第51話 兄との再会
キルス兄妹はバラエルオン伯爵と出会い、キルスが鑑定スキルを持っていることや、マジックストレージを持っていることを話した。
しかし、マジックバックについては話していなかった。
「そうだ。伯爵様、これの話をしたところで、これを贈ります」
そういって、キルスはマジックストレージから肉の塊を取り出した。
「おお、凄いな。何もないところから、それで、この肉は?」
伯爵は突然何もないところから肉の塊が出てきたことに驚きながらもその肉が何か気になった。
といっても、話の流れからそれがなんの肉かは期待があった。
「エンシェントドラゴンの肉です」
それは、まさに伯爵の期待通りの答えだった。
「おおっ、これが……」
伯爵も言葉が出なかった。
「ええ、これのおかげで1体丸ごと手に入れることができていますからね。家では父が料理人ですので、家族で食べましたが、かなり美味いですよ」
キルスがそういうとキルスの隣でキレルがうんうんとうなずいていた。
それを見た伯爵はジュルリとよだれが出てくるのを感じていた。
その後、キルス達は伯爵といくつか話をして、親交を深めたのち伯爵も仕事があるということで屋敷を出ることにしたのだった。
そうして、再び街に躍り出たキルスとキレルは話をしていた。
「領主様、いい人だったね」
「だな、母さんからも善良だって聞いていたから、大丈夫だとは思っていたけど、予想以上だったよ」
「うん」
キレルはよほど伯爵が出した焼き菓子が気に入ったのか満面の笑顔であった。
「さて、次は兄さんだな」
「うん、オルク兄さん驚くかな」
今度のキレルはなんだかイタズラ心のある笑顔であった。
「だろうな。俺はともかくキレルがいるし」
それはそうだろう、キルスは冒険者だ。尤もオルクがバイドルを出た時はまだ冒険者ではなかったが、それでも頻度は少なくても手紙を出していたこともあるしキルスも子供頃から言っているだけあってオルクもキルスが冒険者であることは知っている。
しかし、キレルはいまだ11歳、日本では小学校5年生あたりだが、それでも幼いそんなキレルがバイドルから離れてバイエルンにやってくることはこの世界においてはありえないからだ。
そうして、2人はオルクが働いている店がある大通りに出てきた。
ちなみに、店の場所は領主の屋敷にてセライスや他の使用人から聞いている。
もちろんこれは、領主にこの1ヵ月キルスの連絡先として教えたものだ。
というわけで、キルス達は店の前に立っていた。
「トルレイジ亭、ここだな」
この店は、数代は続いている老舗で、トルレイジというのは、初代の店主が尊敬していた大昔の人物の名前だ。
キルスは店の名を確認してから、店の扉を開けた。
「いらっしゃーい、空いてる席へどうぞ」
キルス達が中に入ると、1人の少女が元気よくそういった。
その少女は、キルスと同じくらいで普段美少女と言われるエミルやニーナ、もしくはキレルを見慣れているキルスからしたら、そこまでではないと見るが、普通に見たら十分な美少女であった。
そんな少女に言われたこともありキルスとキレルは適当な場所に座った。
「いらっしゃい、はいこれ、お水と濡れタオルです」
ここで、キルスは驚愕した。
というのも、今普通に出て来た水とタオル、つまりおしぼりを出すという文化はこの世界には存在しない。というかキルスが知る限り日本しか存在しないサービスだろう。
「お客さん初めてですよね。だったら、説明しますね。このお水は1杯目は無料ですけど、2杯目以降は有料になりますので注意してください。それとこの濡れタオルも無料ですので手などを拭くのにお使いください」
そういって少女は席から離れていった。
「キルス兄さん、ここも、お水とおしぼりがあるんだね」
「そ、そうだな。たぶん兄さんだろう」
キレルが言うようにこのサービスはキルスが日本のサービスをファルコに話したことで実現したものとなる。
実はこれ、ファルコ食堂以外ではかなり難しいサービスとなり、バイドルでもファルコ食堂以外は一度は検討したものの出来なかった。
というのも、おしぼりは結局毎日大量に出るので洗濯しなければならず、洗濯機のないこの世界ではかなりきつい。
水に関しても、個人で井戸を持っているならまだしも、通常井戸は共用となる。実際、ファルコ食堂も共用の井戸を使っている。
では、どうしてファルコ食堂では水の提供を無料でできるのか。その理由は魔法にあった。
冒険者となったのが、キルスのみで目立たないが、実はキルスの家族は全員が魔法を使える。
それも、実践レベルでという意味でだ。そして、使える属性もほとんどが全属性であり、違っても水の属性が使える。
そのため、ファルコ食堂では大体家族の誰かが水魔法を使って水の提供をしているのだった。
ここで疑問が生じるだろう、魔法で出した水を飲んでも大丈夫なのかという物だ。
だが、それは問題ない、魔法で出した水は魔力を帯びており、この世界の人間にとっては美味く害のない水となる。
しかも、キルスの家族たちは魔力量が多い上に質もいいので、その水は極上となり、ファルコ食堂にはわざわざその水を求めて来る客もいるくらいであった。
という理由から、ファルコ食堂ではできるサービスも他の店では無理となる。なぜなら、みんながみんな魔法を使えるわけでもないし、水魔法を使えるということ自体が、さらに少なくなるからだ。
これは、完全に元冒険者であるレティアと料理人でありながらほとんどの属性魔法を扱えるファルコの血がなせる業というものだろう。
このことを知っているキルスは驚愕し、知らないキレルは自分たち以外にもこのサービスがあることに驚いた。
そして、そんなサービスを提供することを思いついたのは明らかにオルクしかいなかった。
「ご注文は決まりました」
先ほどの少女が再びやって来た。
「ああ、とりあえず。おすすめを……2つ、あとは果実水を1つとお茶を、ああ、それと、ここにオルクっていう料理人がいると思うけど、呼んでくれるか」
キルスは自分の注文とキレルの注文を言った後についでと言わんばかりに兄を注文した。
「はーい……んっ、オルクさん、えっと、かしこまりました」
少女も突然オルクを注文されて困惑しながら奥に引っ込んでいった。
「どうしたの、ラナさん」
困惑しながら厨房に入ってきたラナにオルクが不思議そうに声をかけた。
「う、うん今、可愛い女の子を連れて、多分ご兄妹だと思うだけど、オルクさんを注文してきたの」
「えっ、僕を……なんでだろう」
「わからないわ」
この時オルクの頭には自身の弟妹たちだということはなかった。
それは仕方ない、ここはバイドルから離れたバイエルン自身の弟妹がやってくるわけがなかったからだ。
「えっと、よくわからないけど、行ってみるよ」
「ええ、そうしてみて、ああ、あと注文は、おすすめだそうよ」
「わかった、料理が出来たら持っていくよ」
それから、オルクは手早くおすすめの料理を2つ作り、さらに盛り付けると両手に持って厨房から出ていった。
「えっ、キルス、それになんで、キレルまで」
厨房から出た瞬間オルクはテーブルに座っているキルスとキレルを見た瞬間固まった。
そして、それを見たキレルは満面の笑み。ラナは更なる困惑をしていた。
 




