第64話 取引と忠告
キルスのことを終始睨みつけていたシュレックがカテリアーナの指示の元、ようやく席を外した。
「はぁ」
キルスは、その瞬間盛大なため息を吐いた。
『風よ。我が周囲に集まりて、我の言葉をさえぎれ 遮音』
ため息の後、魔法を発動。
「これは? 遮音、ですか」
「はい、信用できない者には聞かせられないことですから」
シュレックは外に出されたが、護衛騎士としてカテリアーナに危害が加えられないかとドアの外で聞き耳を立てていた。
それをキルスは感じたための処置である。
「そうですか。それで、どのようなお話でしょうか」
信用という言葉に、若干ほっとしながらも、それほどの話をこれから聞くということで少し緊張するカテリアーナであった。
「そうですね。ですが、その前に、殿下、なぜ、ドラゴンの血が必要なのか、詳しく聞いても?」
「わかりました、お話ししましょう。ですが、これはまだ、お父様をはじめとした国の上層部しか知らないことです、くれぐれも内密にお願いします」
カテリアーナは一回目を閉じた後、キルスにそう告げた。
「わかりました。その代わり、これから俺が話すことも内密にしていただきます。もちろん陛下にも話してはならないことと思ってください」
「ええ、わかりましたわ。では、お話します」
カテリアーナには占いというスキルを持っている。この占いというのは、キルスが前世で見た統計や観察などにより1人の運命を見るとか言っている眉唾的なものではなく、本当に未来を見ることができるものだ。
尤も、そのスキルのレベルによって見える範囲や正確性も変わってくる。
そんな中、カテリアーナはかなり強いスキルを持っており、国王からも強い信頼を得ているという。
そこで、先日、カテリアーナはいつものように占いスキルを発動し、キリエルン王国の未来を見た。
「戦争ですか」
「はい、詳しくはまだ分かりませんが、近い将来我が国は北と南、双方との戦争状態へと入ります」
というようにかなり物騒な内容であった。
この場合、北というのはほぼバラエスト帝国で間違いないだろう、帝国は今はキリエルン王国に兵は向けていないが、かの国はいずれ攻めてくると考えられていたからだ。
だが、南がわからない、キリエルン王国の南に位置している国はカルナート王国と、ガバエント王国の2カ国、しかし、その両国ともに現在友好国として付き合いがあるからだ。
そこで、一体何処となのかそれを知るため、また北といっても本当に帝国で、一体どのくらいの規模で攻めてくるのか、それらを詳しく占うためにはその際に使う強い媒介が必要になる。
それを探していた時に、バイドルでエンシェントドラゴンが討伐されたという情報が王城に入ったのであった。
「なるほど、そのためですか、しかし、戦争、それはまた、厄介ですね」
元日本人として、キルスは戦争を知らないし、勇者時代も魔王軍との戦いはあったが、それをやっていたのは主に人間国の連合軍の仕事であった。
それでも、戦争がいかなものぐらいは察しがつく。
「はい、ですから、キルスさん、どうか血を分けていただけませんか」
そういってカテリアーナはただの平民でしかないキルスに頭を下げたのであった。
「わかりました、そういった理由なら、もちろん提供しますよ。俺もこの国の生まれですし、当然愛着もある故郷ですからね」
「ありがとうございます」
そんなお礼のことを聞いた後、キルスはマジックストレージからドラゴンの血を1樽取り出した。
なぜ、こんな量なのかというと、単純に他に入れるものがなかったからだ。
「なっ、どこから」
どこからともなく出現した樽にカテリアーナは目を見開いて驚いた。
「何度見ても、驚く光景だな」
それを見た伯爵は改めて感心していた。
「殿下、これが黙っていてもらいたいことですよ」
それから、キルスはカテリアーナにマジックストレージのことを話した。
「……そんな、ことが、いえ、そうですね。確かに、それがあれば、多くの人が欲しがるでしょう」
「うむ、その通りですな。殿下、これは個人が持つには危険すぎるものです。だからといって、世に出すにはさらに危険な物となりましょう」
