第205話 魔獣使い
キルスが治め始めたオルスタンに帝国の2人の使者が現れた。
なんだか妙な感じがしたので、キルスは玉座に座りつつこの2人を鑑定して驚愕した。
その理由はこの2人の正体にあった。
男性はダレンガン・デッチ・バル・オリアントといい、実はここオルスタンの元領主、女性はサリーナ・エリアント・ゲイル・トッテン・バラエストといい、なんとバラエスト帝国の第二皇女だった。
キルスと胸の内としては、この元領主が一体どの面を下げてこの地に舞い戻ってきたのかということだろう。
また、女性というには幼いキルスと同年齢ぐらいの少女には、魔獣使いというスキルが備わっているということだろう。
この魔獣使いというもの、鑑定をしてみるというなれば従魔スキルの最上位スキルであることがわかる。
従魔スキルの発言条件は魔物になつかれることであるが、この魔獣使いは先天性のものだ。
そして、従魔スキルの最上位というからには当然、魔獣限定ではあるが魔物を統べることができるという点だ。
それも、複数の魔獣をだ。
(なるほど、となるとあの帝国の魔獣軍団の主は、この皇女ってわけか)
キルスの想像通り、この少女こそキリエルン王国を苦しめ次々に侵攻をさせた魔獣軍団を統べる人物であった。
実はこのサリーナは帝国の第3皇女でその父皇帝にとっては、政略においての駒の1つとしか考えていなかった。
しかし、ある時サリーナが魔獣を従えたことでその価値を見出したのであった。
「それで、いまごろになって帝国がどんな用だ」
キルスがここオルスタンを支配してから、およそ2週間と少し、帝国軍が帝都に戻ってから再びやってきたにしては遅い。
「むっ、貴様、わしはダレンガン・デッチ・バル・オリアント辺境伯である。貴様ごとき平民が我が玉座に座すとは無礼であろう。即刻その場を立ち去り我が街を返してもらおう、さもなくば我が帝国の恐ろしさを知ることになるだろう」
「使者の割にはずいぶんと偉そうだな。ていうか、お前さぁ。どの面下げてこの街に入って来てんだよ」
「なに? 貴様、いうに事欠いてこのわしをお前だと」
ダレンガンがそう言って憤慨した。
「ひっかるのはそこかよ。いや、まぁ、この際はどうでもいいが、お前スタンピードのこと知っていたんだろ、こっちの調べでわかってるんだよ」
「スタンピードだと、なんの事だ」
ダレンガンは自分が悪いとはみじんも思っていないために、平然としらを切った。
だが、その隣にいたサリーナは少々動揺を見せた。
「2週間前、この街を襲ったもんだ。お前と一緒に逃げ出したギルマスが仕事をさぼってくれたおかげで、こっちにお鉢が回って来てんだよ。ていうか、お前ギルマスと一緒になってこの街を見捨ててんじゃねぇか」
キルスはここぞとばかりに事実を話す、これにはサリーナはとっさにダレンガンを見たほどだった。
「ふ、ふん、そのような事実わしがするはずもなかろう。わしは貴様ら蛮族が侵攻してきたことで一時撤退したに過ぎん」
「どっちみち、お前は領民を見捨ててんじゃねぇか、あの戦いでも、スタンピードでもそれなりに犠牲が出てんだぞ」
「それこそ、わしの知ったことではない。平民が何人死のうがどうせまたすぐ増える」
典型的な悪い貴族である。
「一寸の虫にも五分の魂という言葉がある。たとえ小さき虫だとしても、己と同じ魂が宿っているというものだが、お前が見下している平民もお前ら、いや今では俺もだが貴族もまた人、王族皇族も同様だ」
「戯言を、わしら貴族は選ばれた者、貴様ごときが本来口も聞けぬのだ」
駄目だこれは、キルスはこの男とこれ以上話しても無駄だとキルスは嘆息した。
「はぁ、もういい。まぁ、ひとつ言っておくけど、この街の連中はお前とギルマスが街を見捨てて逃げ出したことは知ってるからな。無事に帰れることを願っておいてやるよ」
一応の忠告はしたキルスであった。
「んで、お前の要求についてだがそれは断る。ていうか、たとえ俺がその要求を呑んでこの街の住人たちはそれを良しとはしないだろうな」
「貴様、いいだろう、ならこの街もろとも灰燼と化すがいい」
