第68話 絶体絶命
キルスが現在活動している領都バイエルンにて、3年に1度の祭りであるコントラル祭りが行われた。
ちょうどその時に、キルスからエンシェントドラゴンの血を得ようとやって来た、キリエルン王国第二王女たるカテリアーナの関心を得ようと、アクレイド商会が暴走した。
それは、ライバルであるトルレイジ亭が仕入れるはずであった食材を買い占めたり、トルレイジ亭のメニューに対しての中傷を行うという物であった。
しかし、それ等はすべてキルスがトルレイジ亭にいたことで失敗に終わってしまった。
そんなアクレイド商会は、営業妨害という罪を犯したが、デイケスも訴えることもしなかったことや、カテリアーナも問題としなかったために、罰せられることはなかった。
それでも、街の人たちはアクレイド商会がトルレイジ亭に行ったことや、カテリアーナがトルレイジ亭のハンバーグを絶賛したという話が知れ渡っており多くの客がトルレイジ亭に流れていった。
また、商会の方もどうしてもアクレイド商会でしか手に入らないというもの以外は、別の店を利用するという客が出始めてしまったことで打撃を受けることになるが、これは自業自得というものであろう。
尤も、ゴーザスはそれらをトルレイジ亭の企みだと言い放ちながら憤慨している。
さて、そんな騒動のあったコントラル祭りが終わり1週間が経った。
キルスはというと、アクレイド商会の顛末には興味も出さずに冒険者の仕事のために街の外に出ていた。
「さてと、今日の依頼は、ハーピーの討伐で、場所はトラッペル山の頂上付近だったな」
ハーピーという魔物は、キルスの前世の知識にもあるように上半身が人間の女性で下半身が鳥であり、この世界においては腕が羽根となった姿をしており、その美しい歌声で人々を惑わし捕食するという魔物である。
そんなハーピー討伐は冒険者にとってはあまり人気のない魔物だ。それというのもやはり上半身が女性であるということや、その歌に魅了されるとどんなに戦闘技術が高くても捕食されてしまうからだ。
今回も、いつまでも掲示板に張り出されていた依頼をタニヤがキルスに頼んだという形である。
その理由はキルスの戦闘能力ならハーピーが歌う前に討伐できるとふんでのことである。
というわけで、ハーピーが生息しているトラッペル山に向かうために歩き出した。
トラッペル山はバイエルンから北東に2時間ほど歩いたところにあり、標高は約70メートルとそれほど高い山ではないが、切り立った岩で出来ているために登頂するにはロッククライミングの必要がある。
そのため、キルスは街の道具屋で登山に必要な道具を買いそろえていた。
「そんじゃ、登るか」
トラッペル山にたどり付いたキルスはさっそく登山開始である。
とはいえ、キルスの身体能力は前世に比べても圧倒的に高く、魔法で強化することもできるために、あっさりと30メートルほど登り切ってしまった。
「ふぅ、あと大体半分くらいか、やっぱりこの体、すげぇな」
キルスは前世と比べて、今の体の性能の高さに改めて感心していた。
そうして、登ることしばし、キルスはあっという間に頂上付近にたどり着いていた。
「よし、本番はこれからだな。これからは、慎重にいかないと、歌われたら最悪だからな」
というわけで、ゆっくりとハーピーが確認された頂上付近の洞窟内に足を踏み入れていった。
(確認されたのは、洞窟の奥に4体だったな。一応それ以上いるものと考えて行動する必要があるな)
予定通りの数とは限らない、一応ギルドも調査によって確認しているが、それが正確とは限らないからだ。
警戒しながら歩くこと数分、ついにハーピーの姿が見えた。
(あれだな。さてと、見たところ4体すべているみたいだし、先手必勝だな)
歌われる前にとにかくさっさと討伐してしまおうと、キルスは一気に躍り出た。
「グワァ、グワァ」
突然の襲撃にハーピー達は一斉に鳴きはじめ慌てている。
そこにすかさず、キルスは愛剣である魔剣エスプリートを振り下ろす。
「うぉりゃぁ」
「ギャァァ」
1体倒すと、次に1体という感じに次々に討伐していった。
「これで、終わりか、一応探査かけておくか」
そういいつつキルスは自身の周囲に魔力を放った。
これは、周囲にいる魔力反応をレーダーのように探ることができる魔法ではなく技術となる。
「いないな。となると討伐完了だな」
キルスの魔力量はかなり多い、そのため探査も広範囲を調べることができるわけだが、それにハーピーの反応がなかったことで討伐完了ということにした。
それから、キルスはハーピーの討伐証明部位である足の爪をとっていく。
普段なら倒した魔物はマジックストレージに入れ、ファルコかレティアにより解体され肉と素材で分けられるが、ハーピーという魔物の肉は食べるところがない上に素材もほとんど使えない。
実はハーピー討伐の人気がない理由の1つがこれであった。
つまり、依頼料以外のうまみが全くないということである。
「あとは、燃やして帰るとするか」
討伐した魔物は通常持ち帰れる物は持ち帰り、出来ない場合は燃やしてしまうのが一般的だ。
というわけで、炎の魔法で、ハーピーを燃やしてしまう。
ハーピーが燃え尽きたのを確認したキルスは少し休んでから洞窟を出て、下山した。
トラッペル山を降りた、キルスは一旦休憩することにした。
「はぁ、疲れた。いくら身体能力が上がっているといっても、さすがに登って、討伐して、すぐに降りるっていうのも結構疲れるよなぁ……!!」
そうして、休憩していると、ふと遠くの方からやってくる強い気配があった。
「な、なんだ」
気配の強さから、キルスにしても逃げなければならないと思えるほどだったが、その気配の速度は明らかにキルスの走る速度を越えている。
(やべぇ、これ、逃げ切れねぇぞ)
たとえ逃げたとしても、気配はなぜかキルスに向かって来ているという確信が持てたために逃げても無駄だと感じるキルスであった。
(どうするよ。これ)
もはや、パニック寸前である。
「ガウゥ」
色々考えているうちに気配の主がいつの間にかキルスの前に降り立った。
「……、まじか、これ、死んだな。俺」
いつかのように死を覚悟したキルスであった。
それもそのはず、今キルスの前に降り立ったものは狼、それも先ほど登ったトラッペル山と比べてもそん色ないほどに巨大であった。
それほどの大きな狼といえば、キルスには思いつく魔物は1つしかない。
「フェ、フェンリルかよ、ちくしょう」
 




