第211話 サリーナの敗北
E&R商会へやってきたサリーナにエミルと玲奈は商品の体験を提案した。
サリーナも当然興味があったのでこれを了承し試してみることにしたが、そこで待ったをかける人物が現れた。
「お待ちください殿下」
黙ってサリーナにつき従っていたメイドだった。
メイドとしては、蛮族であると考えるエミルたちが作った怪しげなものを、帝国の花ともてはやされるサリーナに使わせるわけにはいかなかった。
「えっと、だったらまずあなたが使ってみますか?」
これには玲奈もすぐに理解でき、ならまずメイドが体験してみればどうかと尋ねた。
「わ、わたくしがですか!」
メイドもまさか自分が指名されるとは思ってはおらず驚愕した。
それと同時にやはり蛮族の怪しげなものを自分に使うということも当然ためらわれた。
「いいですね。オリエまずあなたが体験なさい」
オリエの心中を察しながらも己の興味から、サリーナはオリエにそう命じた。
「で、殿下がそうおしゃるならこのオリエ、体験させていただきます」
まさに人身御供にされる覚悟を胸にオリエはそういった。
それを見たエミルと玲奈は苦笑いしつつもオリエを椅子へいざなう。
「では、こちらへ」
「はい」
決死の表情ですすめられた椅子に座るオリエであった。
それを苦笑いしつつ玲奈が石鹸を差し出した。
「まずはいまされているメイクを落とすために、こちらの石鹸で顔を洗ってください」
「え、ええ」
オリエは玲奈が差し出した石鹸を恐る恐る手に取って確かめた。
「えっと、この洗面器と泡だて器を使ってください」
「これは?」
玲奈が差し出した泡だて器が何かわからずオリエは訝しながら尋ねた。
「これはですね。こうして中にお水を少しと石鹸を少し削って入れえるんです。あとは蓋を戻してこのつまみをもって上下に動かせば……」
玲奈は実際に泡だて器を使って石鹸の泡を作っていく。
この泡だて器は玲奈がバイドルのドワーフ、ドノバンに作ってもらったものである。
「なっ!」
「あ、泡が!?」
泡だて器の中で盛大に泡だったことに驚愕したサリーナとオリエであった。
「この泡を使ってください。あっそうそう洗うときにこすらずになでるようにしてください。余りこすると肌を痛めてしまうことがあるので」
「えっ、そうなのですか? ですが、こすらないとメイクが落ちないのでは」
「大丈夫ですよ。エミルさんの石鹸は改良を重ねているのでこすらずにも落ちますから」
玲奈がそういうようにエミルの石鹸はすでに地球にあるものと、同等レベルの性能を持っていることを玲奈は確信していた。
「わ、わかりました」
ものは試しというわけで、オリエは意を決してたったいま作られた泡を手に取り、その軽やかさに驚きながら勢いで顔につける。
そして、言われたようになでるようにメイクや汚れを落としていくのであった。
少しして洗面器の水で顔を洗い、これまたエミルが用意した鏡を見て2つの意味で驚愕。
「ま、まさか、落ちてる!」
まず、驚いたのは鏡に映るすっぴんの己の姿に、そうして口には出さないが鏡事態にだった。
(こ、この鏡、なぜここまではっきりと曇りも全くない)
同じく鏡に驚愕したサリーナの内心は戦慄したほどだ。
2人が驚くのは当然でこの世界で出回っている鏡はまだ研磨技術が発達していないこともあり、まだある程度ぼやけるように移ってしまうところがあった。
しかし、目の前にある鏡にはそれが全くなく、まさに玲奈やキルスが地球の日本でよく見るきれいな鏡だった。
これもまた玲奈がこの世界の鏡に不満を覚えてドノバンに作ってもらったものだった。
ちなみに、この鏡はバイドルでは当たり前に使われており、そこから徐々に周辺に広がっている状態にあり帝国までは届いていなかった。
「んー、やっぱりちょっと肌が荒れてますね。なのでまずはこれをつけましょうか」
オリエとサリーナの驚きを気にせず玲奈はすっぴんになったオリエに肌荒れ用に開発した薬を手に取った。
「失礼しますね」
玲奈はオリエにそ断った後手に取った薬をオリエの顔に丁寧に塗っていく。
「エミルさんあれは何を塗っていますの?」
サリーナは思わずエミルに尋ねた。
「はい、あれは肌荒れ用に作ったお薬です。レイナちゃんとキルスが薬師と相談して作ってくれたんですよ」
「お薬ですか? 傷薬のようなものですか?」
サリーナにとって塗り薬と言えば傷薬なのであった。
「ちょっと違いますけど、肌に塗るという意味では同じですね」
「あら、次は何を塗るのかしら、液体のようだけど」
「はい、あれは化粧水と言いまして……」
その後サリーナからの質問にエミルが丁寧に答えつつ、玲奈はオリエにメイクを施していった。
「……はい、完成です。オリエさんはメイドさんですから殿下を引き立てるように少し地味目にしてみました。どうですか?」
玲奈はオリエに感想を尋ねた。
「……ま、まさか、このようなメイクが……」
かくいうオリエはというと鏡に映る自分に対して衝撃を受けていたのは言うまでもないだろう。
そして、この時サリーナもまたオリエの変わりようと玲奈のメイク技術に敗北感に苛まれていた。