ダレンガンは怒り心頭だった、平民であるキルスにここまでコケにされたのは初めてのことだった。
だからこそ、この街を出たらすぐにでも派兵し徹底的にこの街を攻め落とすと宣言した。
「俺とシルヴァーがいる限り無理だと思がな。それで、そっちはうまくいったのか?」
ダレンガンとの話は終わったとばかりに、今度はサリーナを方を向きそういった。
実はサリーナは自らの正体をかくしてこの場にいた。
それはそうだろう、第二皇女とはいえ皇族が敵国に落ちた街へやって来て、その領主の座に収まっているキルスの前に立つことはありえないからだ。
そのために地味な格好をしてあたかもダレンガンの従者のように控えていたのだ。
そもそも、そこまでしてサリーナがここにやってきたのにはある目的があったからだった。
キルスは所持スキルからその可能性を考えていたがあえて、放っておいたのである。
「なんのことでしょうか?」
キルスが聞くと、皇女としては腹芸ができないのかすぐに顔に動揺を表した。
「いやぁ、俺はてっきり簒奪のスキルでシルヴァーを俺から奪いに来たのかと思ったんだがな、第二皇女サリーナ殿下」
「!!」
「なっ?!」
キルスがその正体を言い当てると、サリーナは目を見開き、ダレンガンもまた驚きつつサリーナをぎょっとしてみた。
実は、ダレンガンもまたサリーナの正体を知らなかった。聞かされていたのはさる方の娘ということ、もちろんその人物は辺境伯であるダレンガンよりも上の立場の者であった。
その娘が正体をかくしてキルスに接触する必要があるために、従者として連れていくようにと指示を受けたのであった。
「な、何をおっしゃっているのでしょうか。わたくしはただのオリアント様の従者ですわ」
「悪いが、俺には鑑定スキルがあるんでね。殿下本人であることは最初からわかっていたのですよ。それは、殿下も魔獣鑑定スキルを持っていることからわかるかと」
「なっ、鑑定?! まさか、そんな……」
鑑定スキルというのは大変珍しく持っている人物はめったにいない。
また、サリーナ自身も魔獣に特化した鑑定スキルを持っているが、人に対しては特に効果を示さないためにばれることはないだろうと過信していた。
そこにきて、キルスの鑑定によってすでにわかっているという事実、これはサリーナにとってはかなりの衝撃となっていた。
「なぜ?」
キルスのいうことが本当ならサリーナには疑問が浮かぶ、確かにサリーナは先ほどからずっとキルスに対して簒奪スキルを使用していたのは事実。
それをわかったうえでなぜ自分を放っておいたのか、そういう疑問だ。
「それは簡単な理由ですよ。魔獣使いスキル、確かに脅威となるスキルです。おそらく王国軍を苦しめた魔獣軍団の主は殿下でしょう」
「ええ、そうですわ」
すでにばれてしまっているのなら隠す必要はないとしたサリーナは素直に答えた。
「ですが殿下、魔獣使いで扱える魔獣はギルドでの脅威度ランクいうところによるBランクまで、そしてフェンリルたるシルヴァーはSランクとなります。その時点で殿下では扱えません」
「そ、その通りです」
サリーナはキルスが自身のスキルを、ここまで詳しく知っていることに戦慄した。
「しかし、その魔獣が誰かの従魔であった場合。魔獣使いに付随する簒奪スキルを使用することでまかなうことが可能です。ただし、その条件として殿下より相手が弱い場合か、上だとしてもランクでいえば1つまでとなります」
「……」
キルスが行ったことはまさにその通りのことで戦慄を通り越して、恐ろしくなり絶句していた。
「残念ですが、殿下もそれなりに鍛えておられるようですが、ついこの間まで現役のBランク冒険者であった俺とではその力量に差がありすぎます。つまり、殿下が俺からシルヴァーを簒奪することはできないということです。まぁ、たとえ条件がそろっていたとしても俺からシルヴァーを奪うことは不可能ですけどね」
なにせ、シルヴァーとは前世からのつながりがあるのだから、キルスは口には出さず心の中でそう思った。
そして、サリーナはというとその場で膝を着いたのだった。




