98:失われた記憶②
“彼”は、一見すると何の変哲も無い、少し顔が良い位の平民に見えたそうだ。
ただ、彼がいた村は文化レベルが上がり、毎年豊作であったため、その手腕を聞きつけた側近が彼を王都に呼び、話をしたらしい。
そこで彼の叡智に驚き、王が直々に面会したらしい。
「彼は非常に優れた知恵を持っておりましてな。
それでいて自身の知識に傲らず、この城の書物も見せて欲しいと、それは知識欲の塊の様な者でしたな。」
王都に留まった彼は、日々貪る様に書庫に通い詰め、延々と本を読んでいたらしい。
その内に魔法の扱いも長けたが、やはりそれを振りかざすこと無く、静かに本を読んでは、新しい技術を創造して王に上奏していたらしい。
だが、ある日彼が鬼気迫るような様子で“他の種族の知識も得たい”と王に願い出た。
今にして思えば、彼がそう言いだしたのは王家秘蔵の蔵書室に入り浸るようになってからすぐのことだったかもしれない、と王は語る。
その様子をただ事では無いと感じた王は、騎士団の護衛を付けるかと彼に伝えたが、彼は“事を急ぐ”として、1人で各大陸にいるドワーフ族、獣人族、エルフ族、そして魔族の大陸にも渡ったと言う。
その旅立ちはあまりに早く、王に出来たことと言えば、彼に“王国の代表として、大使としての肩書きと証書”を渡すことだけだったという。
この世界でも、そこまで大きなモノでは無いが魔族とは小競り合いや衝突が絶えず、決して友好的とは言えなかった。
だが彼は、どうやったのかは知れないが、魔族を含む全ての種族と友好関係を結び、その知見を得たらしい。
らしい、と言うのは、それぞれの種族の使者が和平の証として王国を訪れた際に、彼のことを伝え聞いたからだと言う。
最後に魔族の使者が王国に来たとき、彼は“龍脈の地に向かう”と告げたらしい。
そこがどこだか解らず、援助を送ろうにも行方知れずと困っていたあるとき、大陸の中心、恐らくはこの世界の中心に、巨大な樹が出現した。
彼が何かしたのかも知れない、と、思った王は調査隊を送ったが、そこには恐ろしく巨大な樹があるだけであり、彼の姿はどこにも無かった。
結局、調査隊はめぼしい結果も残せないまま、引き上げてきたという。
「ワシとしても、彼には帰ってきて欲しいと思っておる。
この国に戻ったなら、どのような地位でも与えてやりたいと思うほどにな。
だから、彼を探している其方なら、同郷の者である其方なら、もしかしたら探し出せるやも知れぬと、期待してしまうのだ。」
王様は少し寂しそうに、そう言葉を締めくくった。
その夜は兵員用の宿舎に泊めてもらい、一夜を明かしながら聞いた話を頭の中で纏める。
本来なら各大陸に向かって彼の足跡を辿るべきなのだろうが、今回はどう見ても最終ゴールが解っている。
やはり向かうは世界樹だろう。
あそこで転生者に何かあった、或いは何かしたのは間違いなさそうだ。
王様に惜しまれながらも王国を出て、世界樹へ向かう。
既に見えているとは言え、大陸の中心まで移動するのはそれなりに骨が折れる。
道中砂漠を突っ切り山を登り山賊に襲われたりと、途中でも色々と問題はあったが、何とか巨木の麓にある森林までたどり着くことが出来た。
「この先は聖域。」
「人間族が何の用だ?」
森林に入った瞬間に、俺は囲まれていた。
囲んでいる集団は皆美男美女の細身、そして耳が尖っていた。
(おぉ!エルフ族ってヤツか!色々な世界を渡り歩いてたけど、初めて見た気がするな!)
ちょっと嬉しくなりながらも、囲まれている奴等をよく観察してみる。
小説やアニメに出て来たような、細身でスレンダー、耳が尖っているその姿は、俺でも解るエルフのイメージそのものだ。
あの“呪われた島戦記”の影響は偉大だなぁと、何故かそんな事を考えながら、この世界のエルフ族の姿を堪能していた。
「答えよ!」
あぁ、イカン、ちょっとトリップし過ぎた。
俺は慌てて自分の素性や、“危害を加えるつもりは無いこと”、“彼を探していること”を伝える。
「ほう、ならばますますここから先へは通せん。
“この地を荒らそうとする者はたたき出して構わない”というのが、他ならぬ“彼”の意志だ。」
囲んでいた男女複数のエルフが警戒を強める。
引かれていなかった弓も、矢をつがえ最大限に引き絞られ、俺に狙いが定まるのを感じる。
「解った解った、降参だ。先へは行かないよ。
ただ、1つ教えてくれないかな?」
まだ警戒は解かれない。
俺と会話をしていたエルフの男だけが、口を開く。
「答えられる事なら答えよう。
何だ、言ってみろ?」
「アンタ等、一族皆でここに来てるのか?」
質問は“彼”に関することだと思ったのだろう。
この質問は予想外だったようだ。
少し迷った後、“違う”と答えた。
「……ち、違う。
我々は一部の者を残して、この世界樹を移植した。
ここにはエルフ族全てが来ているわけでは無い。
我等の大陸には、まだ同胞が残っている。」
話をしているとき、彼の表情をずっと見ていた。
これでも、今所属している部署に配属される前は営業だったのだ。
人の嘘は見慣れてる。
「そうか、いや、変な質問して悪かった。
それじゃ、俺はこれで失礼するよ。」
世界樹の麓の森から離れ、次はどこに行こうかと悩む。
あのエルフ、話している間、考え込む間、チラチラと俺から見て左上に目線を動かしていた。
彼から見れば右上を見ていた事になる。
それはつまり、無意識で行ってしまう視線移動の内の“嘘をつくときの方向”だ。
それを見ていないと、営業は務まらん。
顧客が隠そうとしてる心理は何か?本当は何を考えているのか?
その辺を読み取らないと、生きてはいけない世界だった。
芸は身を助ける、とはよく言ったモノだ。
ならば、何故嘘をついたか、だ。
多分、一族総出でここに来ているのだろう。
では空いた地には誰がいる?
それを確かめて見るべきだろうか。
可能性、をずっと考え続けているときに、1つの仮説を思い付く。
あまりにも馬鹿馬鹿しい仮説。
しかも、それをする意味が俺には正直わからない。
ただ、“こういう時、意外に最初のひらめきってバカに出来ないんだよなぁ”とも思い直す。
往々にして、“振り出しにもどる”はあることだ。
そう思うと、俺は王国へと引き返す道を急ぐ。
いや、正確には王国から帝国側に向かう道へ、だろうか。
多分そこの何処かに、彼がいる。
……はずだ。
後を追うんじゃなくて、結論から逆算していこう。
我ながら冒険のロマンがまるでない事に苦笑しながらも、旅路を急いだ。




