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終末ぼっちは生き残り少女と話したい  作者: ヒトのフレンズ
第1章 終末ぼっちは殺したい
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第2話 戦うぼっち高校生

 



 戦闘は、準備の段階から始まっている。

 少年は、そのことを経験からよく理解していた。


 今日の目的は探索と物資の回収。

 物資が不足している訳ではない。

 しかし、終末の世ではいつ何があるか分からない。

 体力も武器もある程度充実している間に着実に行動するのが安全だ。


 まずは服と装身具だ。

 好んで使うのは、ジーンズやアウトドアウェア。

 機能的で行動しやすく、汚すことへの抵抗感も少ない。


 いつも通り、腰にはベルト。

 斧とホルスターがぶら下がっている。

 もちろん、足首にはナイフ入りのホルダーを巻き付けてある。


 更なる装備品を取るため、部屋のクローゼットを開く。

 そこに並ぶのは、武器の数々。

 機関拳銃や狙撃銃が立て掛けられ、数丁の拳銃がケースに収められている。

 その他にも、バールやマチェットといった近接武器が並んでいた。


 警察や自衛隊の車両から掻き集めてきたものたちだ。

 銃器だけでなく、弾薬も備蓄してある。

 手榴弾や閃光弾はまだ入手できていないため、そこは課題だった。


 手に取ったのはプレートキャリアという装備品。

 いわゆるタクティカルベストのようなものだ。

 最大の特徴は、前後のポケットに防弾プレートを仕込むことができる点。

 また、表面にポーチを自由に配置することも可能。

 ポーチを配置することで予備の弾倉や地図、工具を収納できるのだ。


 装備品はできる限り実物、つまり高性能な専門メーカーのものを選んでいた。

 プレートキャリアやベルト、ポーチに至るまで。

 使えればそれでいいのは確かだが、どうせならこだわりたいところだ。

 今や何を選ぼうと無料なのだから。


 プレートキャリアには防弾プレートを挿入していない。

 保有者は基本的に武器を用いることがないため、必要ないのだ。

 生存者との戦闘が想定される場合は挿入することになるが、それは一度もない。

 言うなれば、釣りベストのような感覚で使っていた。


 もちろん、銃器も欠かせない。

 基本的には斧を用いるが、緊急時に備えて銃を携行する。

 探索する場所や距離に応じて銃の種類を選ぶことが重要だ。


 P228はどんな場合でも必ず携行する。

 探索時はもちろん、家で過ごす時もすぐに使えるようにしてあった。


 スライドを少し引く。

 薬室に装填された初弾が覗く。

 すぐに発砲できる状態であることを確かめた。


 一通りの準備を終えた少年は、機関拳銃(サブマシンガン)に目をやった。

 高性能で世界各国の公的機関に採用されたH&KMP5。

 拳銃弾を連射することができる。

 その中でも日本警察向けに改修されたモデルだ。


 少年はMP5を取らずにクローゼットを閉じた。

 MP5も防弾プレート同様、基本的に使うことはない。

 高い精度と連射機能を持つ、いわば最終兵器だ。

 通常の物資回収には必要ない。


「よし、行くか」

 ぼそりと呟く。

 およそ高校生らしくない格好で家を出発した。



 住宅街は不気味な沈黙を湛えている。

 並ぶ家々に灯りはなく、人気も一切ない。


 庭に転がる三輪車やボール。

 一方、柵に身を投げ出す腐乱死体。

 かつての日常と終末の凄惨さが混ざり合っている。

 しかし、少年にとっては見慣れた光景であり、関心は別のことにあった。


 ――民家の探索もやらなきゃな。

 民家は物資の宝庫だ。

 特に食品と水に関しては期待できる。


 変異型狂犬病が発覚してからというもの、保存食や防災グッズがブームになった。

 その結果、多くの家庭や官公庁で大量の保存食が備蓄され、浄水装置付き雨水タンクを始めとする設備も普及した。

 気合いを入れて探せばかなりの量が見つかるだろう。


「気が向いたらやるか」

 そんなことを考えている内に、少年は目的地の前に着いていた。



 ありふれた雑居ビル。

 三階建てで、一階の入口には小さな看板がかかっている。

 そこに記された文字からここがミリタリーショップであると分かる。


 少年がのんびりした足取りで入って行く。


 ミリタリー用品には数多の種類や型式が存在する。

 実物や遊戯用のコピー品。

 高性能な実物の中でも生産国や用途、迷彩柄等様々だ。

 それを証明するかのように、この店舗にも多くの商品が並べられていた。


 少年は鼻で息を吸った。

 ミリタリー用品に多用されるナイロンの匂いが鼻腔に広がる。

 この匂いを嗅ぐことで気分が高揚する。

 自分が戦いの場に身を置いているということを強く認識させてくれた。


 少年がここに来たのは初めてではない。

 ホルスターや斧、プレートキャリア。

 使っている装具の多くがここで手に入れたものだ。


 ライトを点けながらグローブのコーナーへ向かう。

 グローブは消耗品だ。

 特に少年の場合、頻繁に保有者を相手にしているため、劣化が激しい。


 グローブを五組程リュックに放り込んだ。

 実物のため、値段はそれなりに高い。

 今となっては代金を支払う必要はないが。


 次に向かったのは特設品の売り場だった。

 棚にあるのは缶詰や自衛隊の戦闘糧食の同等品。

 それらも幾つか回収し、店を出る。


 大通りは相変わらず静かで、屍以外の気配はない。

 少年は近付いてきた保有者を避け、その頭を斧で砕いた。


