い、感染を広げていく。

 “保有者”と呼ばれる感染者の外見はゾンビそのもの。

 そんなフィクションじみた疾病が人々の関心を集めるのは当然の成り行きだった。


 日本国内では、ある種のお祭り騒ぎが生じていた。

 SNSでは真偽不明の情報が飛び交い、毎日のように炎上。

 ワイドショーでも胡散臭い報道が繰り返された。

 数年前の新型ウイルス流行を上回る混乱を呈している。


 感染症の存在は、商売戦略にも大きく影響した。

 書店はゾンビ漫画やサバイバルガイドを大量に並べ、コンビニやスーパーでも防災グッズが飛ぶように売れた。

 貯水タンクや太陽光発電も需要が高まり、少年の家にも、ろ過装置付きの雨水タンクが設置された。


 政治も厳しい状況に追い込まれた。

 特に問題になったのは『新型感染症の対策に関する特別措置法』。

 警察官の武器使用を特例で緩和し、自衛隊の出動要件も新たに追加された。

 保有者の殺害を事実上認める内容で、早期成立を目指す与党と実力行使に異常な拒否反応を示す野党との攻防が激化。

「保有者も人間だ」というような耳障りのいいスローガンが飛び交った。

 何とか成立・施行に至ったが、今なお廃案を訴える政党もいる。


 死体の人権を訴えるというのはこの上なく滑稽なことだ。

 しかし、それが大真面目に主張されている。

 死体が起き上がり、人を襲うという異常な事態。

 それでも、この国は変わらない。


 報じられる海外の感染事例を疑似体験し、娯楽や政争の具として消費する人々。

 しかし、それはつまり、いいことでもあった。

 それだけの余裕があるということだ。


 記事を開くと、『成田大規模感染事件』の画像が載せられていた。

 先日発生した日本で初めて、そして唯一の大規模感染事例だ。

 千葉県成田市の商業施設で発生。

 警察発表では五百人を超える死者・行方不明者が出た。


 自衛隊が派遣されたことでも注目を集めている。

『新型感染症に係る調査出動』、いわゆる“調査出動”が根拠だ。

 特措法で規定された新たな枠組みだった。

 今回出動した部隊の詳細は一切明かされず、その点も議論を呼んだ。


 規制線の前で機関拳銃を携える機動隊員。

 目出し帽とヘルメットで面貌を隠した自衛隊員。

 彼らに詰め寄る市民団体。

 運び出される負傷者。

 画像からは緊迫した様子が伝わってくる。


 コメント欄にはいくつものコメントが並ぶ。

『ラスアス世界きたか』

『特戦群かな』

『ショッピングモールとか“ぐらし”みたい』


 実際、世間の関心以上に状況は深刻だった。

 日本ではこの一件以外に大規模な感染事例はないとされているが、海外では壊滅的な被害に見舞われた国も多い。

 米国では暴動が激化、ホワイトハウスは米軍によって厳重に警備され、欧州ではNATO即応部隊が展開。

 中東では感染者封じ込めのために大量破壊兵器が使用されたとの報道もなされている。


 それでも、まだこの国は一応の平穏を保っていた。

 今、この時は――。


『間もなく千磨代、千磨代。お出口は――』

 千磨代駅は、少年が通う県立喜多高校の最寄り駅だ。

 スマートフォンを消し、ポケットに入れた。


 電車の速度が落ち、やがて止まる。

 ドアが開いた。

 少年は足を踏み出し、ホームへと降りた。


「おはよ」

 突然、明るい声と共に肩を叩かれる。

 活発だが、同時に澄んだ絶妙な響き。

 振り返ると、三笠が軽く手を上げていた。


 少年は咄嗟に「お、おう」と返答した。

 唐突で上手く反応することができなかった。

 彼女はいつもこうだった。

 こちらの遠慮など気にせず、話しかけてくるのだ。


 彼女はそっと微笑みながら横に並ぶ。

 ちらりと覗く八重歯と活発そうな瞳。

 しかし、その奥に潜む願望には気付くことはできなかった。


「今日、終業式だな」

 三笠が言った。

 小学生は夏休みに入っているのだろうか、家族連れが散見される。


「そうだね」

 落ち着かず、口調が固くなる。


「夏休み、何か予定あんの?」

 三笠が毛先を弄りながら言った。


 彼女の茶髪は地毛だ。

 元々明るい色ではあったが、中学から水泳を始めて一層茶色を帯びていた。

 日焼けや塩素の影響があるのだろう。


「部活くらいかな。後は親が帰省するからゲーム三昧」

 少年は敢えて彼女から視線を外し、質問に答えた。


 両親が帰省するため、一人きりで留守番を任されているのだ。

 アニメ見放題、夜更かしし放題、友人たちとゲーム対戦の予定もある。

 楽しみでない訳がない。


 駅を出ると、夏の日が差してくる。

 ロータリーでは、数人のグループがビラを配っていた。


「この感染症は、神による人類への警鐘――」

「今こそこの状況を克服し――」

 新興宗教の一つだ。

 最近の感染症騒動で注目を集めている。


 三笠が吐き捨てるような笑みを浮かべた。

 下らないと思っているようだ。

 少年も同じく取るに足らないと感じていた。

 世間もある種エンターテイメントとして捉えていた。


 差し出されたビラを避け、そのまま進む。

 交番に視線を向けると、グループに視線を向ける警察官がいた。


 警杖を携えて立番する警察官。

 革製のホルスターに収められたのは、自動式拳銃だろう。


 ――これも時代の流れか。

 つい最近まで地域部門所属の警察官は、ほとんどが回転式拳銃を携行していた。

 しかし、今では自動式拳銃の割合が増えている。

 変異型狂犬病の蔓延に備えた対策が着実に進んでいた。


「あちー」

 三笠が呟いた。


「プール日和だね。こっちは地獄」

 我に返り、視線を彼女に向ける。


 少年は剣道部に所属していた。

 道着に袴、そして防具。

 長袖長ズボンというレベルではない。


 一方、三笠は水泳部員だ。

 暑い時にプールに入れるのは羨ましい。


 ――やってらんないな。

 額に滲み始めた汗を拭い、足を進めた――。







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