表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末ぼっちは生き残り少女と話したい  作者: ヒトのフレンズ
第1章 終末ぼっちは殺したい
21/77

第20話 Every Marine is a Rifleman

 



 業務用スーパーで死体を見付けた日の翌日。


 少年は、雑居ビルの屋上で腰を下ろしていた。

 昨日の雨は止み、一転して晴天が広がっている。


 心地よい風を受けながら、辺りを見渡す。

 住宅街、アパート、コンビニ……。

 そして、彷徨う保有者たち。

 いつもと変わらない風景が広がっていた。


 しかし、このどこかに生存者が潜んでいる。

 小銃で武装し、同じ人間を嬲り殺す者が。

 こうしている間にもまた凶行に及ぼうとしているかもしれない。


 少年は、自らを落ち着かせるように息を吐く。

 そして、傍らにあった銃器を手に取った。

 長い銃身と調節可能なパッドを備えたストック、そして減音器。

 ボルトアクション方式の狙撃銃、M24A2だ。


 自衛隊が採用していた狙撃銃。

 これを手に入れたのは、三か月前。

 壊滅した避難所の装備輸送車から回収した。


 どうして雑居ビルの屋上で狙撃銃を手にしているのか。

 これには、二つの目的があった。


 一つは、遠距離から保有者を殺害するため。

 狙撃の最大の利点は、遠距離から敵を攻撃できる点にある。

 遠方から飛来するライフル弾。

 噛むという究極の近接攻撃を武器とする保有者には絶好の手法だ。


 もう一つは、偵察のため。

 近隣に他の生存者が潜んでいることは分かっている。


 高所から街を望むことで、何らかの変化に気付くことができるかもしれない。

 転化した幼馴染、三笠莉沙を探すという根本的な理由もあった。


 7.62ミリ弾が詰まった弾倉を叩き込む。

 ボルトを引き、初弾を装填した。

 改造したカメラ用の三脚にライフルを固定する。

 スコープの調整や零点規正は既に済ませてあった。


 低倍率にした双眼鏡で街を見渡す。

 異常はない。

 光や調理の煙など、生存者の徴候は見当たらなかった。

 いるとすれば、保有者くらいなものだ。


「取り敢えずやるか……」

 生存者の痕跡に関しては、粘り強く探すしかない。

 今できることは、保有者を少しでも殺すことだ。


 あぐらで座り、座射の体勢でスコープを目に当てる。

 視界の中に一体の屍を捉えた。。

 距離は百メートル弱。

 照準を合わせるための十字線、いわゆるレティクルは頭部に合っている。


 ワイシャツを着た会社員風の男。

 折れた左腕をぶら下げて彷徨っている。


 少年は息を一杯に吸い込み、ゆっくりと吐いた。

 本当にゆっくりと。

 吐いている状態と止めている状態の狭間に漂うように。

 そして、引き金を絞った。


 減音器によって作られた、堅い物に鞭を打ったかのような銃声が響く。

 と、同時に狙撃銃が跳ね、強い振動が肩に伝わる。

 弾は空気を裂き、保有者の頭骨と脳を貫いた。


「――よし」

 死体は道に倒れたまま動かない。

 少年は引き金から指を外し、呟いた。


 ボルトを引き、空薬莢を排出する。

 心地よい金属音が響いた。

 コンクリートの床を黄金色の薬莢が転がっていく。


 倒れた死体に反応して、一体の保有者が歩き出した。

 女子高校生だ。

 かつては綺麗だったであろう茶髪は血に汚れ、乱れている。


 ――三笠……。

 彼女の容姿が頭によぎる。

 逸る心を抑え、倍率を上げる。

 視界一杯に屍の顔が写し出される。


 別人だった。

 たとえ屍になっていても見分ける自信がある。


 失望感が宿る。

 そう簡単に見付かるはずもない。

 今まで何か月も見付からなかったのだから。


