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終末ぼっちは生き残り少女と話したい  作者: ヒトのフレンズ
第1章 終末ぼっちは殺したい
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第17話 step by step

 



 この日、少女は朝から準備を進めていた。


 いよいよ今日から本格的に北部地域の生存者を探す。

 手始めは、避難所に指定されていた川上中学校だ。

 この駐在所で見付けた警察の書類に記されていた場所。

 未だ生存者がいるかもしれない。


 まずは武器だ。

 ニューナンブとその予備弾。

 映画に登場するような大きい銃より頼りないが、十分だった。

 どうせそのような代物は使いこなせない。


 続いて、催涙スプレーだ。

 駐在所の机で見付けたもの。

 保有者には大した効果が望めないだろう。

 しかし、生存者には間違いなく有効のはずだ。


 この世界で危険なのは、保有者だけではない。

 社会という制約から解き放たれた人間もまた、脅威となり得る。

 そのことを、少女もどことなく理解していた。


 高校生の自分ですら拳銃で武装しているほどだ。

 もし暗い欲望を抱えた人間が武器を手に入れれば……。

 この世界では同族ですら安易に信用できない。


 自分は生存者を見付け、仲間を作ることを望んでいる。

 相手が男だろうが女だろうが、安全を確保できるなら構わない。

 仲間を選り好みするつもりはなかった。

 必要ならば、自分の性別を利用することも覚悟している。

 自惚れるつもりはないが、多少の“需要”はあるだろう。


 とはいえ、あまりに野蛮な人物とは関わりたくない。

 生存者と行動するのは、安全を確保した上で精神的な安定を求めるからだ。

 殺されてしまっては本末転倒。

 ある程度の倫理観を持ち、信用できる人間でなくてはならない。

 有り体に言えば、誰でもいいという訳ではないのだ。


 スカートに拳銃を挟む。

 十発の予備弾が入ったポーチを左ポケットに仕舞う。

 そして今度は、催涙スプレーを右のポケットに入れた。


 拳銃の重みを感じつつ、髪をポニーテールに結い上げる。

 探索の時には決まってこの髪型にするのだ。


 今日はゴロを連れていくことにした。

 万が一、生存者に会えた場合はこの駐在所に戻ってこないかもしれない。

 むしろ、そうなればありがたいと思う。


 事務机の上で身体を丸めているゴロを撫でた。

 猫も寒い季節が辛いのだろう。

 撫でられて心地よさそうなゴロを抱き抱え、駐在所を出る。


 空は生憎の曇りだった。

 薄い灰色の雲が空を覆っている。

 にゃあ、と鳴くゴロを前カゴに乗せ、自転車を漕ぎ出した。


 二十分ほどすると、目的の中学校が見えてきた。

 避難所として登録されていた場所だ。

 フェンスに囲まれた校舎。

 安っぽいフェンスには、ベニヤやトタンの板が打ち付けられている。


 道端に自転車を止め、ゴロをリュックに入れた。

 拳銃を握りながら、正門へと近付く。


『市立川上中学校』

 仰々しい看板は年季を感じさせる。

 黒く塗装された正門は閉められていた。

 ただでさえ頑丈そうな正門には、フェンスと同様に板や角材で補強されている。


 しかし、問題は内側だった。

 正門にもたれかかるように、死体が転がっているのだ。

 正確には、死体と呼ぶのも難しい状態。

 なぜならば、それは、辛うじて人間だったと分かる肉塊だった。


 悪い予感が浮かぶ。

 思わず足を止めた。

 その拍子に背負ったリュックが揺れ、ゴロが小さく鳴く。


 死体があるということは、“そういうこと”だ。

 これは明らかに普通の死に方ではない。

 保有者に貪りつくされた結果だ。

 つまり、避難所は既に壊滅している可能性が……。


 ――クソ。

 少女は、珍しくそんな悪態を吐きたくなった。

 しかし、それは避難所の壊滅の可能性に対してだけではない。

 ここで逡巡する自分自身の弱さにも苛立った。


 ――行くしかない。

 この先が地獄だろうとも、可能性に賭けたかった。

 それほどまでに“仲間”という存在を欲している。

 その欲求が身を滅ぼすことになろうとも。


 拳銃のグリップを強く握り、校門を開けて敷地に入る。

 校庭には、十台前後の車が置かれていた。

