第195話 統治開始
さっそく執務室に散乱していた書類をざっと眺めた家令のメリッサはため息をしていった。
「思っていた以上にひどい状況のようです」
「どんな?」
キルスは軽く恐る恐る尋ねた。
「はい、まずは財政ですが、完全に破綻し借金があったようです。正確な数値はありませんが、街の大半が担保に入れられております」
「街の? それってどういうことだ」
「返済がかなわない場合、担保に入っている施設は債権者に与えるとともに税金の取り立ても出来なくなります」
「なるほどなぁ。でも、それって前の領主の借金だろ。だとしたら俺には関係ないんじゃ」
借金はあくまで前の領主がしたことであり、キルスが領主になればその担保は無効となるのではないかとキルスは考えた。
「確かに借金自体はそうですが、担保となっている以上債権者はこれを要求することが可能となります」
つまり、前の領主がした借金の返済が行われない場合担保となっている街の施設が債権者に取られる場合があるとのことだった。
「まじか!」
これにはキルスも信じられなかった。しかし、これは法によって定まっていることだそうだ。
「なんか、理不尽だな」
「はい、ですがこれは債権者を救う者でもありますので」
というのも債務者の中には担保にしたものを誰か全く別の人間に与え、そんなものは知らないとしらをきる場合があるらしい。
特に、貴族にそういったことをするものが多く、苦肉の策としてこうした法ができたらしい。
キルスのようなものに取っては最悪なことではあるが……。
「それじゃなに、俺がその借金を支払うってことか」
「そうなります。ですが、これは帝国へ請求しても問題ないものです」
メリッサによると、此度の戦争による賠償金支払いのさいにこの借金も上乗せして請求すればいいという。
「なるほどなぁ。それじゃ、陛下に知らせておいたほうがいいな」
「はい、ですが、正確な数値がこれではわかりかねますので、まとめるお時間を頂戴したく存じます」
「ああ、それは構わない。頼むよ」
「はい、お任せください」
メリッサは気合を入れて、現在この街で担保に入っている施設などを調べることにしたのだった。
「ほかには、何かあるのか」
メリッサはまずと表現したことから、ほかにもあるということだとキルスは思い尋ねた。
「はい、続いては街の修繕についてです」
「修繕? まぁ、確かに戦後だしなぁ」
キリエルン王国が侵攻した際にどうしても壊さなければならない部分があり、そこは現在も壊れている状態にあった。
「それもですが、それ以前に防壁をはじめいくつか修繕依頼が届いていたようです」
「以前?」
「はい、ですが、それらは何一つなされていないようです」
書類の束からかなりの修繕が行われていなかったことが予想されるという。
「もしかして、王国軍が思ったより早く侵攻できたのってそれが原因か?」
「おそらくですが」
「はぁ、となると、そっちも何とかしないといけねぇってわけか」
「はい、それからですが……」
その後、メリッサは書類から読み取れる街の問題点を上げていったわけだが、それを聞いたキルスは絶句したのだった。
「キルス、ここにいたのね。あら?」
街の問題に頭を悩ませていたキルスとメリッサであったが、その時ふいに執務室にエミルがやってきた。
「ああ、姉さん、何かあった」
「ええ、ちょっとね。それより、その人は?」
エミルは見知らぬ女性、それもメイドがいることに訝しみながらキルスに聞いた。
「ああ、彼女はメリッサといって、今日から家令になってくれたんだよ」
「家令? それって、確か陛下がご用意したっていう」
「そうそう」
「エミル様でございますね。お初にお目にかかります。わたくしはメリッサと申します」
「えっ、あ、うん、こちらこそ、キルスの姉のエミルです。今後とも弟をよろしくお願いします」
突然様をつけられたことで驚くとともに戸惑ったエミルであったが、ここは長女らしくすぐに立て直して挨拶を交わしたのだった。
「家令と聞いていたので、てっきり男性かと思っていましたから、驚きました」
落ち着いたところでエミルがそういったが、これについてはエミルを責めることはできない。。なぜなら万民すべてがそう思うからであった。
「まぁ、俺も隠居した爺さんあたりかと思っていたけどな」
「女性の家令は居りませんので、そう考えてもおかしくはありません」
メリッサのいう通り、法律上は問題ないとはいえ女性が家令などといった重要ポジションに着くことはない。
それは、それを嫌がる者が多いためである。
「ところで、姉さん、何か用だった」
「あっ、そうそう、キルスにお願いがあるの」
「なに?」
「うん、子供たちのことなんだけど、街の人たちに聞いたけど、あの子たち家がなくて、普段から路上なんかで過ごしているらしいのよ」
エミルがいうあの子たちというのはオルスタンに住む孤児たちである。
「それはまた、でもなぁ」
キルスとしてもそれを聞いては黙っていられない。なんとしても、子供たちが安寧に過ごせる場所を作る必要がある。
しかし、しかしである。
「俺も何とかしたいけど、姉さん、実は……」
キルスはエミルに今、メリッサと会話していたことを話した。
「そう、お金が、それは仕方ないわね。でも、どうにかならないかしら」
お金がない、それは仕方ないことだ、しかし、それでも孤児たちをどうにかして救いたい、エミルはそう考えた。
「うーん、ああ、だったらこの屋敷を使ったらいいんじゃないか、ほら、無駄に広いし、どうかなメリッサ」
「はい、問題ないかと、ですが領主の屋敷にいつまでも孤児を止めおくことは今後に差し障るかと存じますので、なるべく早くに孤児院を建設するのが得策かと」
メリッサも子供は好きなため、孤児たちが路上で過ごしているということに何も思うところがないわけではない。
だからこそ、孤児たちを屋敷に引き入れることを容認したのだった。