 スコープの倍率を戻し、狙撃姿勢に入る。

 短いスカートから白い太股が覗く

 それを見ても性的な衝動が湧くことはなかった。


 保有者がゆらゆらと死体に近付く。

 その動作に合わせ、そっと銃口を動かし続ける。

 呼吸を合わせ、引き金に指を添えた。


 機会が訪れた。

 保有者が死体の傍らで立ち止まったのだ。

 時間にすればコンマ数秒に過ぎない。

 しかし、指は反射的に動いていた。


 気が付くと、反動が肩を叩いていた。

 反動によって視界がずれ、標的がどうなったのかは見えない。

 胸が高鳴り、呼吸が荒くなる。

 縺れそうになる手に力を込め、銃の向きを戻した。


 標的はアスファルトに身を投げ出している。

 眉間に開いた穴から血が流れ出す。

 少年からは死角になっていて見ることはできなかったが、後頭部には銃弾より大きな射出痕が開き、脳漿と骨の欠片が血液に混じって放出されていた。


 ――即死だ。

 少年はゆっくりと息を吐いた。

 斧で切り刻むのとは異なる緊張感だ。


 確かに、斧や拳銃を使う方が距離は近い。

 こちらが攻撃される可能性も当然高くなる。

 しかし、相手の視界の外から一方的に殺すのも独特の緊張をもたらす。


 今度はスウェット姿の保有者に照準を合わせる。

 引き金を引いた。

 刹那、保有者が大きく肩を揺らした。


 狙点がずれる。

 弾はこめかみの骨を抉り、背後のバスのガラスを割って何処かに消えた。

 頭部に命中したが、致命傷ではない。


「動くと当たらないだろ……」

 苛立ちを抑え、呟いた。

 ボルトを引き、空薬莢を弾き出す。


 突然の攻撃を受けた保有者は戸惑うように辺りを見渡し、再び歩き出した。

 どれだけ丁寧に狙っても着弾がずれることはある。

 そこが狙撃の難しさであり、射撃に携わる人々を奮い起たせた魅力でもあった。


 保有者に対する狙撃は、対人戦とは違う難しさも存在する。

 人間なら、どこを狙っても一定のダメージを負う。

 的が大きい胴体を狙うという戦術を取ることもできるのだ。


 一方、保有者は簡単には死なない。

 腰や大腿部の骨を砕いて動きを止めることはできるが、それでは殺したことにならない。

 確実に脳に命中させなければ致命傷とはならないのだ。

 また、保有者特有の身体を揺らす歩き方も狙撃の難易度を高めていた。


 ――次こそは。

 息を吐き、心を落ち着かせる。

 緊張と冷静のバランスこそが重要だ。


 そして撃った。

 次の一発は鼻の上に当たり、保有者は糸が切れた人形の様に倒れた。

 狙撃成功だ。


 スコープから目を離し、一息つく。

 脇に置いてあったペットボトルを取った。

 オレンジジュースを喉に流し込む。


 冬の冷たさが漂っているが、額に汗が浮かんでいた。

 数回の狙撃でもかなりの集中力を要する。

 訓練を受けた専門の狙撃手ならともかく、一般人に過ぎない自分には辛い。


 ジュースの糖分で思考が冴えていく。

 7.62ミリ弾の反動で疲れた肩を回していると、視界の隅で何かが動いた。

 何気なくそちらを見ると、予想外のものがあった……。


 住宅街の上空五メートルほど。

 赤い風船が三つ飛んでいた。

 そう、ゆらゆらと漂うに飛んで……。


 ――いや、あれは。

 双眼鏡を覗く。

 その風船は飛んでいなかった。

 長い紐で括り付けられている。


 その先は……。

 住宅街の一角にある駐在所。

 自宅のすぐ近くだ。

 しかし、他の建物の陰になってよく見えない。


 双眼鏡を放り投げ、狙撃銃を掴んだ。

 駐在所を見渡せる位置に移動して三脚を据える。

 ボルトを引いて次弾を装填した。


 心臓が激しく脈打っている。

 どうして風船が浮かんでいるのか。


 風船が勝手に膨らむ訳がない。

