第173話 裁判開始
エミルが逮捕されて数日、その間キルスは行われる裁判の準備をしていた。
そして、当のエミルはというと国軍兵士の護送馬車にて王都へと連行されて、現在は拘置所にて留め置かれている。
裁判当日。
キルスは家族全員を王都に連れてきて裁判所の傍聴席に並んで座り、行く末を見守っている。
「おねえちゃん、大丈夫かな?」
キレルが不安そうにつぶやいた。
「大丈夫だ、準備はしたし、伯爵様ならきっと姉さんを助けてくれる」
「うむ、そもそもエミルは無実だ」
「そうね」
「きっと、大丈夫だよ」
「うん」
キルス、フェブロ、レティア、ファルコと続いてキレルを慰めるが、それらは自分にも言い聞かせる言葉でもあった。
家族全員が不安なのであった。
エミルが被告人席に現れると会場が湧いた。
というのも、やはりエミルが絶世の美女だからだろう、同時にキルス達家族以外の傍聴者はなぜあんな美人がなどとつぶやいていた。
「これより、裁判を始める」
そうこうしていると今回裁判長を務めるブリューゲル侯爵が、厳かな声でそう告げたことでエミルの裁判が始まった。
「原告コリアット侯爵、貴殿の訴えは、被告エミルによる機密情報の窃盗で相違ありませんか?」
「間違いありませんな」
それから、ブリューゲル侯爵により具体的な内容が説明された。
曰く、コリアット侯爵が後ろ盾をしているヘルフェリア商会秘蔵である石鹸の製法をエミルが盗み出し、製造販売をしているという物であった。
「……以上で間違いありませんかな?」
「ええ、間違いありません」
コリアット侯爵は自信満々にそういった。
「では、被告エミル代理人、バラエルオン伯爵、コリアット公爵の訴えに言い分はありますかな?」
今度は被告人側であるバラエルオン伯爵に何か反論はあるかと尋ねる。
「もちろん、コリアット公爵の訴えは全て言いがかりであり、間違っております」
バラエルオン伯爵がはっきりとそう告げたことで、その場にいた人々に軽い動揺が走った。
「根拠をお聞かせ頂けますかな」
「はい、まずエミルは我が領地であるバイドルの生まれです。そしてコリアット侯爵の領地コラドールとは遠く離れております。平民であるエミルではまずその距離を移動することは不可能です」
これには誰もが納得した。実際コリアット公爵の領地とバイドルを移動するとなると、馬車を用いても2ヵ月はかかる距離で冒険者ですら移動しようとは思わないだろう。
「コリアット侯爵、これについてはどうお考えですかな?」
これにはブリューゲル侯爵も納得できるものであり、これを覆すような物があるのかとコリアット侯爵に尋ねた。
「うむ、確かにバラエルオン伯爵殿がおっしゃるようにその娘の住まいと我が領地は離れております。ですが、私の調べでは、その娘の弟は冒険者であり、魔狼王たるフェンリルを従魔にしていると聞き及んでおります。そして、フェンリルには空掛けなるスキルを有しており、そのものはどんなに遠く離れた場所にも短い時間にて移動できるとある」
つまり、キルスとシルヴァーであれば距離など問題ないというのであった。
これには、当然バラエルオン伯爵もキルス達も想定内の物である。
なにせ、キルスがエミルの弟であることは調べればすぐにわかることであり、なによりシルヴァーの存在もまた目立っているのですぐにわかることだからだ。
「バラエルオン伯爵」
「確かに、エミルの弟であるキルスは冒険者であり、その従魔はフェンリル、空掛けのスキルを有しコラドールへもすぐにたどり着けるでしょう」
ここでバラエルオン伯爵は言葉を切る。
「しかし、キルス本人と冒険者ギルドに確認したところ、キルスは貴殿の領地には一度も入ってはおりません」
これは事実で、キルスはコリアット侯爵の領地の近くであるトーライドやコーダスには言ったことがあるが、そこはトゥメイル辺境伯の領地である。
「コリアット侯爵」
「それは、どうとも出来ること、聞けば冒険者は街を移った場合移動報告をするとなるが、実際にその報告をしない場合もあると聞き及んでおる。なら、そのものが報告をしていない可能性もあるのではないですかな」
コリアット公爵の言も事実である。実際に移動報告をしない冒険者も多くいるからだ。
「バラエルオン伯爵」
「確かに、そのような者もいるのも事実、ですが侯爵殿、先ほどキルスが従魔にしているフェンリルの話が出ましたが、フェンリルは大きな魔狼、あのように目立つ魔物が街に入れば嫌でも目立つのではありませんか。となればギルドなら報告を受けるまでもなくわかるというものです」
伯爵がいうように事実として、キルスはカルナートのウオニースに行ったとき、ギルドに報告はしなかった。しかしウオニースではキルスが街に滞在した事実を把握していた。
「コリアット侯爵」
「う、うむ、そ、それはそうではあるが……」
コリアット侯爵もさすがにたじろいだ。
「し、しかし、フェンリルには縮小化というスキルもあると聞く、それを使えば目立つことなく街に入れるのではないか」
コリアット侯爵はよく調べており、シルヴァーに縮小化スキルがあることもつかんでいた。
「バラエルオン伯爵」
「確かに、私もキルスからそのようなスキルがあることも聞いております。しかし、縮小化というスキルは、本来の山程の大きさを持つフェンリルが馬車程の大きさになれるというスキル、目立たないほどの大きさになれるという話は聞いてはおりません」
バラエルオン伯爵の言う通り、もしシルヴァーが目立たなくなるほどの大きさになれるのであれば、最初からその大きさで生活するだろう。
なにせ、今でも十分に大きいからだ。
「また、これはバイドルを任せている代官が街の者達から聞き出したことですが、そもそもの話として、エミルが石鹸を作り始めたのは10年前、当時エミルは9つ、キルスは5つの時分であったとのことです」
これを聞いた傍聴席や裁判長を務めるブリューゲル侯爵は驚いた。
「キルスがフェンリルを従魔にしたのはつい先日、冒険者になってから、当時はまだ従魔など居りませんでした。これは代官より確認しておりますので間違いありません」
「コリアット侯爵」
「ふむ、なるほど、しかし、伯爵殿私はある情報を得ている。それはそのキルスなる者は転移という能力を持っているという事実、これを使えばフェンリルなどを使わずとも我が領地へ来られるであろう」
これにはこの場にいた全ての人物が驚いた。多くが転移という能力が存在しているのかという驚きで、キルス達はなぜそれをコリアット侯爵が知っているのかということである。