 警察車両と自家用車、自衛隊の車両も数台見える。


 地面に転がる空薬莢を踏みながら、昇降口に向かう。

 分厚い雲が広がる空を背に、校舎に足を踏み入れた。


 電気は点いていない。

 悪天候も相まって廊下は不気味な暗さを帯びている。

 懐中電灯を左手で構え、明かりを入れた。


 照らされた廊下は、酷い有様だった。

 白い壁には赤黒い染みがべったりとこびり付いている。

 窓ガラスは割れ、そこに頭を突っ込んだまま動かない人影が見えた。


 そこで初めて気が付いた。

 校舎内が饐えた血と腐肉の臭いで溢れていることに。


 背筋に鋭い悪寒が走る。

 冬だというのに汗が頬を伝い、血で汚れた床に滴る。

 目の前に広がっているのは、まるでお化け屋敷かホラー映画のような光景だ。

 こういうのは何度見ても慣れることはできそうにない。


 臭いが不快なのか、ゴロが小さく呻く。

 しかし、それでも大人しいのは、この世界を生きているからなのだろう。

 猫であっても、“生存者”であることには変わりない。

 ゴロはゴロなりに終末に適応しているのだ。


 少女は、動かない人影に銃口を向けながら足を進めた。

 ありふれた格好の男性。

 割れたガラスに突っ込んだ頭部を見て、すぐに悟った。

 この人は死んでいると。


 銃で撃ち抜かれたのだろう、ほとんど原型を留めていない。

 傍らには長い空薬莢が散らばっていた。

 内部抗争か、あるいは感染していたのか。

 亡骸を一瞥した限りでは分からなかった。


 息を吐きながら、近くの教室のドアを開ける。

 一年一組。

 銃口と懐中電灯を突き入れると、異質な光景が広がっていた。


 床一面に敷かれたビニールシート。

 その下には、大小さまざまな膨らみが見える。

 つまり、シートの下に何かが置かれているのだ。


 何であるかは考える間でもなかった。

 膨らみの形と、そしてこの惨状からすぐに推測できる。

 ――死体だ。


 この教室は死体安置所として使われていたのだ。

 ざっと二十人。

 膨らみの形から、子供から大人まで安置されていることが窺える。

 シートの下を覗く気は微塵も湧かなかった。


 腐臭に慣れて麻痺し始めた鼻をすすり、廊下に出る。

 すると、視界の端で何かが蠢いた。

 咄嗟に廊下の突き当たりへと目を向ける。


 小さな人影。

 詳しい姿を認識するよりも早く、一番奥の教室へと消えた。


 ――あれは……。

 子供のように見えた。

 萎んでいた希望がじわりと膨らむ。

 待ち望んでいた生存者だ。


 拳銃を握りながら、人影の後を追った。

 途中の教室を無視し、足早に突き当りの教室に向かう。

 一息ついてから、教室に足を踏み入れた。


 室内の様子は、混乱の痕跡を色濃く示していた。

 机が散乱し、カーテンは千切れて外からの光が不気味に差す。

 床は乾いて固まった血で染められている。


 そんな中に、ぽつんと立ち尽くす人影。

 小学校低学年と思しき小さな体躯。

 その男児は、少女に背を向けている。


 ゴロが低く鳴いた。

 男児を見つめる少女の耳に鳴き声は届かず、虚しく消えた。


 ――やっぱり……。

 子供だ。

 いくつか疑問が浮かんだが、高揚感がそれらを簡単に打ち消した。

 男児の肩を叩こうと、一歩踏み出す。


 その瞬間、男児が振り返った。

 異様に白い肌。

 両目から溢れた赤黒い血液。

 剥き出しになった歯。


 絶望。

 少女は飛び退くように後ずさり、距離を取った。

 男児の姿は、紛れもなく保有者のそれだ。


 ゴロが激しい鳴き声を発した。

 それを聞き、我に返った少女が拳銃を構える。

 照準の先、小さな屍を捉える。


 ふっと浮かぶ躊躇。

 血に汚れた中に窺えるあどけなさ。

 すぐに引き金を引くことはできなかった。

 大人の保有者を殺すことすら躊躇するというのに、子供の保有者など簡単に殺せようか。


 躊躇した数秒の隙。

 屍が腕を伸ばす。

 赤黒い血で汚れた爪が迫る。


 咄嗟に身をかわし、少女は引き金を引いた。

 未熟な構えで発射された弾が男児の左肩を砕く。


 派手な銃声と煙たい香り。

 ただそれだけだった。

 肩を撃ち抜かれた程度では、保有者は死なない。

 左腕をだらんと垂らした男児が迫る。


 戦闘を諦め、廊下に飛び出す。

 しかし、そこにも絶望が待ち受けていた。


 他の教室から、保有者たちが湧き出すように現れていた。

