94:シン・シュウツ
自らの力で傷を治し、俺に演説をかましていたこの転生者君が、座っている俺よりも小さく見える。
実際には彼は立ち上がっていて、俺は座って見上げている。
それでも、彼の小者感が、実際の彼よりも遙かに小さく見せていた。
「前世では何歳だった?どんな最期を迎えた?神様モドキにあったか?今世ではどんな目にあった?
色々聞きたいことはある、……いや、あった。
君とこうしてちゃんと話せるなら、何を話そう?求めるモノはなんだろう?色々考えた。」
真っ直ぐに彼を見据え、想いを伝える。
「ただ、もういい。ここに至るまでで、先程の会話で。
……もう、大体わかった。
俺から君に求めるのはたった1つ、“サッサと俺に権限を一次委譲してくれ”って事だけだ。
この世界を壊さないように手配してやるから、後は好きにしてくれ。」
彼のような人間には、暴力よりもこちらの方がよっぽど堪えたのだろう。
額に青筋が浮かび、顔を真っ赤にしながら小刻みに震えている。
「よ、よくも言いたい放題言いやがったな……。
お前だって、貰ったチート能力で弱いモノに暴力振るって悦に入ってるだけじゃないか!」
「うるせぇなぁ。
お前と討論する気はもうねぇんだよ。
……まぁ、少しだけ勘違いを正しておいてやるか。」
立ち上がり、転生者君と目線を合わせる。
決定的に、完膚無きまでに、交渉決裂する事になると理解している。
これでこの後“ハイそうですか”と権限委譲してくれるとはとても思えない。
っていうか、逆にそうなったら怖い。
だがそれでも、この少年には無性に腹が立っていた。
自分は被害者だからと復讐を笠に着て、実際にやっていることは少女を洗脳や契約で強制して、理由すら調べずに人を殺して回っているからだろうか?
それとも社会の一員になりきれずに突っ張って生きているこの姿が羨ましいのだろうか?
自分でもわからない。
少し大人げないとは思う。
それでも、彼とは相容れられない気持ちがあった。
彼を肯定してしまうと、自分の中にある何かが失われる気がした。
「チートチートって言ってるがな、お前意味分かって言ってるか?
俺みたいな昔ながらのゲーム好きからしてみりゃな、その単語は“不正行為”という意味なんだわ。
本来ユーザーに対して設定されていない情報、ゲームのシステム上に存在しない調整。
つまりお前は、この世界を第二の人生として捉えて無くて、ゲーム感覚でいるわけだ。」
喋りながら、“何に腹を立てているのか”が少し分かる。
そうか、結局俺は、この転生者君が“せっかく転生出来たのに、ゲーム感覚が抜け切れておらず、今の自分の人生を生きていない”事に腹を立てているのかも知れない。
「神様モドキからスゴイ能力貰ったのに、思うがままの転生ライフが送れなくて悔しいのか?
確かにいきなり辛いことあったもんな。
心に深く疵を負ってても無理は無いと思うよ。
人によっては、立ち直れなくなってもおかしくない疵だよな。」
男が男に強姦される、なんて、元の世界の感性からいっても相当な恐怖だし、実際俺もそうされそうになって、かなりの恐怖を感じた。
それでも、俺の場合は未遂だから彼に同情しきれないのだろうか?
「だがな、お前の、神様モドキから貰った不正行為と一緒にするな。
何の努力も無く、貰った能力振り回して復讐だなんだと偉そうなこと言ってても、滑稽なだけだぞ。」
俺もまだまだ未熟だなと思いながら、彼を見る。
本当は辛いのかも知れない。
やはり彼の話を聞く前に言うべきでは無かったのかも知れない。
端から見たら、俺の方が悪だろう。
それでも、自分の意見はハッキリさせるべきだと思う。
それが間違っていたなら、後で誠心誠意謝ろう。
「フ、フヒ、フフフヒ……、良い度胸だ。
お前のその力がチートであろうと何だろうと関係ない。
より強い力なら、俺がお前から奪えば良いだけだ。
ついでに、お前にも俺の恥辱を体験させてやるよ。
この世界は所詮弱肉強食だ、悪く思うなよ。」
転生者君は怒り心頭だ。
その目が赤く光る。
まだ見たこと無い技だが、彼の口ぶりで大体何が起きるかは想像がつく。
「老婆心で一応言っておく。
多分その技、使わない方が良いぞ?」
「今更命乞いか!!
