第94話 竹取
玲奈たちの買い物行脚の翌日。
キルスは今日も仕事を休みのんびりと庭でシルヴァ―と遊ぶ弟妹達を眺めながら、愛剣である魔剣エスプリートを磨いていた。
仕事を休んでいる理由は、単純に自由業である冒険者は毎日仕事をしなければならないというわけではない上に、ギルドに行っても依頼が無ければ仕事のしようがないために休むこともままある。
また、今日の場合は玲奈と幸が理由の1つとなる。というのも、玲奈と幸は先日この世界に来たばかり、まだこの世界のことでわからないこともあるだろうし、家族にも慣れていない、だから一応キルスが傍にいようと考えたのだ。
そんな風に過ごしていると、不意に背後から声をかけられた。
「ああ、いたいた、キルスー」
声をかけてきたのは玲奈であった。
「ん、なんだ」
キルスはエスプリートを磨きながら軽く振り向いて応じた。
「エミルさんから聞いたんだけど、この世界って編み物がないんだよね」
「編み物?」
あまりの突然のことでキルスは聞き返した。
「あれ? もしかして、キルスがいた世界にも編み物ってなかった?」
キルスの反応にキルスの前世にも編み物がないのではと勘違いをしてしまった。
「いや、編み物は知ってるけど、そういえば、ないよなぁ、考えたこともなかったけど」
「でしょ、でさぁ、あたし編み物が趣味でね」
それを聞いたキルスは意外そうな顔をした。
「あっ、意外って顔したでしょ」
「まぁ、正直」
キルスは素直に認めた。
「もう、まぁ、よく言われるけどね」
玲奈は憤慨するもすぐにキルスを許した。というのも、玲奈はこまごまとした編み物をするより、外に出て買い物をしたりと遊んでいるイメージがあるからだ。
それに何より友人にもよく言われているということがある。
「っで、編み物がどうしたんだ」
「うん、それでね。エミルさんに編み物のことを話したら興味持ったみたいでさ」
「ああ、言われてみれば、姉さん好きそうだな」
「でしょ、すっごくよく似合うと思うんだよね」
エミルのイメージはまさに編み物を好みそうな物であった。
「でも、この世界にはないってことは、毛糸とか網棒とかもないじゃん。だから、キルスに相談しようと思って」
「ああ、そういうことか。そうだなぁ、毛糸って、たしか、羊毛だよな」
「うんそう、最近は化学繊維とかもおおいけどね」
羊毛ということでキルスには思い当たることがあった。
「それなら、この前バイラードシープっていう羊の魔物を大量に討伐したから、その毛皮が大量にここに入ってるぞ」
「ほんとに、出して出して」
キルスがまさか羊毛をすでに持っているとは思わず、何かわかるかもと相談してみたら羊毛があるというならばそれを早く見たくなり、出すようにせかした。
「お、おう、ちょっと待てよ」
キルスはそう返事をするや否や、すぐにマジックストレージからバイラードシープの毛皮を取り出した。
「うわぁ、すごっ、もこもこじゃん」
バイラードシープは実はかなり狂暴な正確をしており、人を見ると襲ってくる肉食の魔物だ。しかし、その毛はふさふさでもこもことしていた。
「数が大量だったからな。さすがにどこかに売るにも小出しにしなければならないからな。ここに保管していたんだよ」
キルスが持つマジックストレージの存在は秘密だ。そのため、こういった大量に手に入れたときに困るのだ。
「これって、もらっていいの」
玲奈は少し上目づかいでキルスに言った。
「ああ、いいぞ、俺も処分に困っているものだし。それの毛を刈って、後は姉さんが石鹸を持っているからそれで洗って、後はどうするか知らないけど、紡げば毛糸になるだろ」
「うん、ありがと、紡ぐのは多分さっちゃんが出来るかもっていってから、多分大丈夫」
どうやら、玲奈はキルスのところに来る前に毛糸を作る方法を考えていたようだ。
「そうか、となると、後は編み棒か」
「そう、竹とかってこの世界にある?」
「あるぞ、この近くにも竹林があるから、じゃぁ、ちょっとそこに行ってくるか」
バイドルの街の側には小規模ではあるが竹林が存在していた。
「ほんとに、よかった。でも、いいの、今休んでいたんじゃ」
せっかくの休日にそんな雑用をさせていいのだろうかと玲奈は思った。
「大丈夫だ。竹林はすぐ近くだし、この辺りは魔物もそんないないし、竹を取ってくるぐらいすぐだからな、というわけで、ちょっと行ってくるから、姉さんに言っておいてくれ、ああ、あと、バイラードシープの毛皮は姉さんに渡してあるマジックバックに入れておくから、それも言っておいて」
「わかった、行ってらっしゃい」
キルスは玲奈に見送られて、そのままエスプリートを鞘に納め、腰にさしてから出かけた。
そうして、街の外に出た、キルスは、さっそく竹林を目指した。
竹林は、門を出て北に少し歩いたところに存在している。
その場所に向かい歩いていると、あまりにのどかな風景にここが危険な街の外であることを忘れそうだ。
「グギャギャ」
そんなキルスの前にゴブリンが3匹現れた。
「ゴブリンか、よっと」
ゴブリンを横目で確認したキルスは素早くエスプリートを抜き放ち、何でもないように斬り捨てた。
子供頃ならともかく、今現在のキルスにとってゴブリンは特に警戒する必要もないほどの相手となっていた。
そうして、竹林にたどり着くと、キルスは適当な竹を選びエスプリートを振り抜く、すると、切れた竹がゆっくりと倒れつつキルスのマジックストレージ収められた。
それを何度が繰り返したのち、キルスは帰宅したのであった。
 