 保有者の動きは概して緩慢だ。

 今まで少年が見てきた屍はどれも走ることなく、身体を揺らすように歩いていた。

 躊躇さえしなければ一体くらい簡単に殺すことができる。


 問題は数だった。

 一人に対して敵は無数。

 同時に襲われれば危ないことはよく理解している。

 そして、その時こそ銃を使うべきであるということも。


 敢えていつもと違う道を進む。

 電柱に突っ込んだタクシーの車内で何かが蠢くのが見えた。

 素早く接近し、窓越しに様子を窺う。

 運転席で制服の男がハンドルを滅茶苦茶に操作していた。


 車は動いていない。

 それでも男はハンドルを操作し続ける。

 ――またか。

 少年は確信し、ドアを開けた。


 それに気付いた男が顔を向けてくる。

 爛れた皮膚、流れる血、首の噛み傷。

 保有者だ。


「どぢぢららまでででえぇええぇえ」

 生前何度となく繰り返したであろう言葉を投げかけてくる。

 もはや呻き声に近く、辛うじて聞き取れる程度だった。


「結構です。お金がないんで」

 少年は斧を一閃し、頭を砕いた。

 すぐに男がこと切れ、ハンドルから手がずり落ちる。


 保有者に理性はない。

 しかし、僅かながら記憶がある場合もあるのだ。

 習慣や癖を屍になっても繰り返す個体がしばしば存在する。

 この男も生前のタクシードライバーとしての習慣が忘れられず、動かない車のハンドルを握り続けていたのだ。


 哀れとしか表現しようのない。

 死してなお生に囚われ続けるとは。

 少年はそっと息を吐き、目的のコンビニエンスストアへ向かった。


 店内は灯りがなく、薄暗い。

 フラッシュライトを取り出した。

 スイッチを入れると、強い白光が辺りを照らした。


 店内は外と同様に荒れていた。

 床には商品が散乱している。

 相当な混乱があったのだろう。


 警戒しつつ足を進める。

 直後、店の奥から呻き声が響いた。

 異常に低く、人のものとは思えない声が。


 斧を構え、慎重にその方へ向かう。

 飲料売場の前に、それは横たわっていた。


 虚ろな目と白い肌。

 ――保有者だ。


 両膝から先は無残に千切れている。

 それでも必死に這い、近付こうとする。

 痛覚が麻痺した保有者といえども、骨格的な損傷を受けた場合はそれに見合う機能不全に陥る。

 足がなければ歩行不能に、歯が抜ければ噛み付くことができない、という様に。


 武装した少年にとって這うだけの屍など大した脅威ではない。

 が、殺すことにした。

 脅威は脅威であり、排除するのが最善であることに変わりはない。

 また、保有者に対する憎しみの感情もこの理屈を後押しした。


 保有者の頭を足で押さえ、首に斧を振り下ろす。

 三回程叩き込んだところで保有者の身体から力が失われた。


 ふぅと息をついてから斧を仕舞う。

 血の滴が頬を伝わる感触に表情が歪む。

 着用しているタクティカルグローブも血で鈍く光っていた。

 今日だけで三体の屍を殺したのだから当然だろう。


 保有者の血液に感染力はない。

 感染原因となる物質は口腔内にあり、噛まれることによってのみ感染する。

 とはいえ、精神衛生上好ましくない。

 商品棚にあったハンドタオルを取り、顔とグローブを拭った。

 タオルはすぐに赤に染まった。


 現実の『殺し』は映画やドラマのように綺麗なものではない。

 保有者を殺せば、血液や臓器が出る。

 人を殺せば、それらに加えて糞尿も出るという。

 もっとも、経験があるのは保有者だけであり、人間を殺害したことはなかった。


 できるならば、人殺しは避けたい。

 自分は快楽殺人者ではないし、不要な争いに関わりたいとも思わない。

 敵は保有者だけで十分であり、それ以外は概ね平穏に暮らしたいと思う。


 しかし、万が一必要になった時は、躊躇わずに殺せるようになりたいとも思うのだ。

 ルール1『躊躇うな』

 保有者であれ、生存者であれ、必要ならば躊躇してはいけない。


 しかし、殺さないという選択をしてはいけないということでもない。

 要するに、何かを決断する時に躊躇するな、ということだ。

 殺すも殺さないも躊躇わずに決断しろ。

 それがルール1の意味するところである。


 タオルを投げ捨て、背負っていたリュックを手にする。

 そして商品棚にある品物を次々と放り込んでいく。


 食料だけではない。

 ティッシュペーパー、缶詰、駄菓子まで。

 必要になりそうなものはできる限り回収すべきだ。


『防災コーナー』とポップが掲示された棚を見る。

 感染症の存在が明るみになってから防災グッズが大流行した。

 大抵のコンビニやスーパーにはこういったコーナーがある。


 棚には携帯カイロや非常用トイレがある。

 太陽光パネルで発電し、浄水タンクに雨水を貯めているとはいえ無限ではない。

 小さな太陽光パネルが付いた携帯端末の充電器もあった。

 スマートフォンは使わないため、これは必要ないだろう。


 商品をリュック一杯に詰め込んだ少年は、店を出た。

 店内には使えそうな品がまだ残っているため、後日来る必要がありそうだった。


 静かな道を家へと歩く。


 そして今日の戦果を顧みた。

 保有者を三体殺害。

 物資、装備を多数回収。

 それなりに満足のいく結果だ。


 しかし、心の底では焦燥が燻っていた。

 ――今日も見付からなかった。

 少年は、“とある保有者”を探し続けている。

 殺すために……。


 少年は真剣な面持ちのまま、我が家へと歩みを続けた。






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