第35話 ピンチからの逆転
レティア達がバイドルを旅立ってから少し経った頃、キルスはというと、いまだドラゴンと闘っていた。
「くそっ、これじゃ、じり貧じゃねぇか」
キルスはすでに数時間闘っているが、今だ無事であり、無傷であった。
一方エンシェントドラゴンもまた無傷であった。
キルスの方は、一度でも攻撃を食らえば死に至るし、かすっただけでも戦闘不能に陥るのは目に見えている。
それに対して、エンシェントドラゴンはキルスの攻撃をその硬いうろこではじき続けている。
このまま戦いが続けば、どう考えても人間でしかないキルスの方が体力の限界がくるし、いくら膨大な魔力を持っているといってもそれも尽きてしまう。
つまり、持久戦となると、間違いなくキルスの負けであった。
「どうする、何か手はないのかよ」
キルスは闘い始めて数時間ずっとそう考えていた。
しかし、一向に考えが浮かばない。いや、一応浮かんではいる。
それは、前世で魔王と闘ったときのように剣に魔力を通せばいい、キルスの膨大な魔力であればいくらエンシェントドラゴンとはいえ、たちどころに切断できるだろう。
だが、それができない理由がある。
「聖剣さえあればな」
聖剣、それはキルスが前世の勇者時代に使っていた、ハエリンカン王国が用意し護人に持たせていた剣のことで、ミスリルとオリハルコンで出来ている。そのため、キルスの膨大な魔力をいくら込めたところで、壊れることはなかったし、ますます切れ味が高まる剣であった。
その聖剣さえあればおそらくエンシェントドラゴンとも闘える。キルスはそう考えているし、実際に出来ただろう。
しかし、その聖剣は魔王討伐の後ハエリンカン王国が回収しているし、何より現世に持ってこられるわけがない。
そんな分かり切ったことをつぶやきつつ、どうしたものかと考え続けた。
(いや、まぁ、やろうと思えば、この剣でも出来ると思うけど、どう考えても1発勝負なんだよな)
それは完全なる賭けであった。
「グギャァァァオ」
そんなことを考えていると何度目かになるブレスを放ってきた。
「ぬぉ、またかよ。何度やれば気が済むんだっての」
この戦いが始まって、すでに10度ぐらいはブレスを放ってきている。
「ほんと、馬鹿の1つ覚えか、ぬぉっと」
ブレスの次は尻尾で薙ぎ払い、これもまた、幾度となく繰り返してきた攻撃だった。
その他にも、爪や牙での攻撃もあれど単調な攻撃の繰り返し、エンシェントドラゴンにキルスは徐々にだがある疑いを持った。
(こいつ、もしかして、弱い、というより、経験不足か)
キルスが思ったとおり、このエンシェントドラゴンは卵の状態からこの地に連れてこられて、この場所にやってくる数えられるぐらいの挑戦者としか闘っていない。
そのために、ほとんど戦闘経験を積むことなく生きながらえ、エンシェントドラゴンに進化していた。
だからこそ、キルスが数時間戦ってなお無傷であり、闘えているのであった。
これがもし、野生の本来のエンシェントドラゴンであれば、不可能で、キルスは戦いが始まってものの数分で命を落としていたことだろう。
そういう意味ではキルスは運がよかったのかもしれない。
とはいえ、いくら経験不足でもエンシェントドラゴンであることは間違いないので、現在のキルスではどうあっても攻撃を入れることはできないだろう。
となると、やはり賭けに出るしかないのだ。
「やるしか、ないか」
というわけで、キルスは自分の手にある、去年レティアから誕生日にもらった鋼の剣を構えた。
「よし」
キルスは構えると一呼吸おいてから、剣に魔力を込め始めた。
ピキッ
魔力を込めれば込めるほど、ただの鋼の剣にひびが入り始めた。
(やばいな、耐えてくれよ)
キルスは剣が耐えてくれることを祈りながらさらに魔力を込める。
そうして、自身の魔力を大量に込めたところで、エンシェントドラゴンに対して突っ込んだ。
「うりゃぁぁ……うぉう」
キルスがエンシェントドラゴンの首めがけて斬りかかったところ、なんの偶然か尻尾攻撃をしてきた。
キルスは、思わずよけながら、その尻尾を切りつけてしまった。
ズシャァ
「グギャァァァォォォ」
それにより、エンシェントドラゴンの尻尾は切断された。
ボキッ
だが、それと同時にキルスの剣が折れてしまったのだ。
「くそっ、まじかよ」
エンシェントドラゴンを前にして武器を失ってしまった。
「これ、まじでヤバイぞ」
武器を失い、尻尾を斬られて怒り狂ったエンシェントドラゴンが目の前にいる。
完全に万事休すであった。
そんな絶望の中周囲を見渡してみると、エンシェントドラゴンの近くに光るものが見えた。
「なんだ、あれ、もしかして、剣か?」
それは1本の剣であった。
これまで戦いに集中していて気が付かなかったが、それを見た瞬間、あれなら行ける。キルスは直感した。
そういうわけで、キルスはすぐに持っていた剣をその場に置き、素早く剣の元に向かう。
「グギャァ」
近くにやって来たキルスめがけて、エンシェントドラゴンはその手を振り下ろして爪で攻撃してきた。
「うぉっと、あぶね」
キルスはそれをよけつつ、滑り込んで落ちていた剣をつかんだ。
「まじか、これなら」
その剣を持った瞬間、かつて持った聖剣、いや、それ以上の力を感じた。
(これなら、俺の全魔力を込めても問題ねぇ)
そう直感した、キルスはすぐに剣に全魔力を投入。
思った通り、問題ないどころか、さらに力を込めても大丈夫そうであった。
「よし、いける」
そうして、キルスは更なる気合をいれなおして、エンシェントドラゴンと対峙した。
「グォォォォウ」
エンシェントドラゴンもキルスの気合に当てられたのか、ブレスの前準備に入った。
「いくぞ、うぉりゃぁぁぁ」
気合を込めて、懐に飛び込み、一閃。
「グギャァァァァ」
その一閃がついにエンシェントドラゴンを捕らえ、真っ二つにした。
こうして、ようやくエンシェントドラゴンを討伐したキルスであった。
 




