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終末ぼっちは生き残り少女と話したい  作者: ヒトのフレンズ
第1章 終末ぼっちは殺したい
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第14話 死体の眠る家

 



 静寂に包まれた民家。

 窓から差す光が室内を照らしている。


 机の上に置かれた皿には、もはや得体の知れない腐ったものが入っていた。

 その脇に置かれたマグカップも埃に覆われている。


 随分と使われていない、主を失った家屋。

 そこで少年は遺留された食料を漁っていた。


 近所の住宅街には多くの家が並んでいる。

 今日の目的は、そういった住宅を漁ることだ。

 残された物資を集めつつ、情報の確認も行う。

 極めて低いが、生存者がいる可能性もある。


 終末を生きるコツは、いかに時間を潰すかにある。

 本や酒だけでは有り余った時間を消費しきれない。

 働くことも重要なのだ。

 擦りきれた精神を保つためには······。


 台所の引き出しを開ける。

 果物の缶詰や乾燥パスタがあった。

 リュックに詰め込む。


 他に役に立ちそうなものはない。

 一軒の収穫などたかがしれている。

 時間をかけて多く回ることが肝要だ。


 地図を取り出し、今いる家にバツ印を記す。

 今日はこれで九軒目。

 次で終わりにしようと思いつつ、外に出た。


 空に昇った太陽が居並ぶ家々を照らす。

 静寂の中、微かに音が聞こえた。

 少年はいつもの仏頂面を浮かべ、路地へと進む。


 久々に通る生活道路。

 音はそこから聞こえていた。

 ビニール袋が擦れるような音だ。


 視界の先で蠢く影を確認し、斧を握る。

 大破したゴミ収集車の脇。

 作業服を着た男が懸命にゴミ袋を叩いていた。

 その挙動は不自然で、既に人ではないことが窺える。


 ――こいつもか。

 生前は収集業者だったのだろう。

 僅かな記憶に取り憑かれ、転化しても仕事を続けているのだ。


 とはいえ、保有者にまともな知能はない。

 ゴミ袋を掴むこともままならず、叩き続けていた。


「行くぞ」

 小さく呟く。

 緊張が滲むように広がり、鼓動を早くする。

 しかし、身体はいつも通りに動いた。


 斧を振り上げる。

 哀れな屍の後頭部を一撃。

 地面に倒れ込んだところを、さらに一撃。

 完全に動かなくなった。


 これでこの屍は実りのない労働を終えることができた。

 歩く屍に二度目の死をもたらす。

 それは生者にしかできないことだ。


 軽く息を吐き、辺りを見渡す。

 他に保有者はいないようだ。

 すると、何気なく一軒の家が目に付いた。


 クリーム色の外壁と焦げ茶の屋根。

 整えられていたであろう植え込みは伸び茂っている。

 気になったのは、ベランダに干されたままの衣類だ。


 見覚えのある体育着。

 自分が通っていた高校で使われていたものだ。

 デザインと校章の色から、二年の女子用だと分かる。

 同じ高校の生徒が住んでいたのだろう。


 体育着の他には、男用のワイシャツが干されている。

 高校生の娘と父親。

 風に揺れる衣類が物悲しかった。


 ――懐かしいな。

 三か月程で終わってしまった高校生活を思い出す。

 最後の探索はこの家にしよう。

 そう考え、表札に目を向けた。


桜ヶ原(さくらがはら)

