第178話 平穏からの呼び出し
王都においてエミルの裁判が行われてから1ヵ月が経った。
この辺りになるとキリエルン王国も本格的に冬へと突入した。
といっても、キリエルン王国の緯度は高くないため、冬となってもそれほど寒くはならない、いつもの格好に玲奈が作ったセーターを着こむだけで耐えられるぐらいだ。
そんな中キルス一家はバイドルに戻りいつもの平穏を取り戻していたように見えるが、当然変化があった。
それというのも、バイドルに戻って1週間後には隣町などから商人がやって来て、エミルから石鹸の製法を買い取りたいと言い出した。
これにはエミルは断っている。
せっかく長年かけて苦労して作り上げたものを簡単には売れないからだ。
その他にも、貴族の使いと名乗る者達がエミルから石鹸を買い求めにやって来た。
これには、エミルも一体いくらで売ればいいのかわからなかった。
そこで、バラエルオン伯爵と相談して、銀貨1枚とした。
エミルとしては、もっと安くしてもいいと思っていたが、ヘルフェリア商会が銀貨2枚で売っており、エミルの石鹸はこれよりも高性能。
あまり安くし過ぎるとそれはそれで問題が起きるという理由だ。
ちなみに、原価で言えば材料のほとんどをキルスが森に出たときに取ってきており無料、現在はマジックバックに膨大な量がある。
また、他の材料も自宅で出たものがこれまた大量にあるため、精々薬草を銅貨数枚で手に入れている状態だ。
もちろん、この薬草にしてもキルスが森で見つけると取ってくることがある。
つまり、ほとんど原価がかかっていないために、値段を付けるとしてもエミルの手間賃ぐらいなものだ。
だからこそ、エミルはもっと安くしてもいいと考えていた。
「おねえちゃん、これ、固まってるよ」
「ほんと、それじゃ型から取り出してくれる」
「うん。わぁ、いい香り」
キレルをはじめ妹たちがエミルの石鹸作りを手伝っている。
元々エミルは大量に石鹸を持っていたが、ここ最近これまた多くの人が買い求めにやって来たことから、そういった人たち用にと食堂に出る時間を削って本格的に作り始めていた。
その際、玲奈の提案により石鹸に模様を付けることとなっている。
こうすることで、他との差別化を図ったのだった。
キルスもまた、エミルに協力して森に入った時にはいつもより多くの材料を採取していたのであった。
こうして、平穏な日々を送っていたキルス達の一方、キリエルン王国より北に位置するバラエスト帝国では、着々とキリエルン王国への侵攻準備が進んでいた。
そして、さらに2週間後ついに両国との国境である、元ブレンダー男爵の領地手前までやってきていた。
一方、キリエルン王国もいち早くこれをカテリアーナの占いで察知しており、すでに軍を展開していた。
つまり、現在両者にらみ合いとなっていた。
それから、さらに2週間が過ぎた。
キルスはその日、依頼を受けていた。
そうして、ギルドに戻ってくると、いつものようにニーナの元へと向かったのであった。
「キー君、おかえり」
「ただいま、ニーナ姉さん」
それから、報告をしたところで、いつもとは違うことが起きた。
「キー君、この後ギルドマスター室まで来てくれる」
「ギルマス? わかった」
そんなわけでキルスはニーナに連れられてギルドマスター室へと向かったのだった。
「おう、キルス、来たか、悪いな突然」
「いや、いいけど、なんの用?」
「ああ、実はな、お前に指名依頼がある」
「指名依頼? だれから?」
「国王陛下だ」
「はっ? 陛下? 一体なんだ?」
突然キリエルン王国国王より、キルスへ指名依頼が入った。
これは、Aランクの冒険者ならよくあることだが、Bランクのそれもまだ15歳に過ぎないキルスに指名依頼が来ることは普通ない。
「これはまだ知らされていないんだが、ついに帝国が侵攻を開始した」
「! そうか、来たのか」
キルスはすでにカテリアーナから近々帝国と戦争をするという話を聞いていたために、ついに来たかと思っていた。
「思ったよりは驚かないな。もしかして、殿下から聞いていたのか」
ギルマスもキルスがカテリアーナと懇意にしていることは知っていた。
「ああ、前にちらっとな。それで、戦況は?」
「あまりよくはないな。こっちの軍もそれなりに鍛えてあるから何とか持ちこたえているが、先ほどブレインの街が陥落したという情報が入った」
ブレインという街は、ブレンダー男爵が納めていた街で、現在はボライゲルド辺境伯家が納めている。
というのも、元々ブレンダー男爵家はこのボライゲルド辺境伯家のものが爵位をもらい、辺境伯家から領地を分けられたからだ。
それが、男爵家が無くなった今は元に戻ったというわけだ。
「それって、速くないか?」
街が陥落、その前には国境での野戦があるはずだ。
尤も、キリエルン側が間に合わずブレインでの攻防戦をせざるを得なかったのならおかしくはないだろう。
「ああ、俺が聞いた戦況を順に説明しよう」
ギルドマスターの話によると、まず国境付近において野戦が開始された。
敵は12万、こちらは12万と戦力は同等だった。
もちろん、ファンタジーの世界なので量だけではなく質も大いに関係がある。
そうして、始まった闘い、しかし敵側はなんと魔獣部隊があったのだ。
「魔獣部隊?」
「ああ、なんでも、複数の魔獣が連中に混じって闘っていたそうだ。おそらく、従魔だとは思うが……」
魔獣を従魔にするにはその魔獣に懐かれる必要がある。
これは滅多に歩くことではないために、従魔というものはかなり珍しい。
それが、複数軍に属していることは、普通にありえない。これまでの歴史においても聞いたことがない。
「いくらなんでも、おかしくないか」
「ああ、だが、事実だ。それもかなり強力な魔獣で、あっという間に敵側に持っていかれたそうだ」
そうして、やむなく撤退しブレインにこもったが、魔獣はこれまたすぐに防壁を越えてきて、一般市民にも多数の被害をもたらしたという。
(まじか?)
余りのことにキルスは絶句していた。
「敵もある程度被害は出たそうだが、こちら側の被害が甚大。このままではさらに進行される恐れがある」
そこで、フェンリルというこの世界最強魔獣とされる従魔を持つキルスに白羽の矢が立ったというわけだ。
「わかった、だが、戦争となると、一旦家族に相談する必要がある」
「ああ、そうしてくれ」
キルスが1人ならこの場で返事をしただろう、しかし、キルスには多くの家族がいる。いつもの依頼とは違い戦争、両親はもちろん元国軍兵士であるフェブロにも意見を聞く必要があった。
というわけで、ここは返事を一旦保留にしてからキルスは家に帰ったのであった。
その際、これまたキルスの家族であるニーナも一緒だった。




