第207話 再びやってきた皇女
帝国からの使者として、皇女のサリーナがやって来ておよそひと月が経った。
この間、キルスはダレンガンが言ったように、帝国が再び侵攻してくるのではと警戒していたが結局何もなかった。
「来ると思ってたけど、来なかったな」
「はい、そのようです」
来ないのならそれはそれでありがたいが、帝国を考えるとそれはそれで不気味でもあった。
というのも、帝国という国はかつてこの大陸を治めていたタラベイン帝国、皇族の末裔を自称している。
そのため、彼らは再びこの大陸を支配するのだと息まいて、とにかく周辺諸国に喧嘩を売り歩いている。
そして、彼らはとにかく不思議なくらいプライドが高い、そのため一度とはいえキルスを含むキリエルン王国に破れ、はたまた逆侵攻を受けた。
これに帝国がおとなしくしているということは考えられない。
実際、ひと月前やってきたサリーナはキルスからフェンリルたるシルヴァーを簒奪するために身分をかくして、自らやってきたほどだ。
だが、それはキルスによって阻まれた。
また、ダレンガンは辺境伯であり帝国においても大貴族の1人だ。
そのダレンガンが己の領地を取り戻そうと、派兵してきても全くおかしくなかった。
だからこそ、キルスはずっと警戒しつつ過ごしていたのだか、いくら待っても帝国から影一つ見えない。
これは、はっきり言って意味が割らない事態だった。
「何か、考えでもあるのか?」
「その可能性はあるかと、しかし、どのようなことがあったとしても、旦那様やシルヴァー様を害することはかなわないのでは?」
メリッサのいう通り、キルスとシルヴァーは間違いなく世界最強一国がいくら頑張ったところで無理なものは無理であった。
「そうでもないさ、何事も油断が命取りだからな」
キルスは前世において勇者として世界最強を誇っていた。
しかし、油断から捕らえられて処刑されてしまった。
その記憶から、キルスはどんな時でも油断することはない。
「キルス様」
キルスがいたのは庭、そこに1人に兵士がやってきた。
彼は、この街で新たに雇った兵士で、元冒険スタンピードの際には冒険者として参加しており、間近でキルスの強さを見たことで忠誠を誓い兵となったのであった。
「んっ、どうしたんだ。ルース」
「っ! わ、私のことを!?」
ルースはまさかキルスがただの1兵士に過ぎない自分を知っていたことに驚愕した。
「ああ、確か元冒険者だろ、じいちゃんからもいい腕だって聞いてるよ」
「あ、ありがとうございます」
ルースはそれだけで天にも昇る思いとなっていた。
ちなみに、ルースには姉がおりその姉はE&R商会に勤めており、エミルと玲奈を神のようにあがめている。
「んで、どうしたんだ?」
用件をなかなか言わないルースにキルスはもう一度尋ねた。
「はっ、申し訳ありません。報告します。現在帝国方面から馬車が向かってきております。紋章を確認いたしましたところ、帝国第二皇女殿下サリーナ様と断定いたしました」
「皇女殿下が、なんでまた?」
ひと月前に正体を隠した状態でキルスの前にやって来て、シルヴァーを簒奪しようとしたサリーナがなぜか、再び今度は皇女としてやってきたようだ。
「ほかには?」
サリーナのほかには誰が来たのか聞いてみた。
「いいえ、そのほかには殿下の護衛の騎士が数名いる程度です」
「軍じゃないってことか?」
「はい」
「うーん、なんだろうな。どう思う?」
キルスは隣にいたメリッサに帝国の意図を聞いてみた。
「はい、サリーナ殿下がお越しということは、おそらくは使者として参られたものと、前回のあれは正式には使者ではなく、旦那様からシルヴァー様を簒奪することが目的と思われます」
「だろうな。となると、こっちも正式に使者として会う必要がありそうだな」
「はい」
面倒だなぁ。キルスは内心そう考えていた。
そうして、それからしばらくして、サリーナの馬車がオルスタンに入ってきた。
当然街の住人たちもそれを見て息をのんでいた。
というのも、彼らは元は帝国民皇女の紋章ぐらいは知っている。
もし知らないとして、不敬を働いたらことになるので彼らは必死に皇族の紋章を覚えるのだ。
それから、少ししてからサリーナは再び屋敷の謁見の間にやって来ていた。
「これは、殿下、ようこそおいでくださいました」
サリーナが謁見の間に入ると、そこにいたのはメリッサを横に控えさせたキルスだった。
「先日は失礼をいたしましたこと、まずはお詫びいたしますわ。オルステン殿」
サリーナはキルスを見ると、すぐその場で完璧なカーテシーをしてから、先日正体を隠していたことやシルヴァーを簒奪しようとしたことを謝罪した。
これは、驚くべきことである。
帝国の皇族が自ら他国、それのつい先日戦争を仕掛けた敵国の一領主、しかも平民上がりの男爵に謝罪の言葉を述べることなぞありえないことであった。
これには、キルスはもちろんメリッサも驚愕に目を見開いていた。
「えっ、あっ、えっと、いや、こっちには被害はなかったことですので」
キルスとしても困惑しつつそういうしかなかった。
「ありがとうございますわ」
「と、とにかくおかけください」
「はい、失礼いたします」
そういって、サリーナは椅子に座った。
前回サリーナがやってきたときキルスはドカッと玉座に座ったが、今回は相手が皇族であるとわかっていたこともありそういったことはしない。
待機していたところも玉座がある高座ではなくその下である。
そこにテーブルと椅子を持ち込み、そこで会談の形を取っている。
というわけで、サリーナがすすめられた椅子に座ると、キルスはその反対側にある椅子に座ったのだった。
はて、どんな話が飛び出すのかキルスはそう思いながら会談に望むのであった。




