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終末ぼっちは独りきりで歩きたい

 



 街は死んでいる。

 ただ、虚無だけが支配していた。



 そびえ立つ建物、横転した車両、道端に転がる白骨死体。

 かつての平穏は存在しない。

 街は死に絶え、終末の様相を呈している。


 その街を一人の少年が歩いていた。

 周囲の惨状を気に留めることはない。

 落ち着いたリズムで確実に足を進めていく。


 平均的な背丈と背中のリュック。

 着ているのは、厚手のフリースとジーンズ。

 それだけ見れば、ありふれた若者の姿だ。


 しかし、身に着けた装備は全く異質だった。

 腰に巻かれたベルトには、拳銃が収められたホルスターが吊られている。

 それだけではない。

 プレートキャリアと呼ばれる迷彩色のベストには、ナイフや幾つものポーチが……。


 そして、右手には斧が握られている。

 血が染みた刃。

 何度も使用していることが窺えた。


 銃に刃物、そして軍用実物の装身具。

 物々しい出で立ちだが、自衛隊員でもなければ警察官でもない。

 本来なら青春と呼ばれる時期を過ごしていたであろう、ただの高校一年生だ。


 では、どうして高校生が街中で武装しているのか。

 それは、この世界の状況が武器を求めているからに他ならない。

 武器こそが生命と生活を守ってくれるのだ。


 少年の表情もまた、異質な雰囲気を放っている。

 転がる死体や事故車両を目にしても、表情が変わらないのだ。

 ただ冷淡な視線を周囲に投げかけていた。


 気だるげな面持ち。

 無味乾燥な目付きの奥には、諦観を含んでいた。

 自分にはどうすることもできない。

 こんな世界で何を嘆こうと、もう遅いのだ。


 不意に少年が足を止めた。

 不審な物音を耳にしたからだ。

 “何か”がゆっくりと近付いてくる。


 数秒後、路地から男が現れた。

 血と吐瀉物に塗れた衣類を纏い、低く呻いている。

 その姿は明らかに異常だった。


 肌は血の気がなく、目は虚ろで生気が窺えない。

 鼻と口からは赤黒い血が垂れていた。

 そして、左手首から先が千切れ、変色した肉が露わになっている。


 これだけの傷を負いながら、全く苦しむ様子を見せない。

 それもそのはず、男は一度死んでいる。

 ならば、何故こうして動いているのか。


 それはある感染症によるものだった。


 ――『変異型狂犬病』

 その疾病は多くの人を死に追いやり、そして再起させた。

 再起した死体に理性は存在せず、人を襲いながら更なる死体を増やしていく。

 かつての政府は再起した死体を『保有者』と呼び、また一部の人々はゾンビと呼んだ。


 男の様子は、正にゾンビと呼ぶに相応しいものだ。

 しかし、少年は歩く屍にゾンビという言葉を当てるのを好まない。

 その響きがいかにもフィクションじみた陳腐さを帯びているからだ。

 歩く屍は憎悪と憐憫の対象であり、保有者という現実的なものでしかない。


 だからこそ、それを“排除”することにも迷いはない。


 『躊躇うな』

 これが、少年が自らに課した『ルール』の一つ目。

 殺すことに躊躇を抱いてはならないのだ。


 斧を振りかぶり、一気に踏み出す。

 殺すと決めたら素早く、確実に。

 頑強な刃が保有者の頭頂部に食い込んだ。


 刃を引き抜き、再び斬りかかる。

 粘ついた血液が飛び散った。

 三回目で保有者が倒れ、そのまま動かなくなった。


 少年は、赤い滴が垂れる斧を握ったまま歩き出した。

 頑丈なトレッキングシューズでアスファルトを踏み締める。

 血の足跡がその後に続く。


 電線の上に居並ぶカラスの群れが静かに鳴いた。

 まるで独りきりの少年を嗤うかのように。

 少年はその虚しい鳴き声に歪んだ嘲笑を返した。


 孤独であることには慣れた。

 以前の日常も、生活を共にした『仲間』も、今ではもう存在しない。

 失ったものを欲しがったところで何も産み出さない。


 パンデミックから四か月。

 仲間を失ってからは三か月が経った。

 非日常も長く続けば日常となる。


 精神が内側から削られていくような孤独と焦燥感。

 そして、乾いた憎しみ。

 それらが混ざり合った感情の渦が身体を動かしていた。

 ただ変えようのない日常を噛み締めるように。


 『現実を受け入れろ』

 ――ルールの二つ目だ。

 終末生活を生きる上で最も重要であり、少年の理性を支える柱でもある。


 そっと息を吐いた。

 それに応えるかのように、風が頬を撫でる。

 身体に沁みる十一月下旬の冷たい風。


「――もう冬か」

 少年が言葉を漏らした。

 それはすぐに風に乗って消えていく。


 背後では、骸から赤黒い血が流れ出し、歪な池を形作っていた

 ゆっくりと広がる血溜まり。

 カラスが死体の背中に降り立ち、低く鳴いた。



 街は、死んでいる。

 ただ、虚無だけがそれを支配していた――。







本作は過去に投稿した短編『死んだ街でふたり言』(https://ncode.syosetu.com/n8740es/)と『終末ぼっちは殺したい』(https://ncode.syosetu.com/n6739fy/)を長編化したものです。ネタバレが気になる方は前述の二作を読まないことをおススメしますが、設定や展開はほとんど初出で別物に近いため、既読の方でもお楽しみ頂けます。

それでは、この物語を書く契機となった作品『がっこうぐらし!』にこの上ない敬意と感謝を込めて。


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