96:そして、また
『おーい、聞こえないかー?』
あれから1~2分くらいは呼びかけただろうか?
結局、気持ち悪いうめき声や叫び声を上げるだけで、何一つ会話は出来なかった。
彼のスキル、“清潔”を受けたときに、マキーナも自動起動していたらしいが、相手がこうなってはもう変身している意味も無い。
もう一度変身を解こうとしたときに、ふと思い付く。
『マキーナ、これ何とかならないか?』
<対象のスキルに割り込みをかけています、今しばらくお待ちください。>
待機モードやアンダーウェアモードのマキーナは能力制限が酷いが、この通常モードのマキーナは結構出来ることが多い。
そう思いマキーナに相談してみたが、案の定だったようだ。
しかしマキーナ先生でも時間がかかるとは、遂にこの転生者君も、自分のスキルを把握して使いこなしだした、と言うことかな?
<いいえ、アナタの記憶データが膨大すぎて、彼の現在位置の特定を困難にしているだけです。>
あ、僕のせいですかそうですか。
「あの……、結局シンはどうなっちゃってるワケ?」
短剣使いの少女が、僅かに警戒しながらも俺にそう聞いてくる。
一応、“介抱してやろう”というこちらの気遣いが伝わった、と言うことだろうか。
今はアリス、だったか。
元アルスル王女様で、多分変態王子と、この転生者君の両方から記憶の改竄を受けて人格や口調まで変わってしまった、ある意味この世界で一番不幸な女性。
そう理解できてしまった今となっては、この少女にはあまり横柄な態度には出たくなくなる。
『あー、そうだねぇ、さっきコイツが言ってた通りなんだが、多分“清潔”って、お互いの過去の体験を丸ごとコピーして、その体験から身に付けた技術を盗むって技みたいなんだよね。』
彼の記憶を体験して解ったのは、この“清潔”関連の技は俺には使えない、と言うことだ。
これはユニークスキルとして彼に備わっているモノであり、仮に俺にも既に“清潔”スキルを持っていれば同じ事が出来る。
彼はこの“清潔”という単語からイメージを膨らませ、言葉の範囲内を無理矢理膨らませて改変スキルとして運用していた。
その膨らませ方も解ったし、どうすれば良いかも解るが、そこまでだ。
根底の“ユニークスキル”が無いため、俺に使われる心配は無いわけだ。
だから彼は諸刃の剣の筈の“クリアランス”を使ったのだろう。
始めから俺には使えないことを見越していたわけだ。
そして俺の技は単純な時間と努力の結果だ。
そう聞いたからこそ、彼は盗もうと思ったのだろう。
ただ、唯一の誤算は“それにどれだけの年月をかけたか”が、彼の想像を遙かに上回っていた、と言うことだろう。
彼の記憶を体験したからこそ解る。
結局彼は最後まで、俺が神様からチートスキル的なモノを貰い、その上で1~2か月ちょこっと努力したら出来たのだろう、と思い込んでいた。
まさか2億年近くかけていたとは、思いも寄らなかったようだ。
『……だからね、俺がこの力を得るまでにかかった時間を、丸々体験してると思うんだよね。』
「……それは、どれくらいの年月なの?」
『ざっと2億年くらい。……細かく言うなら確か、1億と、8,750万年とかだったと思うよ。』
少女2人が絶句するのが解る。
止めて、その変人を見る目を止めて。
<“5”回目で発見しました。サルベージを行います。>
5回目って事は、1ターム300年×1回500ターム×5回で、多分75万年位か。
中々体験したな、コイツ。
「がはぁっ!はぁっ!……はぁ、はぁ。」
息を吹き返して咳き込み、怯えながら辺りを見回す。
俺の姿を見ると、“ヒィッ!”と叫んで頭を抱えて蹲る。
マキーナに起こされてから蹲るまでの間に、彼の髪は一瞬で白くなっていた。
……そこまで酷い体験かな?
