第177話 後始末
裁判は終わり、エミルは無事無罪釈放となった。
「おねえちゃん」
「姉さん」
「エミル!」
「みんなー」
家族のもとに帰ったエミルと家族がヒシっと抱き合っている。
まぁ、抱き合っているのは主にキレル以下の家族であり、オルク、キルス、ロイタの3人はさすがに離れた場所からその様子を眺めている。
「これで、一件落着ってところだな」
「そうだね」
「……」
そして、ほっとしているのだった。
今回の事件においての原告、コリアット侯爵とヘルフェリア商会がどうなったか。
まず、無実であるエミルを訴えたコリアット侯爵は、名誉棄損により訴えられる。
というようなことはない。
それというのも、エミルが平民であり、コリアット侯爵が貴族だからである。
そもそも、この国において平民に名誉なんてものはない。
だから、名誉を傷付けようがないからだ。
じゃぁ、訴えられて心に傷を追ったであろうエミルとその家族はというと正直どうしようもない。
貴族相手に生き残ったことを喜ぶしかないのだ。
まぁ、とはいえさすがにそれではあんまり。
だが、今回の件でコリアット侯爵、ではなくヘルフェリア商会の方がダメージを負うこととなる。
まず、これまでヘルフェリア商会が独占的に製造販売してきた石鹸。
今回のことを受けてこれを解除、つまり誰でも石鹸を製造販売できることとなった。
最も、悪質な石鹸を製造販売すれば当然ながら罰せられることは言うまでもないだろう。
そう、これにてエミルもまた今後、大手を振って石鹸の製造と、これを販売することができるようになったということだ。
これは、これまで独占していたヘルフェリア商会にとってはかなりの痛手となる。
というのも、ヘルフェリア商会は独占できるということに胡坐をかいて、ほとんど石鹸について研究も改良もしてこなかった。
そのため、どう考えてもエミルの石鹸の方が質が良いものとなっている。
そして、何より今回のことで世間が知ってしまったのだ。王族が愛用しており、多くの貴族夫人や令嬢たちが噂していた石鹸が、エミル作であるという事実。
今後、多くの女性たちがエミルの石鹸を求めることとなることは明白であった。
つまり、まとめると今回の件において、ヘルフェリア商会は信用と石鹸の独占権を失い、これまで客の多くをエミルに奪われることとなり、その結果コリアット侯爵が大損することとなったわけだ。
ここで、疑問、ならヘルフェリア商会もエミルのように石鹸の質をあげればいいのではとなる。
しかし、ここで問題が発生。
ヘルフェリア商会において石鹸の製造を行っているのが、男性であるということだ。
それに対して、エミルは説得力のある女性。
この、男女の違いが一番大きい。
なにせ、石鹸を求めているのは主に女性、ただ汚れが落ちればいいと考えている男性に対して、女性はそこからの副次効果を求めている。
つまり、それは香りだったり、美容効果であったりだ。
エミルの石鹸は女性自身が自分の求めるものを作っているだけあり、それらはばっちりと網羅している。
しかし、男性が作っているヘルフェリア商会では、そのあたりが全く分かっていない。
その結果が、いずれヘルフェリア商会自身が味わうこととなるだろう。
さて、そんな原告側とは別に、今回最も被害を受けた人物がいた。
それは、今回コリアット侯爵の奥の手として協力してしまったキリエルン王国に在籍している枢機卿、キンドレン枢機卿である。
彼は、あろうことか神であるエリエルが設置したというスキルの石碑を存在しないと否定した。
これは、いうなれば神の所業を否定することとなる。
しかも、それを堂々と教皇の前にて披露してしまった。
もちろん、本人としてはそのつもりはなかっただろう、しかし、キルスにより連れてこられてしまい、聞かれてしまったのだ。
これには、運がなかった、相手が悪すぎたとしか言いようがないだろう。
なにせ、普通ならあのような場所に教皇が自ら現れるなどありえないからだ。
そう、キルスが御使いという立場でなかったら、シルヴァーという遠く離れた場所に数分でたどり着けるような従魔が居なかったら、キルスが転移スキルを獲得していなかったら。
どれがかけても不可能なことだった。
だが、しかし、実際キンドレン枢機卿の否定の言葉は教皇に聞かれてしまった。
そうなると、どうなるか、当然教皇の怒りを買うこととなる。
「キンドレン枢機卿、あなたはエリエル様のなさったことを否定しました。これは、神にお使いするものとして許されることではなりません」
「……」
「よって、あなたから枢機卿という立場を剥奪し、助祭とします。本国にて修行のし直しを命じます」
「そ、そんな」
キンドレン枢機卿、いや、元枢機卿は降格処分となったのである。
それも、枢機卿の地位から助祭、かなり下の位となり、キンドレンの年齢から考えてもこれ以上の出世の道は絶たれたのであった。
まぁ、金に目がくらんだことによる自業自得というものだろう。
そんな中、キルスは現在窮地に立たされていた。
「さぁ、キルスさん、ご説明頂けますか?」
キルスはカテリアーナから詰め寄られていた。
というのも、全てはフラッっと裁判所を出ていったキルスが教皇を連れ帰ったことによる。
いち冒険者に過ぎないはずの、平民のはずのキルスがどうして突然教皇を連れてこれたのか、カテリアーナは聞かずにはいられない。
「うむ、確かに、それは我も気になるな」
ここにきて、なぜか現れた国王である。
そんな2人に詰め寄られた庶民に過ぎないキルスが耐えられるはずもない。
「え、えっと、ですね。話すと長くなるのですが……」
キルスは観念して話すこととした。
それは、今から8年前、キルスは家族と教会に自身のことを話した。
それを受けた教皇が自らお忍びでバイドルまで一度やってきていたのだった。
そうして、教皇から御使いという地位を授かったのである。
とまぁ、そんなことを含めた洗いざらいを全て吐き出したのだった。
「ま、まさか、キルスさん、いえ、キルス様が、御使い様とは、これまで、知らぬこととはいえ、失礼をいたしましたわ」
「う、うむ、許されたい」
そういって教皇にしたように跪いて祈るようなポーズをした国王とカテリアーナ、もちろんその場にいたゾロテスもそのような恰好を取ったのであった。
「い、いえ、陛下、殿下やめてください。そもそも、俺はむしろ逆の立場だと思っていますから」
キルスは本来前世の恨みと憎しみを受けて魔王になる予定だった。
だが、そこを救ったのがエリエルであった。
「なので、下手をすれば俺はバイドルを中心に、この国も滅ぼしていた可能性があります」
これは事実であった。
だから、御使いとしては扱わないでほしいと、ただ、今回はエミルの危機ということであえなく使っただけだった。
「う、うむ、そうか、そなたがそういうのならそうしよう」
今後、キリエルン王国ではキルス達を見習い、7日に一度休日としてエリエルに祈る日と定めたのは後の話である。




