第59話 祭りの前
コントラル祭り、始まりは今より数千年前と言われている。
そのころ、このバイエルンあたりには村とも集落とも言えないような小さな集団が暮らしていた。
彼らがなぜそこに住んでいたのか、それは元々住んでいた場所から追い出された者、何かから逃げてきた者と様々だった。
そんな彼らが、住むその場所はとても平和だった。
そんな日々を送っていたある日、それまで来たことのない行商人が不意に訪れたのだ。
といっても、行商人は道に迷っての訪れであった。
だが、彼らはそのおかげで外部との接続を持つことになり、最初はぶつぶつ交換による取引をし、その日は宴会となったという。
行商人が去った後、彼らは再び行商人が来るのを待った。
しかし、いくら待ってもその行商人が来ることはなかった。
どうしたのだろうと考えること3年、ついに行商人がやって来た。
彼らは行商人に尋ねた。なぜこれまで来なかったのかと。
すると、行商人はこの辺りはかなりの遠出をした際の通り道、それも3年に一度しか通らないと応えたのだ。
そういうことかと、納得できた彼らは、再び宴会を始めた。
そう、これが祭りの始まり、彼らはこれより3年に一度宴会を開いたのだ。それが、今も祭りとして残っているというわけだった。
とはいえ、この事実はあまりにも小さな集団から始まったこと故、誰も記録を残さず、誰も伝えなかったために、誰も始まりを知らないのであった。
そんな祭りを翌日に控えたトルレイジ亭では、デイケスがファルコとマジックバックを使って、手紙のやり取りをして得た食材を用いて急ピッチで祭りの準備が行われていた。
「間に合うかな」
キレルはそんな大忙しのデイケスやオルクたちを見てそうつぶやいた。
「大丈夫だろ。話によれば父さんも向こうで作っているみたいだし」
これが、マジックバックの強みでもある、遠く離れたバイドルでファルコが作った料理を収めれば、ここでデイケスが取り出すことも出来るのだから。
「それにしても、アクレイド商会だっけ、酷いよね」
キレルは何度目になるか、アクレイド商会に対して怒りを露わにしていた。
「そうだな。まぁ、でも、こっちにはこれがあるからな」
そういって、キルスはマジックストレージをキレルに見せた。
「ほんと、助かったよ。ありがと、キルス君」
ここで、同じく料理人たちを眺めているラナが改めてキルスにお礼を言った。
「気にしなくてもいいさ。元々、父さんや母さんからもいざという時は話してもいいって言われていたしな」
これは事実であった。といっても、キルスは本当にそうなるとは思ってもいなかった。
「そうなんだ。でも、すごいよね。それ」
ラナは、そういってキルスのマジックストレージを指さす。
「俺もそう思う、それで、メニューは決まったの」
「それがなかなかよ、お父さんとオルクさんで考えているみたい」
「なるほどねー」
「あっ、キルス、ちょっといい」
ここで、オルクがキルスに声をかけてきた。
「なに?」
「キルスにメニューを考えてほしいんだけどいいかな」
オルクは突然キルスにそんなことを言った。
「俺が?」
キルスは食堂の息子だが、料理人ではない。そのキルスに新しいメニューを考えてほしいとオルクが言った。
(これは、あれか、前世のってことか)
これを聞いてキルスはオルクが何を求めているのかすぐに理解した。
なにせ、キルスはこれまで幾度となく前世の記憶を用いてファルコ食堂に新メニューを考えてきたからだった。
「いいけど、祭りの屋台で出す料理だよね」
「うん、何かあるかい」
「そうだな。ちょっと待って」
キルスはそういってマジックストレージの中身を確認した。
「……パンってある」
「パン? あるけど、何するの」
「それで、食材を挟むんだよ。サンドウィッチとか、ハンバーガとかいうけど」
「それ、どういうものだい」
オルクに言われて、キルスは簡単にこの2つを説明した。
「なるほど、祭りの屋台でとなると、手にもって食べるものがいいとは思っていたけど、他も串焼きがほとんどだからね。その2つなら目新しさも合って行けるかもね。教えてくれる」
「わかった、いいよ」
それから、キルスはオルクとともに厨房に入った。
「おう、オルク何か考えたか」
「はい、といっても考えたのはキルスですけど」
「キルスが、大丈夫なのか」
「行けると思いますよ。というわけで、ちょっと厨房と食材使います」
「おう、好きに使え」
それから、キルス主導の元オルクが料理を始める。
これは、ファルコ食堂なら問題ないが、トルレイジ亭の厨房を素人のキルスが使うことができないからであった。
「まずは、ハンバーガーを作るけど、これにはまずパテを用意するんだ。っで、これがその元」
そういって、キルスはマジックストレージからオーク肉のミンチを取り出した。
「これは、お肉? なんだってこんな細かくしているんだい」
この世界にはミンチはない、ファルコもそうだったようにオルクもデイケスも驚いている。
「これはミンチっていうもので、こうすると硬い肉でも柔らかくなるんだよ。それで、これに塩コショウ味付けをして」
「わかった」
オルクはキルスに言われるままにミンチに塩コショウを振った。
「後は、練り込んで形を作って焼くだけだよ」
それから、オルクはキルスに言われた通りに肉を焼いた。
「焼いたけど、これからどうするの」
「焼いたら、一旦おいて、パンを上下に切り分けて」
「パンを、わかった」
オルクは言われた通りパンを手に取り上下に切り分けた。
この世界のパンは、形的にはバンズに似ていた。
「その間に、レタスとかをおいて、さっきのパテを置く、その上にソースとかをかけてやれば完成だよ」
「ソースか、これだったらあれかな」
そういってオルクはこれらに合いそうなソースをかけてパンを乗せた。
「これで、完成、ずいぶんと簡単だね。それに、おいしそうだよ」
そういってオルクは無造作にそれを食べた。
「おいしい、これおいしいよ、キルス」
「だろ」
「俺にも食わせてみろ、オルク」
ここにきてずっと見ていたデイケスがオルクからハンバーガーを受け取り食べた。
「確かに、うめぇな。だが……」
それから、オルクとデイケスはこれでもないあれでもないと、色々と試していった。
また、その後、キルスは簡単にサンドウィッチの説明をしたところ、これも行けると考えたトルレイジ亭の料理人たちによって、様々なものが作られていくのは言うまでもないだろう。