もう遅い!!
清潔!!」
転生者君は右手を突き出しながら叫ぶ。
在庫一掃?
もう何でもありだな、その能力。
「これは、お前と俺の全ての知識と経験を吐き出させ、そして両者に刻みつける諸刃の刃!!
お前が身に付けたというその能力を頂く!
そして俺の恥辱と苦痛を知って、精神を焼き尽くされるがいい!!」
赤い光が俺を包む。
丁度良い、言葉では聞けなかった君の人生、見せて貰うよ。
今回の転生者、秋津 新は、どうやら元の世界では17歳まで生きていたようだ。
彼の記憶の追体験。
彼の目線で彼の思いや感情を感じながらも、彼のことを斜め上から見ている俺もいる。
当事者と第三者、どちらもの視点を把握する、不思議な体験だった。
この世界が退屈だ。
本当の俺を誰も認めない、俺の能力はこの世界では評価されない。
ネット小説やラノベにあるような異世界に行ったなら、俺は本当の実力が発揮される。
そんな事を日々妄想しながらも、起きて高校に行き、帰ればゲームやアニメ、ラノベで時間を潰し、たまに異世界転生出来た時用にと、サバイバル雑誌やミリタリーモノの雑誌を読み漁り、後は食って寝る。
何も変わらない日常に閉塞感を感じつつも、“誰かがここから連れ出してくれれば”と望むだけで、自分からは何一つ行動を起こさない。
そんな、どこにでもいる少年。
それが彼だった。
ある日学校から帰り、自分の部屋でいつものようにPCの電源を付けると、眩い光に包まれる。
光の先は何も無い空間で、目の前には巨大な女神が浮いていた。
“異世界転生キターーーー!!!”
自分が選ばれたことに大きく喜びつつも、それを悟られないように驚いて見せる。
目の前の女神様の機嫌を損ねちゃいけない。
「こ、ここは!?」
<貴方は強い力を持つ選ばれた魂。その力を見込み、救って欲しい世界があります。>
女神の優しい微笑みに、内心で狂喜乱舞する。
やっぱりだ、俺は本当は凄い力を持っていたんだ。
前の世界の愚かな奴等には、それが分からなかった訳だ!
頭の中に家族と先生と、数人の友人の顔が浮かぶ。
ざまぁみろ、俺は異世界で楽しく暮らしていってやるぜ。
「え、えぇと、女神様?
俺で良ければやってやるよ、……やりますです。
んで、何すりゃ良いんだ?」
緊張からか、敬語も上手く出ない。
まぁ、相手は女神だ。
こういう時は女神も“あぁん、好き好きぃ~ん。”みたいなチョロインなのがお約束だからな、別に問題ないだろう。
<結構、では、彼の地に降り立つ貴方に何か能力を授けます。
好きな能力を言いなさい。>
女神の声が厳かに響く。
予想と違う反応だが、まぁいい。
これこれ、やっぱ転生って言ったらチートっしょ。
「じゃあよ、絶対無敵チートは外せないだろ、後はストレージ機能とか、あ、クリエイト能力なんかも良いな。
それに面倒が無いように、魅了できたりとかすると楽なのかもな。
でも不潔な世界とかだったら俺マジで耐えらんないって言うか、ゲロ無理じゃん?
そういやよ、これから行く世界って、ステータスもかあるのかよ?」
<では、当面の清潔さを保つスキルと、貴方自身に魅了の能力を備えましょう。そして、更に創造を力に変える能力を授けましょう。頼みましたよ、転生者。>
アレコレ考えて悩んでいたが、いきなりそう言われると放り出された。
“ちょ、待てよ!”と叫んだが、視界が暗転して浮遊感を感じる。
何処までも落ちていく様な錯覚を感じながら、意識が遠のいていた。
……転生者、シン君は最後の女神の表情を“美しい微笑み”と感じていた。
だが、俯瞰でそれらを見ていた俺には、“獲物をハメた嘲笑”に見えていた。
やはりアレは、あの神様モドキだ。




