第229話 またまたやってきたサリーナ
屋敷があとひと月もあれば出来上がるというタイミングで、エミルが急にキルスに嫁をと言い出した。
これに驚いたキルスであったが、どうやらエミルには心当たりがあるようだ。
「エミル、そのあてというのはだれなんだ」
フェブロが尋ねた。
「そりゃぁ、レイナちゃんとサッちゃんよ」
「えっ!」
「!!」
エミルが言った名に最も驚愕したのは当の玲奈と幸であった。
「ちょっ、エミルさん! 何を言っているの」
「……」
いち早く戻った玲奈がエミルに抗議し、幸もまたそれに続いて無言で抗議した。
「えっ、だって、2人ともキルスのこと好きでしょ」
「!!!!」
再び爆弾を落とすエミルに、玲奈と幸は絶句した。
「いやいや、姉さん何を言い出すんだよ。ていうか、なんで玲奈と幸なんだ」
キルスもまたエミルに抗議した。
「あら、私はお姉ちゃんなのよ。キルスのことなんてお見通しなんだからね」
「確かにね」
これまで黙っていたニーナもまたうなずくようにして言った。
「いや、ニーナ姉さんまで」
そんな、ニーナに辟易するキルスであった。
「でも、事実でしょ。まぁ、お姉ちゃんとしては2人の女子を好きになるっていうのはどうかと思うけれど」
「逆言えば、2人の女の子に好かれるっていうのは、お姉ちゃんとしてはうれしくない」
「それはあるわね」
そんな姉トークを始めるエミルとニーナである。
一方で当の玲奈と幸、キルスの3人はお互いに気まずい空気となっていた。
というのも、エミルが言ったことが事実であるからである。
玲奈としては、突然飛ばされた異世界に最初こそ興奮したが、すぐに魔物に襲われたりと怖い思いをした。
その時助けてくれたのがキルスであり、その後も何かとサポートしてくれた。
また、別の世界とは言え似た世界似た時代から転移転生ということもあり、話が合うという点もある。
そうしたことの積み重ねでだんだんと玲奈はキルスのことを好きになっていたのだった。
幸もまた、玲奈と同様突然の異世界転移で困惑と戸惑いの中での魔物の襲撃、玲奈と違いそういったことへの基礎知識もなかったこともありその恐怖はひとしおであった。
そんなときにキルスに助けられ、その後も様々な点で助けられた上に自分のことを気にかけてくれた。頼もしい少年として幸も好意を持つようになっていた。
しかし、玲奈もまたその思いを持っていることに気が付いていたこともあり、幸は身を引こうとひそかに思っていたのであった。
そして、キルスはというと地球と似た世界から来た2人、玲奈は似た時代ということもあり話が合いよく話していた。
幸は、古き良き日本の大和なでしこぜんとしており、側にいるとほっとできる存在だ。
そんな2人に対してキルスもまた好意を持っていたが、元日本人の感覚として2人を同時に好きになるのは良くない、あってはならないということからどちらかを選ばなければならないという悩みを抱えていたのも事実である。
エミルとニーナはそんな3人の様子に気が付いていた。
だからこそ、このタイミングにこのような爆弾を次々に落としていったのであった。
「それで、どうキルス、あなたは貴族だから複数のお嫁さんをもらっても誰も文句は言わないわよ」
「いや、そう言われても」
「ほらほら、しっかりしなさい。キー君」
それからキルスは観念したのだった。
そんなやり取りから一週間が経過した。
覚悟を決めたとはいえ、いまだ悩むキルスに対して、玲奈と幸をはじめとした女たちはいそいそと結婚式の準備のための話し合いが行われていた。
それは、どんな衣装がいいか、どんな料理を出すのかなどといった話である。
「旦那様、こちらをご確認ください」
「お、おう」
キルスは執務をこなしながらも、まだ悩んでいた。
「まだ、お悩みですか?」
「んっ、ああ、まぁな。といっても俺も2人と結婚したくないってわけじゃないんだけど、俺の前世の世界では一夫一妻が当たり前だったからな。いきなり2人とって言われてもどうもな」
「そうですか。ですが貴族である以上複数の奥様をお持ちになる方は多くございます」
「それは分かってるんだけどな」
「領主様」
キルスがメリッサと話をしていると、そう声を掛けられた。
「どうした?」
「帝国のサリーナ殿下がお越しです」
「えっ、サリーナが、なんで?」
「いえ、それはわかりませんが」
「そうか、わかったすぐに行く」
「はい」
サリーナは一旦帝国へと帰っていたが、どうやら三度オルスタンへとやってきたようだ。
一体何の用だと思いながら、キルスは仮住まいの中にある応接室へと向かったのだった。
「キルスさん、ご無沙汰しておりますわ」
「ああ、それでサリーナどうかしたのか」
キルスとサリーナはそれなりに仲が良くなったこともあり、キルスは呼び捨てでサリーナはさんつけで呼ぶ合うようになっていた。
「ええ、実はわたくし帝国を出奔いたしました」
「……はっ!」
サリーナからの突然の報告にまたまたキルスは絶句しフリーズしたのだった。




