第176話 幕引き
「キー君おかえり、どうだった」
「連れてきたよ。それで、今どんな状況?」
傍聴席に着くとニーナが素早くキルスを発見して教皇を連れてきたのかを尋ねてきたので、キルスは報告しつつ現在の状況を尋ねた。
「伯爵様が枢機卿と石碑についてやりあってるわよ」
キルスがこの場を離れて10分ほどということもあり、事態はそれほど変わってはいなかった。
「ですから、実際に石碑はあるのです。我が領地に存在していると、報告を受けております」
「その報告は果たして正しいのですかな。聞けば、その報告をしたのは、そこにおられる被告人の弟であるとお聞きしましたよ」
たしかに、石碑の報告をしたのはキルスで間違いはない、しかし、それをギルドが認めているという事実があり、それを伯爵は告げる。
「たとえ冒険者ギルドが認めたことであったとしても、スキルの石碑などというものは存在しません。私は長年教会に身をおき、エリエル様にささげてまいりましたが、ついぞそのような話は聞いたことはありません」
枢機卿ははっきりとそう告げた。
「それは、おかしいですね。我が教会では古来よりスキルの石碑について語られております。キンドレン枢機卿、あなたもご存知のはずですよ」
「な、何者……まさか、そんな」
枢機卿は突然妙なことを言い出した人物をにらみつけたが、その人物を見て目を見開かんばかりに驚いていた。
それはそうだろう、今枢機卿の目にはここにいるはずのない、聖教国にいるはずの人物、教皇その人が飛び込んできたのだから。
「あ、あなたは、そんなはずは、あなたは、聖教国にいるはず、さては、偽物!」
あろうことか、枢機卿は教皇の偽物が現れたと思ったようだが、こればかりは仕方ないだろう。
「いいえ、私は本物ですよ。先ほど転移スキルによりこちらにやって来たのですよ。これが証拠です」
そういって、教皇はキルスが出したように教皇だけが持つことが許されている紋章を取り出して見せたことで、この場にいる全ての者たちが信じることとなった。
というのも、これを偽ることこそエリエルに対しての大罪となり、教会より断罪されるからだ。
だからこそ、これには多くの人間が驚いた。
そうなると当然、この場にいたすべての人物がその場で跪いた。
それは、裁判をしていた面々はもちろん、キルス達やカテリアーナも全てである。
「教皇猊下、なぜ、このような場所に」
最も驚いたのは言うまでもなく枢機卿であった。
枢機卿は、コリアット侯爵から金をもらい教会で語られてきたスキルの石碑など、存在しないという証言をしていた。
それは、当然神であるエリエルそ行いを疑う行為であり、聖教会としても許されることではない。
「キンドレン枢機卿、あなたには後でお聞きしたいことがあります。では、私はここで失礼しますよ」
そういって、教皇はその場を後にした。
「ご、ゴホン、えー、裁判を続けます。先ほど、教皇猊下によりスキルの石碑は存在するというお言葉を頂きました。よって、バラエルオン伯爵がおっしゃっるように、被告人の弟、キルスが石碑によって転移を習得したものと認めます」
枢機卿よりも上位の存在である教皇が認めたことで、裁判長を務めるブリューゲル侯爵がバラエルオン伯爵の言い分を認めたのであった。
「ぐぬぬっ」
コリアット侯爵は悔しそうに歯を食いしばったところで、バラエルオン伯爵が手をあげて発言を求める。
「バラエルオン伯爵」
「はい、コリアット侯爵殿、これによりあなたの訴えは不可能となったのではありませんか」
「ぐっ」
そう、これまでバラエルオン伯爵とコリアット侯爵の応酬はあくまで被告人となっているエミルが、どうやってバイドルから遠く離れたコラドールまで行ったのか、その方法である。
しかし、その前提が崩れたのだった。
これで、ほぼエミルの勝訴は確実となっていた。
その後、バラエルオン伯爵は幼いエミルがいかにして石鹸の製法を見つけたのか、それからエミルが苦労して研究を重ねた結果として、今のエミル石鹸が出来上がったことを説明したとにより、判決が下されることとなった。
「被告人エミルの判決は無罪とする」
「やった!」
「おしっ!」
キルス達家族も、エミル本人もほっとした瞬間であった。
「おめでとうございます。キルスさん、みなさん」
カテリアーナも喜んだ。
カテリアーナとしては、やはりこの事態となったのは、自分たちが他の貴族たちの前でエミルの石鹸を使用しその情報が漏れたことが原因だと思っているからだった。
「ありがとうございます」
これにて、エミル逮捕事件は終わり、その後すぐエミルは釈放されたのだった。
「おねえちゃん」
「エミル」
家族が帰ってきたエミルに飛びついた。
「みんな、ごめんね、心配かけたね。キルスも、ありがと、まさか、教皇様をお連れするなんて思わなかったわ」
「俺も、ここまでする羽目になるとは思わなかったよ」
キルスにとって教皇はまさに最終手段、出来れば使いたくないカードだったが、使わないとエミルが大変なことになる。そう感じたからこそためらいなくきることができたのだった。
「キルスさん、ご説明して頂けませんか?」
エミルの危機は去ったが、今度はキルスの危機となったのである。




