第175話 御使い様
シルヴァーの本気の空掛けにより、あっという間に1つ国を飛ばした他国へとやって来たキルス。
そのキルスは、あろうことかその地において最も豪華で大きい建物の中庭に降り立った。
「何者だ!」
そうすると、当然家主に雇われている護衛たちが飛んでくる。
真っ白な騎士鎧を身にまといし護衛たちは、一斉に剣を抜き放ちキルスとシルヴァーをあっという間に囲んだ。
「バウ?」
シルヴァーもどうするの? と聞いているが、キルスは全く動じていなかった。
「スリータ爺さんに逢いに来た。いるか?」
キルスはこともなげにそう告げると、騎士たちは一瞬何を言っているのかわからなかったが、すぐに理解し憤慨した。
「貴様! 教皇猊下に対して、よりにもよって爺さんだと!」
教皇、それは宗教にとっては最高指導者の肩書。
そう、キルスが言った爺さん、スリータ・フォン・ヒルデン・エリアータとは、この世界において神エリエルを信仰する聖教会のトップの名である。
そんな人物を捕まえて爺さんなどと気安く呼べるのはいない、たとえ、本当の孫であったとしても教皇猊下と呼ばなければならないからだ。
つまり、教皇を爺さん呼び出来る人物は存在しないということだ。
「ああ、そっかこれを出さないとわからないか」
相手の憤慨を見てキルスはあるものをまだ見せていないと思い直した。
「悪い悪い、えっと、ああ、あった、これだ」
そういって、キルスがマジックストレージから取り出したのは、大きなアミュレットの着いたネックレス、そして、そのアミュレットには紋章が刻まれており、その全体の色は銀色のように見えるが、ブラックゴールドである。
「そ、その紋章は? なぜ、貴様が、それを?」
騎士が困惑する。というのも、キルスが持つ紋章は、エリエルを象徴とするもので、それを持つことが許されているのは教皇のみとされているからだ。
しかも、教皇が持つアミュレットの色はイエローゴールドに対して、それよりも価値があるとされているブラックゴールドを使ったアミュレットをキルスが持っているのだ。
「ま、まさか……!!」
先頭に立っていた騎士がアミュレットを見てから少し考えて、思い至ったのかその場で剣を仕舞い、跪き両の手を合わせ祈るポーズをした。
「控えよ!」
そして、すぐに困惑している他の騎士たちの命じた。どうやら、彼は彼らの長のようだ。
実際その言葉を受け、全ての者たちが同じように跪いた。
「ご無沙汰しております。キルス様、余りにご立派になられたことで、気が付かず申し訳もありません」
「ああ、気にすることはないよ。えっと、あったことが?」
キルスは目の前の騎士に見覚えが無かった。
「はっ、8年前御身の元へ教皇猊下が向かわれた際、護衛としてお供をいたしました。といっても、当時はまだ一介の聖騎士に過ぎませんでしたが、現在は団長の地位を預かっております」
「ああ、なるほど、まぁ、8年だからな、当時俺は7歳あの頃と今を結びつけろって言う方が無理があるか、んで、爺さん居るか、ちょっと緊急事態なんだけど」
「はっ、居られます。すぐにご案内を」
「ああ、頼む」
こうして、聖騎士団長とともにキルスは家主である教皇の元へと向かった。
これで分かったと思うが改めて、ここはこの世界で大半の人間が信仰している宗教である聖教会の総本山で、エリアータ聖教国、聖都エリエルにある教皇の宮殿であった。
そして、なぜ、そんな宮殿にキルスがこんな気安く来れたのか、また、こんな簡単に教皇に会えるのかなどの疑問は教皇の言葉で解消されるだろう。
「おおっ、これは、これは御使い様、よくぞおこしくださいました。ご立派に成られましたな」
御使い、これはキルスの教会での立場である。
教皇はキルスに対して跪きつつそういった。
キルスの立場とは、教皇ですらこうなるものである。
というのも、キルスは前世の記憶があり、転生の際エリエルと出会い助けられた。
そのことを、キルスは家族をはじめ、教会にも話していた。
すると、教会もさすがに手に負えないと上、つまり教皇に報告した。
実は、バイドルでキルス達をいつも暖かく向かえてくれるシスターは、教皇の孫娘だったりするが、これは完全なる偶然だった。
報告を受けた教皇はすぐさま自らバイドルに赴きキルスと面談、そして、キルスに御使いという地位とアミュレットを授けたというわけである。
尤も、キルス本人としては、御使いというより、むしろ逆だろうと思っていることは言うまでもないだろう。
なにせ、エリエルがキルスの恨み、憎しみを取り除かなければ、この世界に仇なす魔王、もしくは邪神となっていた可能性があり、そうなるとこの世界を滅ぼしていたかもしれないからだ。
「まだまだだよ。それで、今回はちょっと頼みがあって来たんだ」
それから、キルスはエミルが逮捕されてから、裁判での出来事を説明した。
「……なんと、申し訳ありません。まさか、枢機卿がそのような。畏まりました、すぐに出向きましょう」
「頼む」
キルスはそういって教皇に頭を下げるのであった。
それから、教皇はすぐに出立の準備を整え、先ほどの聖騎士団長以下3名を引き連れて中庭にやって来た。
「じゃぁ、いくぞ……転移」
行きはシルヴァー、帰りは転移でキリエルン王国王都まで帰ってきたキルスであった。
「キルス、帰ったか、おお、お初にお目にかかります。教皇猊下」
キルスが転移した先にいたのはフェブロとゾロテス、実は今回帰りの転移先として王城内を選んでおり、フェブロにゾロテスを通して許可を得ていたのである。
そうして、待っていたフェブロは当然キルス達から聞いていた通り教皇がやって来たことに驚きつつも、すぐに跪いた。
「あなたはキルス様のお身内、そのような真似をする必要はありませんよ」
教皇はフェブロに対して優し気な表情でそういった。
「えっと、ゾロテス後を頼んでもいいか?」
「あ、ああ、わかった。しかし、キルス、お前は一体?」
何者なんだ。ゾロテスはそう問いただしたかったが、今はその時ではないとすぐに教皇を案内し始めた。
「あとは、任せるしかないか」
「そうだな。しかし、話には聞いていたが、まさか、教皇猊下をこのようなことに使うとは、とんでもない孫じゃな」
「ははっ、俺もそう思う」




