第96話 編み物
翌日、キルスと玲奈の2人は再びドノバンの店を訪れていた。
「いらっしゃい、ああ、来たのね。ちょっと待って、今お父さん呼んでくる」
キルス達が店に入ると店番をしていたレニーがすぐに気が付き、奥にいるドノバンを呼びに行った。
「おう、来たか、キル坊、それと、嬢ちゃんも、ほれ、頼まれてたもん出来てるぜ」
そういって出てきたドノバンの手には竹でできた先のとがった棒、つまり編み棒があった。
「ああ、これです、これです。これで、編み物が出来ます」
「おう、そうか、問題ないか見てくれ」
「はい……えっと。、大丈夫です。大きさも、太さも、長さも全く問題ないです。他のかぎ針も、大丈夫です」
玲奈は嬉しそうにドノバンにそういった。
「そうか、なら、さっそく、数を作るか、一度作っている代物だからな、作りも単純だし、明日には数を作っておいてやるよ」
そういって、後頭部をさすりながらドノバンは店の奥の工房に戻っていった。
「ねぇ、さっそくで悪いけれど、アミモノっていうのを見せてもらっていい」
ドノバンを見送ってからレニーは編み物がどういうものかを見せてほしいと玲奈に頼んだ。
「いいですよ。今日はそのために、毛糸を持ってきてますから」
そういって、玲奈は手に持っていた鞄から真っ白な毛糸を取り出した。
この毛糸は昨日刈った毛を洗浄して、幸が紡いだものだ。
真っ白なのは、当然バイラードシープのそのもので、まったく染めていなからだ。
「それが毛糸? ずいぶんと太い糸なのね」
「ええ、これを手で編むことで、空気が入るから、セーターとか服を作ると暖かいんです」
玲奈はレニーに毛糸の説明を簡単にしていった。
「それじゃ、さっそく編んでみますね」
それから、玲奈は編み棒を2本持ち、毛糸を編み始めたわけだが、その速度が異常に早かった。
「はやっ」
キルスも前世の学校で同級生が編み物をしている姿を見たことがある。しかし、それでも玲奈の編む速度は異常としか言いようがない速度であった。
「……」
玲奈の手でものすごい速度で編みあがっていく毛糸を見て、レニーはあっけに取られていた。
「こんな感じです。他にも色々編み方があって、それを組み合わせたり、別の色の糸を入れたりして模様を作ったりも出来るんです」
「す、すごい、こんなものがあるなんて」
玲奈から渡されたハンカチぐらいの大きさとなった毛糸の布を手に持ち、レニーはその技術に戦慄していた。
というのも、ドワーフである自分がこんな技術を知らないことにショックを受けていたのであった。
と、同時に、なんとしてもこの技術を学びたいと思った。
「ねぇ、玲奈、この編み物、私にも教えてくれる」
「もちろんいいですよ」
これに玲奈は快諾した。
「それじゃ、明日、間違いなくお父さんが編み棒を作るから私が持っていくわ。そこで教えてもらえるかな」
「はい、あっ、でも、持ってこなくても、あたし達取りに行きますよ」
レニーは年齢はともかく見た目が10歳ぐらいのため、そんな人物に荷物を持ってきてもらうのは気が引けた玲奈であった。
「大丈夫よ、こう見えても私はドワーフだからね。力はあなたたち人族よりも強いからね」
そういって、レニーは力こぶを作るようにして見せた。
そう、ドワーフの女性は見た目が幼い少女だが、力はそこら辺にいる力自慢の下手な人族の男より強い力を出すことができる。
「えっと、そういうことなら、お願いします」
玲奈もそういうことならと、レニーに頼むことにした。
「任せて」
その後、キルスと玲奈は帰宅したのであった。
「ただいま」
「おかえり、編み棒は出来たの」
「はい、すごくいい物を作ってもらえました」
「そう、よかった、ドノバンさんは口は乱暴だけど、腕はすごくいいからね」
キルス達が帰宅すると待ってましたと言わんばかりにエミルが出迎えてくれた。
それから、玲奈はすぐにエミルとアメリア、キレルと幸の4人のまで毛糸を取り出し再びものすごい速度で編み出した。
「凄いです」
「凄いわね」
「早い」
「ねぇ、キルス、編み物って、あんなに早く編むものなの」
幸が感想を漏らせば、それにアメリアが同意しキレルがただただ尊敬のまなざしで見れば、最後に編み物を玲奈以外で知っているキルスに尋ねた。
「いや、俺が知っている編み物はもっとゆっくりだよ。だから、俺も驚いているんだよな」
その後、玲奈は今度はゆっくりと編みながらどうやって編んでいるのかを4人に説明を始めたのであったが、キルスには何が何だか全く理解できなかったのは仕方ないことだろう。
ちなみに、キレルも理解出来ずに困惑していた。
その様子を見ていた、玲奈は懐かしむような表情をしてから、キレルにもわかるように、丁寧に教えていったのであった。
「あたしも最初は、キレルちゃんと同じで、全然わからなくてさ、おばあちゃんに何度も聞いてたんだ」
今でこそものすごい速度で編み物を編み上げる玲奈であったが、始めたころは不器用でどうやって編んでいるのかもわからず、いつも嘆いていた。
実際玲奈に教えていた祖母もそんな玲奈を見て、これまで教えてきた生徒のなかでは一番覚えが悪いと思っていたというのは祖母のみが知る事実であった。
それを、玲奈は知っているわけではないが、自分のことなので、覚えが悪いことは理解できていた。
キレルの様子はまさにそんな自身の過去そのもであったのだ。
「ほんとに、私も玲奈お姉ちゃんみたいになれるかなぁ」
「なれるよ。あたしにだってなれたんだもん」
 




