第105話 シュレリーとシルヴァ― 後編
「バウ、バウ、アウン」
「あははっ、くすぐったいよ、シルヴァ―ちゃん」
シュレリーの顔を舐めるシルヴァ―。
ここで、心配が生まれる。
シュレリーの化粧は大丈夫なのかというものだ。
しかし、安心してほしい、この世界において化粧というものは王侯貴族しか出来ず、平民は基本すっぴんである。
もちろん、ある程度整えるなどのものはあるが、ほとんど何もしていないのと同じである。
というわけで、シルヴァ―がいくらシュレリーの顔を舐めても、問題ないのだ。
そんなシュレリーを見ていて、別の心配をする人物がいた。
シュレリーの同僚であり、シュレリーほどではないが、これまた美女であるカレンだ。
シルヴァ―は縮小化のスキルを使用しているとはいえ、体長3mは越える巨狼だ、そんな者が友人であるシュレリーにじゃれついているのだから、心配するなという方が無理があるだろう。
「ちょ、大丈夫なの」
「あははっ、うん、大丈夫よ。シルヴァ―ちゃんはいい子だからね。ほら、カレンも撫でてみたら、フワフワしてるわよ」
「えっ、えっと」
「フワフワ、ねぇ、シュレリー、わたしも撫でてみていいかな」
そういったのは、いつの間にか厩舎にやってきていた受付はやっていない女性ギルド職員で、シュレリーと仲のいいロレッタであった。
「いいわよー、ねぇ、いいよね。シルヴァ―ちゃん」
「アウン」
シルヴァ―はいいよ、と言わんばかりに頭を下げて撫でやすいようにしてきた。
それを見た、ロレッタと他の職員も恐る恐るシルヴァ―に近づきその頭などを撫でた。
「うわぁ、なにこれ、すごっい、ふわふわなんだけど」
「ほんと、なんで」
「うーん、わたしもわからないんだよね。帰ったらキルス君に聞いてみるね」
「お願い。わぁ、いいなぁ」
女性たちは明らかに自分たちの髪の毛や、獣人族であれば自身の尻尾などの毛並みに比べても、ふわふわで滑らかな毛並みに戦慄しつつもその感触を楽しんでいた。
「あっ、そうだ、シルヴァ―ちゃんにおやつ持ってきたけれど、食べる」
「バウ、バウバウン」
おやつと聞いて食べたいとはしゃぐシルヴァ―であった。
「ふふっ、はい、解体場から端肉だけれど、分けてもらったの。まぁ、キルス君のお父さんの様にはいかないけれどね」
キルスの父ファルコは料理人、そうであればシルヴァ―は普段その料理を口にしているとみても間違いない、そうなれば素人でしかないシュレリーが簡単にさっと日を通した肉で満足出来ないかもしれないと思ったのだ。
しかし、それは杞憂であった、シルヴァ―はシュレリーから与えられた肉をおいしそうに平らげたのだ。
「おいしい?」
「アウン」
シュレリーが尋ねると、シルヴァ―はおいしいと1吠えした。
「よかった」
「ちょっと、シュレリーずるい、あたしもあげていい」
「うん、もちろん、シルヴァ―ちゃんもこれじゃ足りないものね」
「アウン」
それから、シュレリー達はシルヴァ―を撫でたりおやつをあげたりしてつかの間の時間に英気を養ってから仕事に戻っていったのであった。
その後シュレリー達はちょっとした休憩の度に厩舎に向かいシルヴァ―と戯れていた。
そして、夕方となりギルドにとっては1日で最も忙しい時間となる。
というのも、冒険者は朝に掲示板から依頼を取り、夕方に大体戻って報告をするからだ。
まさにそんな時間となり、シュレリーも気合を入れた時であった。
「大変、シュレリー、大変よ」
ギルドの裏口から先ほどシルヴァ―の元に行こうとしたロレッタが慌てて室内に飛び込んできた。
「ちょっと、ロレッタ、何よ。急に驚くじゃない」
あまりのことに驚いたカレンがロレッタに文句を言った。
「それで、一体何が大変なの」
シュレリーも驚いたが、カレンが代わりに文句を言ってくれたために慌てている理由を尋ねた。
「シルヴァ―ちゃんが、襲われているのよ」
「えっ」
その瞬間シュレリーは理解ができなかった。
それはそうだろう、シルヴァ―が襲撃されるというのはあまりにもおかしい、シルヴァ―はギルドが管理している厩舎に預けている。
そこにいるということは、誰かの従魔であるということは明白、それが襲撃を受けるというのはありえないからだ。
「な、何を言ってるの」
「ほんとよ。早く来て」
ロレッタは戸惑っているシュレリーの腕をつかみすぐさまシルヴァ―の元へと急いだ。
「なっ、うそっ」
厩舎についたシュレリーは信じられないものをみた。
ロレッタの言う通り、シルヴァ―が今まさに攻撃を受けかけていたのだ。
「くそっ、効いてねぇ」
襲撃者の発言から、すでにシルヴァ―は攻撃を受けている模様だ。
「何をしているんですか!」
その様子を見たシュレリーは叫んだ。
これには、襲撃者もロレッタも驚いた。
シュレリーはおしとやかとか、おとなしいというわけではなく活発な人物ではあるがこうして叫ぶような人物でもなかったからだ。
「おっ、シュレリーじゃねぇか、見てろよ、すぐにこいつを討伐して……」
驚いた襲撃者であったが、すぐに気を取り戻して、シルヴァ―への攻撃を再開しようと剣を構え始めそういった。
「やめてください!……シルヴァ―ちゃん、けがとかしてない」
「アウン」
シュレリーは急いでシルヴァ―の元に駆け寄り、襲撃者とシルヴァ―の間に立ち、シルヴァ―にけががないか尋ねた。
それに対して、シルヴァ―は大丈夫とそういったが、キルスではないために何を言っているのかわからないシュレリーとしては気が気じゃない。
一方、ロレッタは冷静になり気が付いた、シルヴァ―の種族がフェンリルであること、そのフェンリルがこんな街の冒険者、しかもCランクの攻撃でけがをするわけがないということだ。
「おい、シュレリー危ねぇぞ」
状況が分かっていない襲撃者はシュレリーを心配して声をかける。
「なんだ、騒がしいな」
と、ここにギルドマスターがやって来た。
このギルドマスターはシュレリーの伯父でもある。その耳に姪の叫び声が聞こえたので飛んできたのであった。
そうして、早々に状況を理解し、ため息交じりにそういったのだ。
「あっ、ギルマス。見ろよグレイタスウルフだ、今、俺たちが討伐……」
パコン
「いってぇ、なにすんだ」
「何済んだじゃないだろうが、馬鹿野郎、ここを何処だと思っていやがる。ギルドの厩舎だぞ。そこにいるってことは、誰かの従魔だと思わなかったのか」
「えっ、いや、でも」
「こい、お前たちにはしっかりとした教育が必要だな」
「ちょ、あっ、ちょっと、待ってくれ」
こうして、襲撃者はギルマスに首根っこを捕まれて連行されていった。
シュレリーはそんなギルマスの様子を見た瞬間からシルヴァ―の体に怪我がないかをチェックしていたのである。




