第09話 剣の修行
ミーナとニーナの獣人の一種族である猫人族の親子がキルスの生家であるファルコ食堂にやって来た。
お互いに挨拶をして別れた日の夜、今度は猫人族の男性が店にやって来た。
「こんにちは」
やって来たのはこれまた優しそうな人物だった。
「はーい、あら、もしかして、お隣の」
レティアはその男性を見た瞬間ミーナの夫であり、ニーナの父親だと見抜いた。
「そうです。昼に妻と娘がご挨拶に伺ったと思いますが、改めまして、私は隣に引っ越してきたナリフと言います。昼間はご挨拶できず申し訳ない」
「いえいえ、気になさらずに、お仕事では仕方ありませんわ」
「そういっていただけると、んっ?」
ここでレティアを見たナリフは何やら既視感があった。
「何か?」
「いや、失礼、どこかで以前お会いしたような気がしまして、いえ、気のせいでしょう」
「あら、そうなの。まぁ、私も若いころいろいろと動き回っていたから、そこでかしらね」
「なるほど、そうでしたか」
レティアの話を聞いて、ナリフは既視感に納得した。
「ところで、お仕事は何を?」
レティアも少し気になったので尋ねてみた。
「冒険者ギルドの職員です」
「ああ、そういうことか、そういえば奥様もギルドの受付だったと」
「ええ、そうなんですよ。結婚の際には周囲にずいぶんと叩かれましたよ」
そういって、ナリフは笑っているが、これは仕方ないことだった、なにせ冒険者ギルドの受付嬢というのは容姿端麗という条件が付いているために、皆美しい。そんな受付嬢を物にしたナリフに周囲が嫉妬しないわけがなかった。
「あはは、そうでしょうね」
「そういえば、何かを納得されたようですけど」
「ええ、私、元冒険者だからよ」
「元、冒険者? ですか、えっと、確か、名前は……レティアさんと……って、えっ、もしかして、殲滅のレティア!!」
殲滅のレティア、ずいぶんと物騒な二つ名だが、これは間違いなくレティアの二つ名だった。
その由来は、かつてレティアがCランクに上がったばかりのころ、たまたまオークが集落を構えているところを目撃、これを放置はできないと、たった1人でそこにいたオーク100匹を全滅させたことによる。
「懐かしい、二つ名ね」
「……まさか、こんな場所にいたとは、道理で見たことがあるはずです」
ナリフもまた既視感に納得していた。
そんなやり取りから2週間が過ぎた。
その日、キルスは突然レティアから呼ばれた。
「キルス、ちょっと来なさい」
「なに、母さん」
「あなた、冒険者になりたいって言っていたわよね」
キルスは以前から冒険者になると豪語していた。
「うん、そのつもりだけど」
キルスのこれは当然子供の憧れ的な物ではない、それはそうだろうキルスには前世の記憶がある。そんな子供の憧れはない。
「そう、なら、今日から剣を学びなさい。キルスの才能ならおそらく剣以外も使えると思うけど、お母さんも剣を使っていたし、最初としてはいいでしょう」
レティアのいう通り、キルスには剣だけではなく、あらゆる武器に対する才能がある。
これは別に前世からの由来するものではない、転生とは、魂だけだからだ。
魔法の才能は、魂に宿るので前世で召喚されて得たこの才能は転生しても存在している。
それに対して剣などの才能は肉体に宿る。つまり転生したら前世の物は無くなってしまう。
だが、幸い、キルスの肉体にはレティアの血筋によりあらゆる武器を扱う才能が宿っていた。
(今日からって、いきなりだな。それにしても、剣以外の才能もあるのか)
キルスは、剣の才能があることには気が付いていた。何せ、前世で覚えた剣の動きが難なく出来たからだった。
「いきなりだね。でも、わかったよ。それで、何処でやるの。ていうか、教えてくれるのお母さんじゃないよね」
レティアはいまだ妊娠中、そんなレティアに剣を教わるわけにはいかない。
(まぁ、本来なら、母さんに教わったほうがいいと思うけどな)
「そうね。お母さんは人に教えるのは得意じゃないから、知り合いにたのむことにしたのよ」
「知り合い?」
「昔、お母さんが冒険者だったころにいろいろ教えた人が今冒険者をやめて、近くの空き地で子供たちに剣を教えているのよ」
「へぇ、そんな人がいるんだ」
「そういうことだから、これをもって行ってきなさい。ああ、それと、お姉ちゃんに付き添い頼んでおいたから、一緒に行ってきなさい」
キルスはなんだかんだでまだ5歳、1人で空き地に行きレティアの知り合いに剣を教えてくれと頼めるはずがない。
そこで、レティアは長女であり9歳となったエミルに代わりを頼んだのだった。
「わかった」
それから、キルスとエミルは連れ立って、剣の稽古をしているという空地へと向かった。
空き地に行くと、そこでは、何人かの子供たちが、1人のがっしりとした巨体の男から剣を学んでいた。
「あそこみたいね」
「うん、そうだね」
男はかなり迫力ある男だった。いつもであれば初めて見た子供は泣き出すことが多かったが、キルスとエミルは全く動じない。
「すみません、ガイドルフさんですか」
エミルは物おじせずに尋ねた。
「おう、なんだ、嬢ちゃん、俺が、ガイドルフだ」
ガイドルフは自分を見ても全く動じていないエミルにちょっと気分をよくしていた。
ガイドルフは、見た目は迫力があり子供に泣かれることもあるが、子供に剣を教えているという事実から見ても、子供好きであった。
「私は、ファルコ食堂のエミルっていいます。この子は弟のキルスです」
「ファルコ食堂? ああ、ということは姐さんの……なるほど、そういうことか、それで、何か用か」
ガイドルフはファルコ食堂と聞き、なぜエミルやキルスが動じていないかを理解した。何せ、ファルコ食堂の主ファルコの顔は間違いなくガイドルフよりも迫力があったからだ。
「えっと、今日から、この子に剣を教えて欲しいんです。これ、母からの手紙です」
そういって、エミルはレティアから預かっていた手紙をガイドルフに手渡した。
「おう、ちょっと待ってな」
ガイドルフは、エミルから受け取った手紙を呼んだ。
「なるほどな、えっと、キルスだったか、手紙によると、姐さんよりも剣の才能があるらしいじゃねぇか、まぁ、いいぜ、何より姐さんの頼みだ、断るわけにはいかねぇ」
こうして、キルスは難なくガイドルフから剣を学ぶことができるようになった。