 聞き覚えはなかった。

 面識はないようだ。

 部活以外に上級生と関わる機会はなかった。


「噛みそうな名字だな」

 そんなことを呟きながら、敷地に入った。

 食料や衣類が残されていればいいがと思いつつ。


 この世界で住居侵入罪など関係ない。

 既に銃刀法違反、占脱、死体損壊の常習犯だ。

 殺人を犯していない分、まだましだと考えるべきか。

 もっとも、何をしたところで刑事罰を科せられることはないだろう。


 玄関のドアハンドルを引く。

 鍵は開いていた。

 家人は既に避難したということだろうか。

 あるいは……。


 土足のまま踏み入ると、腐敗臭に襲われた。

 明らかに死臭だ。

 パンデミックから四か月。

 死体があるならば、白骨化しているだろう。


 手で口を覆いつつ、室内に入る。

 右手にはきちんと斧を握っている。


 ダイニングには乾ききった血の痕があった。

 ここで何かが起きたようだ。

 乾き具合からして相当前、恐らくパンデミック初期のようだった。


 血の跡は奥の和室まで続いている。

 襖は閉じられ、中の様子は分からない。


 警戒しつつ、襖を開く。

 一段と腐敗臭が強くなった。

 さすがの少年でも思わず目を細める程だ。


 和室にあったのは布団に横たわる白骨死体だった。

 身長は百八十程度。

 恐らく男性だろう。


 死体の傍らに小振りな包丁。

 刃にはこびりついて黒くなった血液。

 これが凶器だ。


 死体はワイシャツを羽織ったまま。

 右腕の部分が噛み千切れられたように裂けている。

 手は丁寧に胸の前で組まれていた。

 まるで死者を弔うかのように。


 状況が安易に想像できた。

 この死体は保有者だったのだろう。

 右腕を噛まれて感染したが、何とか帰宅。

 そして家族がやむを得ず殺害。

 丁寧に死体を布団まで運び、手を組ませた。


 よくある展開だ。

 以前探索したスーパーの死体と同様。

 歩く屍となった親しい人を殺す。

 それがいかに残酷であるか。


 しかし、少年は羨まずにはいられなかった。

 殺せずに後悔するよりはずっといいはずだ。

 ――自分のように……。


 問題は、殺した人間がどこに行ったのかということだ。

 他の部屋に死体があるかもしれない。

 意味のない好奇心に駆られ、探索を続ける。


 和室の隅には仏壇が置かれていた。

 遺影には端正な顔立ちの女性。

 恐らくこの死体の妻だろう。

 写真の具合からして亡くなったのは十年程前の様だ。

 パンデミックの遥か以前に亡くなっているということになる。


「父子家庭か・・・・・・」

 洗濯物から察するに、住んでいたのは父親と高校生の娘。

 父親はこの通り、白骨死体だ。

 残された娘はどこにいったのだろうか。


 ――別にどうでもいいけど。

 少年はそう思いつつも、台所に向かった。


 開いたままの棚。

 食料はあらかた持ち去られていた。

 娘がここを出る時に持って行った可能性もある。


 斧を握ったまま、二階に上がった。

 廊下には埃が積もっている。

 しばらく人が出入りした形跡はない。


 父親の書斎。

 パソコンやビジネス本があるばかりで有用なものはない。

 趣味の物もほとんどなかった。

 父子家庭で娘は年頃の高校生。

 色々と苦労があったのは想像に難くない。


 続いて入ったのが娘の部屋だった。

 ベッドの脇に並んだぬいぐるみ。

 書架には料理本が多く、ファッション関連のものが僅かに混ざっている。


 急いで荷物を用意したのか、タンスの引き出しは開かれたまま。

 それ以外は丁寧に整理整頓されている。

 書籍やペン、ぬいぐるみに至るまで見映えよく配置されていた。


 少年は居心地の悪さを感じながら物資を探した。

 異性の部屋に入るのは初めてで、何とも落ち着かない。

 家探しという非道徳的な状況ならば尚更だった。


 机には教科書が置いてあった。

『新版・数学Ⅱ』

 二年生用に学校指定されたものだ。


 手に取り、裏表紙を見る。

『2年9組 桜ヶ原優里』

 端正な字で記されていた。


 ――優里、か。

 良い名前だと素直に思えた。

 すとんと胸に染み込んでいく。


 今でも生きているのだろうか。

 だとすれば、どこで過ごしているのだろうか。

 父親を殺し、何を思っているのだろうか。


 疑問は尽きない。

 が、その答えを知ることはないだろう。

 生存者に期待は抱かないし、仲間はもう作らない。

 二度と後悔で苦しみたくはなかった。

 どうせこの桜ヶ原優里なる人物も、とっくに死んでいるだろう。


『ほんとは寂しいんだろ?』

 不意に声が響いた。

 背中に寒気が走り、思わず後ずさる。


 それは、三笠の声だった。

 感染し、自分の元を去った幼馴染。

 声が聞こえるはずもない。


 ――幻聴。

 深いため息が漏れた。

 自分自身がおかしくなっている。

 今日は一切飲酒していないにも関わらず、聞こえたのだ。


「クソが」

 しかし、それが何だと言うのか。

 例えどうなろうが、肉を貪る屍よりおかしいものなんてない。


 ――どうせみんな狂ってるんだよ。

 手にしていた教科書を机に叩き付ける。

 溜まっていた埃が舞った。


「俺は大丈夫だ」

 独りきりの部屋で問うように呟いた。

 答えが返ってくることはない。


 ――俺は大丈夫だ。

 今度は声に出さず、念じるように息を吸う。

 舞い上がる埃が鼻を突く。


 少年は斧を固く握り締め、部屋を後にした――。







ということで、少年が少女(桜ヶ原優里)を認知しました。

家の白骨死体は、第9話の回想で登場した彼女の父親ということになります。

今後もこんな感じで相互のパートが噛み合っていきます!

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