第122話 披露
キルスと伯爵が話をしていると、不意に扉がノックされた。
それにはキルスも伯爵も気にせず、セライスが対応する。
「旦那様、奥様のお着換えが完了したそうです」
「おお、終わったか、すぐに通せ」
「畏まりました」
ということで、セライスが扉を開け外にいる人物を招き入れた。
「おおっ、それが、新しいドレスか!」
セライスに促されて中に入ってきたのは当然だが伯爵夫人である。
「あなた、いかがですか?」
「ああ、とても美しい、俺にはもったいないぐらいだ」
伯爵はそういって妻をたたえた。
だが、この時キルスは伯爵婦人に違和感を覚えた。
(んっ、あれっ、えっと、ん)
だが、その違和感の正体がわからない。
「ふふっ、ありがとうございます」
「どうだ。キルス、我が妻、エリーゼは?」
伯爵は妻を自慢したくなり、近くにいたキルスに尋ねた。
キルスとしては、それを言われてもと思いながらも応えないわけにはいかなかった。
「はい、お似合いです。奥様」
「そうだろう、そうだろう、さぁ、エリーゼ、こちらへ」
「はい」
伯爵に言われエリーゼは伯爵の近くへと歩いていく。
(ああ、そういうことか)
ここで、キルスは突然エリーゼの違和感の正体に気が付いた。
「玲奈の仕業か?」
「ふふっ、いいでしょ。あっ、言っておくけど、道具は奥様のを使ったよ」
「そ、そりゃぁ、そうだろうな」
玲奈は転移してきたとき手ぶらというわけではなかった。
鞄を持っており、その仲には化粧道具も持っていた。
といっても、それは小さなポーチに収まるほどのものしか持っていなかった。
そして、この世界では手に入らない貴重なものとなる。
そのためもし、玲奈の物を使っていれば、間違いなく面倒なことになる。キルスはそう感じていた。
「ふふっ、いかがです。あなた、このメイク、玲奈さんにしていただいたのですよ」
そう、違和感の正体はメイクであった。
この世界のメイク技術は低い、それは道具の進歩がないことや、技術を伝えることが困難なためである。
それに対して、玲奈やキルスがいた現代日本では、道具の進化はもちろん、ネットで情報が流れたりしているために、進化が早い。
また、玲奈のように高校生などでも普通にメイクをしているので、このようにエリーゼを変身させるには十分な儀実を持っていた。
「ほぉ、その若さでか、一体、どこでそれを?」
ここで、伯爵はしまったと思った。
先ほどキルスから玲奈は転移してきた異世界人であると聞かされた。
それはたとえ愛する妻でもここで話すわけにはいかない事実であるからだ。
「えっと、そうですね。母とか、友人ですね」
「まぁ、あなたのお母さまは素晴らしい方なのですね」
「い、いえ、そんな、普通ですよ」
その後、エリーゼはターナーが差し出したドレスをすべて試着し、その度に伯爵へと披露していき、その度にメイクも変えていった。
そうして、最後のドレスとなったわけだが、そのデザインにキルスも驚いた。
なぜなら、そのデザインは明らかに着物をイメージしたものだったからだ。
「おおっ、今度のはまた、ずいぶんと変わったデザインだな。いや、とても美しい」
「「「ありがとうございます」」」
着物のデザインを褒められたことで、思わずキルス、玲奈、幸の日本人3人がお礼を言った。
(俺は、余り、着物には興味がなかったけど、いざ褒められると嬉しいものだな)
キルスは内心そう感じていた。
「ええ、わたくしも気に入っております。こちらはどんなデザインなのでしょう」
「はい、これは、私たちの故郷の民族衣装をモチーフにしたものです」
「故郷の? まぁ、ぜひ見てみたいわ」
自分が来ている衣装の元となった着物もぜひ見てみたいとエリーゼは玲奈たちにお願いした。
「えっと、さっちゃんいいかな?」
この中で着物を持っており、尚且つ切ることができるは幸だけである。
「はい、分かりました。えっと、キルスさん」
「おう、ちょっと待ってくれ……えっと、確か、ああ、これだな」
キルスはマジックストレージから幸から預かっていた着物を取り出した。
「ありがとうございます。では、着替えてまいります」
「うん、お願い」
「それでは、お部屋にご案内いたします」
そういって、幸はメイドに案内されて部屋を出ていった。
「ああ、そうだ、先に言っておきますが、幸が持っているものは、一般庶民が着るものですので、地味ですよ」
「そうなのですか?」
「ということは、貴族などなら派手なものとなるのか」
「そうですね。派手といってもそこまでではないですけど、高いものはすごく綺麗ですよ」
玲奈はかつてテレビで見た高い着物を思い出していた。
「見てみたいものだな」
「ええ、どうですね」
それから数分後、着替えた幸が戻ってきた。
「お待たせいたしました」
そういって、部屋に入ってきた幸はその場で正座をして三つ指を着いたのである。




