97:失われた記憶①
転送が終わると、いつもの森の中にいた。
「マキーナ、アンダーウェアモード、ついでに周辺索敵してくれ。」
<アンダーウェアモード、起動。他、実行します。>
大分手慣れたものだ。
そう思いながら茂みをかき分け、よくある襲撃ポイントを目指すが、ジャングルのように鬱蒼と草木が生い茂り、とてもではないが進めない。
調子のるとすぐこれだよ。
諦めてやっぱりいつもの街道に向かうと、そこは石畳でしっかりと舗装された道だった。
……少し、文明レベルが高いのかな?
いつもは土を踏み固めただけの道なのだが、今回は違うようだ。
まぁ、もしこれが転生者の力なら、派手に知識をばら撒いているはずだから、有名人としてすぐに足取りは掴めそうだ。
街道から最初の村を目指す。
歩く途中、遙か遠方に巨大な山を見つける。
(あぁ、随分緑豊かな山だなぁ。)
元の世界でも、会社が入っているビルから、雨上がりのよく晴れた日などの空気が澄んだ時に、富士山が見えることがあった。
遙か遠方からでもわかる、威容を誇るその景色は、心に清涼感を感じさせる。
(しかし、あれ位高い山だと、普通は樹木が育たない環境だと思うんだけどなぁ?)
何処か富士山に似た景色と感じながらも、異世界の不思議さを感じていた。
「おや、また珍しい格好の人が来たね。」
村の近くで、畑を耕していたおじさんに声をかけられて驚く。
あの緑の山の事を考えながら最初の村に向けて歩いていたら、気付けば村の入口近くまで到着してしまっていたようだ。
「あ、すいません、その、迷いまして。」
我ながらしどろもどろだ。
ただそれでも、おじさんは穏やかに笑うと、“おや、貴方も彼みたいなことを言いますな”と笑う。
直感的に、転生者の事だと思う。
早速、情報が引き出せそうだ。
おじさんに“その人を探している”と伝えると、もうじき暗くなるから、今夜はウチに泊まって行くと良い、と、穏やかに勧めてくれた。
転生者の善行を食い潰している感もあるが、今は頼るしかない。
有り難く申し出を受けさせて貰い、せめて出来ることがあればと、暗くなるまでの間、畑仕事や農具の修繕などを手伝わせて貰った。
その日の夜に、この辺りのことを色々聞いた。
かつて、俺のような“あまりこの辺では見ない服装”の男性を助けたこと。
その男性が色々と知識を教えてくれて、この村の収穫が増えたこと。
その噂が広まり、王都に呼ばれて向かったこと。
王都でも色々と革命的な知識を披露し、かなり発展に貢献したとのこと。
他にも色々と教えてもらったが、彼に関連しそうなことはそんな所だろう。
そういえばあの緑の山に関して聞いたところ、何でも数年前にあの緑の山が突然出現したらしい。
しかも、数年前にあの緑の山が出来てからは不作になることがなく、今は村人も飢えること無く過ごせていること、あの緑の山は実は1本の木で、人々は世界樹と呼んでいること等を教えてもらった。
やっぱりファンタジースゲえなぁ、と、思いながら、何となく頭の中で“inspireでthe next”な、あの製作所グループの歌が流れていた。
歌うのは何かマズい気がするので、ここでは控えたいところだ。
そしておじさんは最後に、彼が色々と終えてまたこの村に戻ってきたら、息子にしたいと笑っていた。
俺としても、世話になったこのおじさんに協力したい。
彼の行方を追って王都に行く旨を伝えると、それならと通行証と入国目的の書状を書いてくれた。
存外に博識な人だったようだ。
一応、名前は“エル”という方か聞いたが、違うと言われた。
やはり、あのエルという老人は他の世界ではいないのだろうか。
寝床も提供して貰い、眠りにつく前に考える。
この世界では転生者は真面目に頑張っているらしい。
ただ、あの自称神様の悪意がある。
何とか、取り返しが付かなくなる前にアイツとの接続を切りたい。
そんな事を考えていたら、いつの間にか眠っていた。
目覚めると、既に太陽は高く上っていた。
ちょっと寝過ごしたなぁと思いながら、おじさんに礼を言って始まりの村を後にする。
流石に、ある意味通い慣れた道だ。
夕暮れには城門まで到達していた。
衛兵に通行証と書簡を見せると、突然態度が変化する。
「おぉ!君はあの勇者様と同郷で、彼を探しておられるのか!
ならば急ぎ城へ行かれるが良い。
馬車も用意させよう!」
衛兵が従者らしき人に合図すると、従者らしき人は駆け出す。
暫くすると、馬車を連れて戻ってきた。
「王宮にもご報告しておきました!」
「ご苦労!
……さて、勢大殿、是非王にお会い頂きたい。
貴方のような方を、我々は探しておったのだ。」
話がうますぎるとは思うが、俺にあまり選択肢は無い。
これが罠なら食い破る位の覚悟は必要だろうし、それもまた一興と動じない心で挑むしか無い。
ブルーベリー柄のツナギを来たイイ男も、“男は度胸!何でも試してみるもんさ!”と言っていたしな。
礼を言うと馬車に乗り込む。
覚悟は決まった。
待ってろよ王様。
……いや、俺の意気込み返して貰って良いかな?
完全に気持ちが空振るくらい、何事も無く食堂に通される。
長いテーブルの端に王が座っており、優しい笑顔で席に着くように手招きしていた。
うわ、どうしよう、俺フランス料理のマナーとか知らんのだけど。
元の世界でも、こんな食事会に招かれることなど無い。
あって取引先の立食パーティーくらいなもんだ。
どうしようかと躊躇っていても、屈強な執事に肩を掴まれ、あれよあれよと末席に座らされる。
ただ幸いなことに、コース料理、と言うわけで無く、1つの料理を給仕が取り分けていた。
周りの人の様子を伺うと、手づかみで食事をしている。
よく見ればスープ類などを除き、手で取りやすい料理ばかりが並んでいる。
あ、そうか、フォークとかナイフが普通に使われ出すのは、近代以降の話だったな。
ちょっと安心する。
「其方が彼を探しているという、異郷の者か?」
王様から声をかけられる。
この場合、直答して良いか凄く悩む。
「……ご安心下さい。
今こちらにいらっしゃるのは王の近しい御身内の方のみです。
また、直答で良いと確認は取っております。」
屈強な執事が、そっと耳打ちしてくれる。
ありがとう優しい執事さん!
見た目怖いけど、スッゴい気配り上手!
ただ、それでも場の空気に飲まれている俺は、“さ、左様でございます”と発言するので精一杯だ。
ちゃうねん、どんなに体を鍛えても、根は小市民やねん。
こんな王宮の食事会とか、体験したことないねん。
「フム、本日はいつもの食事しか用意できなかった故、口に合わなんだら容赦して欲しいのぅ。」
めめめ滅相も無い!!
おおお美味しゅうございますよ、ホントに!!
何処に食事が入ったかわからないくらい緊張する食事だったが、デザートが出る頃には少し落ち着いていた。
そんな俺を見計らったかのように、王は色々と話してくれた。
いなくなった、彼のことを。