 そこで、少女は自分の愚かさを呪った。

 人影を追うあまり、途中の教室の安全を確認していなかったのだ。

 あまりに初歩的なミス。


 何より、あの人影を保有者だと疑ってかかるべきだったのだ。

 子供だから保有者ではないという保証はない。

 先入観に囚われた結果がこれだ。

 そんな後悔がぐるぐると脳内を駆け回る。


 身体を揺らしながら迫る男児と保有者の群れ。

 廊下の壁まで追い込まれる。

 ゴロの鳴き声と屍たちの呻きが廊下に反響した。


 ――まだ、やれる……。

 ゴロをリュックに押し込み、銃口を振り上げる。

 手前の屍を照準に捉えた。


 またもや躊躇が浮かぶ。

 これから保有者を撃つという事実に。

 人の形をしたものに鉛弾を叩き込むという暴力に。

 この期に及んでも、覚悟は固まり切っていなかったのだ。


 しかし、もうどうしようもない。

 にじり寄る屍の群れを前に、他の選択肢はない。

 立て続けに三発撃った。


 先頭の保有者が腰と腿を撃ち抜かれ、転倒する。

 骨と筋を砕かれたのだ。

 絶命していなくとも、行動に大きな制約が生じる。

 頭部を狙えなかったのは、技術的な問題か、あるいは殺害への忌避感か。


 その後ろから押し寄せていた屍たちが床に倒れた保有者につまづく。

 群れの流れが乱れた。

 二度とない好機。


 少女は踏み出した。

 廊下の窓際に置かれた机。

 それを足掛かりにし、割れた窓に身体ごと突っ込む。


 身体のあちこちに激痛が走った直後、外に着地した。

 ガラスの先端で手の甲やふくらはぎが切れている。

 制服も血に染まり、酷い有様だ。


 外は煙たい空気が充満していた。

 雷管の焼けた匂いとは違う、自然の香り。

 空を覆う雲は黒くなり、悪天候の兆しを見せていた。


 曇天の下、亡者たちの呻き声が響く。

 校庭には、体育館から湧き出した保有者たちがひしめいていた。

 銃声に釣られ、こちらに出てきたのだ。

 別の棟からも十体近くの屍たちが現れ、中庭を塞ぐ。


 ――どうすれば……。

 ニューナンブの空薬莢を放り投げながら考える。

 残り一発になった弾倉に四発を装填した。

 この数では、どう足掻いても倒し切れない。


 前後からゆっくりと迫る屍たち。

 いずれも歯を剥き出し、生きた肉を渇望しているように見えた。


 また何体か撃ち倒して、隙を突くしか……。

 しかし、先程のように運よく倒せる保証はない。

 頭部や骨格の急所に狙って当てられるほどの技量など持ち合わせていなかった。

 そして、殺害する覚悟もまた、持ち合わせていない。


 ――でも、行くしか……。

 諦めを噛み締め、拳銃を構える。

 引き金に指を添えた刹那――。


 空から大量の水が降り注いだ。

 雨だ。

 それも、かなり勢いが強い。

 手の甲の傷口が濡れ、じんわりとした痛みが広がる。


 そして、異変はすぐに起きた。

 保有者たちが低く叫びながら、もがくように腕を振り回し始めたのだ。

 まるで火で炙られた人間のように。

 痛覚が麻痺したはずの彼等が苦痛で喘いでいるように見えた。


 全く異質な光景だ。

 校庭で、中庭で、歩く屍たちが救いを求めるようにもがき、呻く。

 それは、さながら地獄の様相を呈していた。


 ――どういうこと……。

 雨に打たれながら、少女は息を呑んだ。

 彼等は、もう自分を見ていない。

 原因があるとすれば……。


 この雨だ。

 雨、あるいは水が保有者に対して何らかの影響を及ぼしている。

 もし、本当にそうなら……。


 今が最高の機会だ。

 おぼつかない足取りで懸命に校舎へ戻ろうとする屍たち。

 その間を縫うように、少女は走った。


 正門に辿り着く。

 肩で息をしながら、振り返った。

 保有者たちが追って来ることなく、雨から逃れようと必死だ。


 少女はリュックに隠したゴロを撫でた。

 危険から遠ざかり、落ち着いたのか、甘えるように鳴く。

 見たところ怪我はない。

 雨に濡れるのを嫌がる様子もなかった。


 ――帰ろう……。

 反省点はあまりにも多い。

 侵した危険に見合う成果もなかった。

 しかし、多少の怪我で乗り切れたことは僥倖だ。


 少女は自転車に跨り、雨が降る街を駐在所へと漕ぎ出した――。







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