「な、何なんだよアンタは!!何であんな体験をして、そうしていられるんだよ!!バケモノめ!!」
怯えきり、少女に隠れるようにしながら叫ぶその姿は、何故だか俺よりも老けて見える。
『何なんだ、と言われてもな。俺は俺だ。
名前は田園 勢大、お前と同じ、ただの人間だよ。』
「……あれが、あんな事を耐えられるヤツが、人間の訳あるかッ……!」
すっかり怯えさせてしまったようだ。
全く、ホントに人の話を聞かないヤツだな。
『耐えられるんだよ。……人間、目的があれば大抵の事は耐えられる。』
そうだ。
この世界で更に、俺は元の世界に帰ると強く誓った。
記憶を巡る不幸な例を見た。
俺に残ったモノ、失わないように何度も何度も定着させ続けたこの記憶は、良い事も悪い事も、辛い事さえも、俺だけの物語、俺だけの人生だ。
ある意味で、ソレを思い出させてくれたコイツには感謝を……いや、やっぱりそれは無いな。
『で、どうなんだよ?俺に権限を委譲する気にはなったか?』
「する!するから、もうここからいなくなってくれ!」
あらら、怯えさせすぎた様だ。
それでも、今回は俺は悪くないだろう?
コイツが勝手に俺の記憶を覗き見て、それで勝手に怯えただけだ。
ただまぁ、このままって訳にも行かないか。
先程の言葉がきっかけになったのだろう。
権限の一時委譲が行われ、俺の目の前にこの世界の情報が表示される。
慣れた手つきであの神様モドキとの接続を切りつつ、転生者君に声をかける。
『一応、関与した全ての転生者には聞いてるからお前にも聞くが、どうする?元の世界に戻るか?』
まぁ、この手のヤツだと泣いて元の世界に戻りたいと言うかな?と考えていたが、回答は意外なものだった。
「俺……アンタの人生に触れたからとかじゃねぇけど、バカやった自覚は出来たし、もうなんか、疲れちまったよ。
……だから、この2人の記憶改竄も修正して、もう一回王都に行って謝りたい。」
『……まぁ、それが君の選んだ道なんだろうからな。
俺は何も言わんよ。』
死ぬだろうな、と思った。
やらかしたことの規模が酷すぎる。
いくら王国には召喚した後ろ暗さがあったとしても、コイツは王族にケンカを売っている。
しかも、俺がこちらに来てから内乱も起きている。
最早コイツを殺す以外に、この混乱を沈静化させる目処も立たないだろう。
それでも、本人もそれを望んでいる節もあるし、これはコイツの選んだ道として、尊重するべきか。
最後の接続遮断を実行する前に思い悩んでいると、森の中から人の気配を感じた。
「おや、急いできてみれば、もう終わっているようだねぇ。」
アールと呼ばれていた魔女の老婆が、ゆっくりとした足取りでこちらに向かってきていた。
転生者は既に何をするという気力もなさそうだったが、少女2人が警戒したため、こちらの味方だと伝える。
『やぁ、助かりますよ。
“まるで狙ったようなタイミングで出て来た”ことは、言わないでおきますがね。』
実際そうだろう。
強かなこの老婆は“それなら後はこちらで何とかしようかねぇ”と笑うだけだった。
『貴女なら、もう少し良いやり方が出来たんじゃ無いですかね?』
根拠は無かった。
ただ、何となくそんな感じがした、と言うだけだ。
それでも、老婆には効果があったらしい。
「そうもイカン、ワシは転生者の物語に関与できないようにされておる。」
表情の消えた顔でそう呟いた事を、聞き逃さなかった。
ただ、それを追求する空気にはさせてもらえなかった。
「しかしお主、中々面白い体術を使うのぅ。
いつか、本当のワシと戦ってみたいものじゃ。
こう見えて本当のワシは、武術に自信のある男での。」
何を言っているか解らなかったが、何処かで聞いた様な話だった。
まぁ、それは遠慮させて貰い、後のことをお願いして、この世界とあの神様モドキとの最後の接続を切った。
「これは餞別じゃ。」
老婆の指先から放たれた光が、マキーナに吸収される。
「いつか、“あの存在”と対峙するときのために貯め込んでいたエネルギーの一部じゃ。上手く使うと良い。」
<システム、追加アップデートしました。余剰エネルギーの獲得、拡張機能が追加されました。>
マキーナに蓄積されたエネルギーが、数百万ポイント貯まったと表示していた。
望外な結果だ。
ただ、その事にお礼を伝える前に、俺の体は光に溶けていた。
もう、あの世界に俺が何か出来ることはない。
出来ることと言えば、転生者の無事と、世界が平和になることを祈るだけだった。