 何者かがガスを充填し、紐で繋いのだ。

 そして、それは保有者にはできないことだ。


「誰だ」

 スコープに目を当てる。

 百メートルほど先。

 駐在所の屋上に人が見えた。


 女性だ。

 こちらに背を向け、長い黒髪を風でなびかせている。

 身長は自分と同じくらい。

 つまり、女性にしては高い部類だ。


 女性は風船を見上げていた。

 屋上の縁には、梯子が掛かっている。

 この女性が屋上に風船を括り付けたことは疑いようがなかった。


 彼女の背中に十字の照準を合わせる。

 完全に相手を捉えたまま、少年は動けなかった。

 うるさいほどに鳴る心臓の音を聞きながら。

 ただひたすらに目を開いていた。


 不意に彼女が振り返った。

 スコープを通してその顔が写し出される。


 端正な顔立ち。

 大人びた雰囲気。

 しかし、瞳にはあどけなさが残っていた。


 大学生か、あるいは高校生にも見える。

 まだ少女と呼ぶべき年齢だ。


 何より注目すべきは、顔が綺麗だということだ。

 異性として、という意味ではない。

 保有者の特徴である粘膜からの出血が窺えないのだ。

 その痕跡すらなく、瞳も人間としての生気を宿している。


 少女は、すぐに顔を背けた。

 こちらには気付かなかったのだろう。

 何事もなかったかのように梯子を下りていく。


 たった一瞬の出来事。

 しかし、少年の脳裏には彼女の顔が焼き付いていた。

 それは、あまりにも強烈な残像として少年の心に居座った。


 なびく髪。

 茶色を帯びた端正な瞳。

 程よい存在感を示す涙袋。

 静かに結ばれた桜色の唇。

 スコープを覗いたまま、彼女の姿をひたすらに思い返す。


 そして、少女が駐在所に戻ってからしばらく経った頃。

 ようやく少年はM24から手を放した。

 放心したように、息を吐く。


 額を濡らす汗が緊張を如実に表していた。

 生きた人間を見たのは、三か月ぶり。

 動揺しない方が難しい。


 震える手でオレンジジュースを飲む。

 緊張が和らぎ、思考が冷静さを取り戻していく。

 考えなければならないことがあまりに多かった。


 どうしてあの少女は、風船を掲げたのだろうか。

 考えられるのは、合図だ。

 仲間に対するものか、あるいは――。

 自分のような生存者に向けてかもしれない。


 終末世界を生きる人間が生存者を探し求めるのは自然なことだ。

 むしろ自分が異質なだけ。

 生存者を忌避し、”仲間”を作らないという方針を持つのは自分くらいだろう。

 本来、人間は群れを作る生き物なのだから。


 彼女は、自身がいる証を風船に託したのかもしれない。

 あの高さなら、かなり遠くからでも視認できる。

 古典的だが、安全で堅実な方法だ。


 それにしても、と息を呑む。

 ここまで動揺したことには理由があった。


「まさかあんな近くにいるとは……」

 思わず呟く。


 駐在所は自宅から程近い。

 今まで気付かなかったのは、偶然か。

 あるいは、彼女はつい最近来たのかもしれない。


 できるならば、見なかったことにしたい。

 生存者との接触は極力避けなければならない。

 “仲間”を作るなどもってのほかだ。

 生存者という異質な存在を認識しないまま暮らしていたかった。


 しかし、もはやそれは許されない。

 ルール2 『現実を受け入れろ』

 彼女の存在は現実のものであり、受け止めなければならなかった。

 若い女性といえど、脅威となり得る。

 また、仲間として他の生存者がいるかもしれなかった。


「クソったれが」

 混乱する心情を一切合切この言葉に込め、少年は息を吐いた――。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