伯爵はかつてこれをめぐり戦争が起きかけたという、キルスから聞いたことをカテリアーナに話して聞かせた。
「そうですね。そのような物の存在は、知られてはならないでしょう。特に帝国はなんとしても手に入れようとしてくるでしょう」
「間違いないでしょうな」
うんうんとこの場にいる全員がうなずいている。
「というわけで、お願いします。それで、殿下どのくらいあればいいですか」
「あっ、はいっそうですね。1瓶あれば十分かと」
必要な分量は小さな杯一杯分ぐらいで済む、だが、占いは1回で済むわけではないために1瓶あれば十分だと判断した。
ちなみに、この世界での1瓶というのは、約300mlほどである。
「そうですか。ではこれを」
キルスは同じくマジックストレージから空き瓶を3本取り出すとそれにドラゴンの血を満たして、カテリアーナに渡した。
「えっ、こんなに」
「はい、何かと必要になるかもしれませんから」
「ありがとうございます」
その後、値段交渉となるわけだが、キルスとしては1本の値段でいいというが、カテリアーナは3本の値段を払うという押し問答があり、結局伯爵が出した妥協案として2本分の値段に落ち着いたのであった。
「これで占いができます。キルスさん改めてありがとうございます」
「いえ、これぐらい、ですが、殿下、1つ忠告を」
キルスとしては今後のカテリアーナの為にも、この国の為にもこの忠告はしたいことであった。
「はい、何でしょうか」
カテリアーナはキルスが何を言おうとしているのかわかっていなかった。
「あの男、シュレックでしたっけ、あいつは傍におかないほうがいいと思います。貴族相手ならまともなのでしょうが、平民相手にあれでは問題です」
「確かに、あれはまずいな」
「申し訳ありません。シュレックは優秀なのですが、平民の方を見下すところがあるのです。私も直してほしいところなのですが」
カテリアーナもシュレックの危険性はわかっていたが、シュレックをカテリアーナに付けたのはその実力を近衛騎士団長に認められたことや、その出自が子爵であったことだ。
「殿下は税金が何かわかっていますか」
「税金ですか、もちろん、税金は国民の皆さんが国のために支払うものです。私たちはそれを使い国を作っていくのですわ」
本来はもっと詳しく説明するべきだが、カテリアーナは簡単に説明した。
「そうですね。でも、その税金は俺たち平民が汗水たらして必死に稼いだ物から出している物です。そして、殿下はもちろん王侯貴族というのはその税金を使い生活をしています」
「そうだな。俺も領民達のおかげでぎりぎり貴族らしい生活ができている」
伯爵もキルスに同意する。
「俺たちは何もそんな生活をさせるために税金を払っているわけではありません。それを俺たちが暮らしやすい国にして還元してもらうために血の涙を流して払っています」
「はい、それは私も、存じております」
「ですが、これは母から聞いた話ですが、シュレックの実家であるコルムリア家は税率を国が定めた最大限と設定し、それを使い贅沢な暮らしをしており、領民には一切還元していないという話を聞いています。そのような一族の跡継ぎを殿下の傍に置くのは危険というものです」
「ふむ、さすがは殲滅といったところか、よく知っている」
伯爵の発言はまさにキルスの知識が正しいことを意味していた。
「とまぁ、これだけでもどうかと思いますが、何よりあの態度ですよ。殿下は平民である俺と交渉するというのに、あのような平民嫌いを傍に置いておけば、成立する話も成立しない。もしこれで成立しても、それは殿下という立場、奴の貴族という立場を利用して強引な取引をしたという他ありません」
キルスがそういうと、カテリアーナはハッとした。
「そ、そうでした。ですが、キルスさん、私は、そのつもりはありませんでした」
ここで、カテリアーナは弁明した。
「ええ、それは、俺がこの目で殿下を確認してわかりました。ですが、少しそこら辺の考えが足りなかったかと、思います」
「そうですね。ご忠告ありがとうございます」
その後は少し変な空気になったこの場を和ませつつ話が弾んだのであった。




