第191話 溶け出す心
どうしたものか、キルスが今後について不安に思っていると突如怒鳴り声が聞こえた。
「おいっ、お前、さっきから見てたら、そんないい肉を細かく砕きやがって、もったいないだろう!!!」
キルスが声のしたほうを見てみると、子供たちにハンバーグを作るために、オーク肉を包丁でミンチにしているオルクに詰め寄る1人の男だった。
「これは、ミンチといって、お肉を小さくすることで口当たりをよくする手法です」
「何言ってやがる。肉ってのはそうじゃないだろう!!」
男にとって肉といえば、塊を焼いたステーキ。
にもかかわらずオルクがミンチにしている姿は黙っていられなかった。
「貸せっ、俺が本当の料理を見せてやる!」
そう言って男はオルクから包丁とオーク肉を奪うと、肉を熱くスライスを始めた。
「へっ、蛮族の割にはいい包丁使ってるじゃねぇか」
オルクの包丁はキルスがバイドルの鍛冶屋ドワーフ、ドノバンに伝えた日本刀の製法で作られたもので、切れ味は最高峰のものである。
そのため、男はその包丁だけは素直にほめたのだった。
「これほどの肉なら、こうやって焼いたほうがうまいに決まってるだろうが!」
男はそう言って、スライスした肉を簡易かまどで温めていたフライパンへとそのまま投入した。
そうして、少しの間焼いていたかと思うと、ふいに肉を手際よく返し再び焼いていく。
こうして1枚のステーキ、というか肉をただ焼いただけのものが出来上がった。
その上に、肉を焼いている間に作っておいた何かのソースをかけたところでそれをオルクの前に突き出したのだった。
「食ってみろ。これが本当の料理ってもんだ」
そう言って、自慢げに差し出したが、オルクをはじめその場にいたキルス一家には、それは違うだろうと思っていた。
そもそも、ステーキを焼くにしても下味を全くつけていないし、ソースもあっさりと作っていた。
それでも、差し出されたものを食べないわけにもいかないので、オルクは受け取ったステーキを返してもらった包丁で切り取り、フォークで1つまみ食べた。
「うん、焼き加減は見事だね」
オルクも男が料理している姿を見ていたために、その焼き加減が絶妙であることはわかっていた。
「そうだね。絶妙だね」
ファルコもまた、1つまみ取りそれを口に入れつつそういった。
「だろう、これが、本当の料理ってもんだ」
「えっと、あなたは料理人なんですか?」
男の手際の良さから料理人ではないかとオルクが尋ねた。
「そうだ。俺は領主様お抱えの料理人だ。お前らとは格が違うんだよ」
男の名は、ゴーギャス。かつてこの街を治めていた領主お抱えの料理人をしていたが、3年前同僚といさかいを起こしたことでクビになっていた。
そのため、領主がこの街から逃げる際にこの地に残ったのだった。
「そうですか、なら、ちょうどよかった。これを食べてもらえませんか?」
「なんだと!」
オルクはそう言って今しがたできたばかりのハンバーグをゴーギャスに差し出した。
「僕も、あなたの料理を食べたのだから、あなたも僕たちの料理を食べるべきではないですか?」
これがオルクとファルコの違いである。ファルコは先ほどから完全に委縮してしまっていたが、オルクにはレティアの血が流れているからか、丁寧な物言いから強気の発言ができるのだった。
「ふんっ、いいだろう」
ゴーギャスもこういわれてはオルクが差し出したものを食べないわけにはいかなかった。
というわけで、ゴーギャスはハンバーグをきりわけて1口。
「!!!?」
その瞬間ゴーギャスの目が飛び出さんばかりに見開かれた。
「なっ!」
「おいっ、どうした。まさか、毒か?」
ゴーギャスの様子を見ていた街の住人が毒が入っていたのではと考えた。
「ふっ、や、やるじゃねぇか」
ゴーギャスはそう言いながらも、その手が止まることなく、次々にハンバーグを口に入れていった。
「どうやら、気に入ってくれたみたいですね。僕たちも昔はお肉っていえば、あなたのように焼くものだと思っていました。でも、こうして細かくすることで、口当たりだけでなく、一緒に野菜を入れたりすることで、味が深くなるんです。これを教えてくれたのが、弟のキルスなんですよ。キルスは僕たちが想像もできないようなことを考えてくれます。そんなキルスがこの街の領主になれば、きっと皆さんはもっと幸せになれると僕は確信しているんですよ」
オルクはここだとばかりにキルスのことを信じるようにと促した。
普段丁寧なものいいの上に底抜けのお人よしを発揮するオルクであるが、この街にきて住人から否定される弟に少し頭にきていたのだった。
「……」
ゴーギャスはオルクの言葉と、それを裏付けるようなハンバーグの味の衝撃に黙り込んでしまっていた。
「おいっ、ゴーギャス、どうしたんだよ」
「あなたも食べてみてください。そうすればわかると思います」
オルクはそう言って別の男にもハンバーグを差し出した。
男も、蛮族である王国人が差し出したものに、ためらいがあるが料理人であるゴーギャスが、一心に食したものがどのようなものなのかという好奇心から、それを受け取り食べ始める。
「!! う、うまい、だと、というより、なんだよこれはっ!」
「! ほんとなの?」
男がうまいといった瞬間、周囲にいたものたちも興味がひかれたのか一斉にオルクの元へとやってきたのだった。
それからは、あっという間に街の住人たちの腹はオルクとファルコの料理によって満たされ始めたのだった。
「すげぇな」
「ええ、でも、さすがはオルクと父さんね」
「オルク兄さんちょっと怒ってたね」
「みたいね」
その様子を見ていたキルスたちは料理というものは偉大だなと思っていた。
「とっかかりとしては、最高だな」
こうして、当初キルスが思っていた不安は、オルクとファルコによって払拭されたのだった。




