第208話 皇女の訪問理由
再びやってきたサリーナと対峙し、これより会談となったわけだがやはり元は一般庶民でしかないキルスは緊張していた。
一方で、サリーナもまた緊張していた。
「まずは、今一度先日についてお詫びいたします」
そう言って、サリーナは再びキルスに頭を下げた。
これには、キルスは困惑しサリーナについてきているメイドもまた驚いていた。
「いえ、お気になさらないでください」
キルスとしてはそういうしかなかったし、実際被害もなかったことでもあり一切気にしていなかった。
「ありがとう存じます。それから、もう一つこの地を治めていた元辺境伯についてですが、こちらにおいて詳しく調べましたところ、かのものがスタンピードを放置したことは明白、よって爵位をはく奪の上こちらで処刑させていただきましたことをご報告いたします」
これには、キルスは驚くが同時にそうだろうと思った。
帝国側が判断したように、あのままスタンピードを放置すればオルスタンを滅ぼした後、帝都方面に向かうであろうことはキルスでも予測できたからだ。
「そうですか、それは後ほど民たちにも伝えましょう」
「ええ、そのように、また、それによりかのものが治めていた地が空いております」
辺境伯という爵位を持つだけあって、ダレンガンが治めていたのはここオルスタンだけではなく、ほかにも3つほどの街を治めていた。
「その1つであるここより東の港町、オレイスまでを先の戦争の賠償金および、今回スタンピードを収めて頂いた褒賞としてお受け取りください」
「!!!」
それを聞いたキルスは驚愕に固まった。
それは、隣にいたメリッサも同様だった。
帝国は相手の領土を侵略することはあっても、その相手に土地を与えることなど長い歴史にの中にも存在しない出来事だ。
尤も、帝国が賠償を支払うこと自体がありえないことではあるが……。
「え、えっと、それは、一体?」
キルスは理解ができず思わず聞き返してしまった。
「スタンピードが発生した場合、我が帝国も無事ではすまなかったでしょう。皇帝陛下はそれほどオルステン殿に対して感謝しておられるのです」
これには、キルスも信じられなかった。帝国皇帝が他人に感謝するなんてことは聞いたことがない。
キルスが聞いていた帝国皇帝という人物は、とにかく己が一番他人を見下すものであった。
そして、己のものを他人に与えることなどありえない。
そう聞いていたこともあり、ちょっと意味が割らなくなった。
「これらはオルステン殿への感謝の印でもありますので、オルステン殿以外が受けとることはなりません」
キルスとしては、新たな街をもらっても仕方ないので出来れば誰か別の人に渡したいと考えていたが、サリーナによって防がれてしまったのだった。
「え、えっと、すみません。突然のことでですが、これについては俺……いえ、私では判断ができないようですので、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんですわ」
サリーナはそう笑顔で答えた。
それから、いくつかの話をしたところで会談は終了サリーナは屋敷内に儲けた客間に向かっていった。
「旦那様、いかがなさいますか?」
「はぁ、新たな街とか、勘弁してほしいが、仕方ない、とりあえず陛下に相談したほうがいいだろうな」
「はい、よろしいかと」
というわけで、キルスはさっそくマジックストレージを使い国王にアポイントメントを取ったのだった。
翻って、客間に戻ったサリーナも息をついていた。
「ふぅ、さすがに緊張いたしましたわ。しかし、お父様もまさか、蛮族に街を1つ与えるとは思いもしませんでしたが」
客間ということだけあって、サリーナはキルスを蛮族と揶揄する言葉を使う。
キルスが街を1つ与えられることになったのは、当然帝国皇帝の感謝の印でも賠償でもない。
これは、あくまで後々のための策略の1つでしかない。
サリーナがオルスタンに出発する数日前のこと、サリーナは突然皇帝に呼び出された。
「陛下、お呼びでしょうか?」
帝国ではたとえ皇女であっても、父と呼ぶことは許されず陛下と呼ばなければならないそれが許されるのは皇太子のみである。
「うむ、王国のことだが、そなたには再びオルスタンへと向かってもらう」
「オルスタンにですか、ですがわたくしのスキルではフェンリルを手に入れることは出来ません」
サリーナは申し訳なさそうにそういった。
「わかっておる、フェンリルが無理だというのならその主を取り込めばよいのだ」
「主? 平民でありながら貴族を名乗る蛮族ですか」
「そうだ。聞けばかのものはフェンリルを従魔にしているだけではなく、本人もまた相当な強さを持つのであろう。報告によれば、先の戦においてはそなたの魔獣を数体相手取るも無傷で倒したという」
「は、はい、もうしわけもありません」
「また、発生したスタンピードにおいてアイス・メテオレインなる超高度魔法を行使したそうではないか」
「はい、そう伺っています。蛮族にしては相当な力の持ち主であると考えます」
「そうだ。あのものがいる限り、我らの悲願を達成するのは不可能だろう、また、たとえあのものが死したとしても、フェンリルが残る可能性がある。そうなれば、ますます我が目的は達成できないだろう」
皇帝がここまでいうことは珍しいことで、聞いていたサリーナは驚愕に目を見開いたが、実際にその目でキルスを見たサリーナは同意していた。
「はい、間違いないかと存じます」
「うむ、そこでだ。かのものを我が陣営に取り込み、その力を我がものとすればいいのだ」
妙案とばかりに皇帝はそういい、サリーナもまた妙案と思った。
「取り込むと言われますが、どのように取り込むのでしょうか?」
「そこで、そなたを呼んだのだ。サリーナ、かのものを篭絡し我が陣営引き込め、そのための餌も用意してある。その餌とそなたであればたやすくできよう」
そういして用意された餌が港町オレイスであり、サリーナはこれと並行してキルスを篭絡するためにオルスタンへとやってきたのだった。
「お父様と悲願のため、必ずや蛮族を篭絡して見せますわ」
サリーナは客間でそう言って気合を入れたのだった。




