93:同じ存在
視界が暗転し、宵闇の草原に戻る。
目の前には転生者君が剣を構えている。
確か、また不意打ちを食らいながら後ろに飛び退った所だったか。
『マキーナ、俺はどれくらいこうしていた?』
<おおよそ1秒程度です。>
なるほど、今度は面倒な事になる前に戻ってこれたらしいな。
よくも、他人様の大事な記憶で弄んでくれたもんだ。
久々にマジで腹が立つ。
じゃあ、お返しと行こうか。
『マキーナ、ブーストモード。』
<ブーストモード、起動します。>
手甲や足甲などの部分鎧が剥がれ落ち、地面に着く前に光の粒子となって消えていく。
まずは一撃だ。
加速された時間の中で、転生者君の無防備な顔面に右の突きを入れる。
想定通り、何の抵抗も無いまま鼻から血を流し、後ろに仰け反る。
『お前、やっちゃいけない事をしたな。』
いきなり目の前に現れて殴られたように感じたのだろう。
転生者君は鼻を押さえながらも、ハテナマークが頭の上に浮かんでいた。
「くっ!このっ!清潔!」
右手を中心に、全身を被いつつある薄い光の膜が見える。
加速した俺の目には、それが酷く鈍く感じる。
回り込み、被う前の背中を思い切り蹴りつける。
地面を回転しながら木にぶつかり、膜が消える。
なるほど、“1度強い衝撃が入ると消える”というところかな?
立ち上がろうと藻掻く転生者君の首を左手で掴み、持ち上げる。
『“不思議な呪文”を唱える前に、言うべき事があるだろう。』
「離せ!はな゛ぜよ゛ぉ!」
藻掻き、暴れ、俺を蹴り付けるが、大したダメージにもならない。
「ぐ、清潔……。」
薄い膜が体を覆うが、掴み上げている首を強く絞めると膜が消えていく。
『おら、良くないことしたら、謝るもんだろう?』
震えながら、右手をこちらに突き付けようとしたので、こちらも空いている右手でそれを掴み、へし折る。
「いぎゃ!?」
『はい、“ごめんなさい”は?』
杖を持った方の少女から炎の魔法が放たれたので、転生者君を盾にする。
「あ゛っ!!熱ぅい!!」
『酷い味方だな、お前を殺そうとしたぞ?』
少女が青い顔になりながら何かを言いかけたが、悲鳴で掻き消える。
「お……って、こう……じゃ……。」
何かをボソボソと呟くのが聞こえ、持ち上げていた手をおろし、顔の近くに寄せる。
「お前だって、こうなるじゃないか……。
自分にとって大事な事を踏みにじられれば、こうなるじゃないか!」
『そうだねぇ、そうなるねぇ。』
話しやすい様に、わざと少し腕の力を緩めてやる。
藻掻いて逃げ出そうとすれば、すぐにでも握りしめる。
『皆同じ反応になるだろうねぇ。君には同情もするよ、こんな苦しくて、悲しい気持ちになるなんてなぁ。』
「な、なら!!」
根本的に、勘違いしているようだ。
ならばと、もう一度首を締めながら持ち上げる。
『だからってさ、お前が俺にやっていい訳じゃあ無ぇよなぁ?』
苦しさからか、それとも言葉からか、転生者君の青い顔が更に青くなる。
『さっきも言ったはずだ、“復讐?大いに結構”とな。
お前がそうしたいなら、そうすりゃ良いだろう。
俺には別に止める気がねぇって、ずっとそう言ってんだろうが。
何でお前の気持ちが分かるように、俺まで同じ目にあわなきゃならねぇんだよ。
だったら逆によ、お前に俺の気持ちがわかるのか?
お前が復讐しようとした、或いは復讐した人達が何を考えてそうしたのか、お前には分かるのか?』
コイツにとって、何をもって“復讐”なのか、それがわからない。
試しにファステアという村の住人が何故コイツを襲ったのか、その理由を聞いてもコイツは知らなかった。
ただ、“襲われたから、襲ってきた奴には復讐した”というだけだった。
しかも、その後あの村が全滅していた事すら知らなかったようだ。
俺は俺の知っていることしかわからないが、それでも今までのことから推測するに、あの変態王子が何かしているのではないか?と、想像がつく。
ならばコイツの復讐は本質的には的外れで、スキルか何か知らないが“強制的にやらされていたかも知れない”村人を殺したことになる。
その事を伝えても、コイツはそこまで思い至らなかった様だ。
酷い虚無感が俺を襲い、掴んでいた転生者君の首を離す。
『……なぁ、お前の復讐ってのはさ、ただ単に“やられたからやった奴にやり返す”って言う事なのか?』
「そうだ!“やられたらやり返す!倍返しだ!”って言葉もあるだろう!
“目には目を、歯には歯を”って格言だってあるだろう!」
地面にへたり込みながらも、自身を回復させながら転生者君はそう叫ぶ。
だがその叫びを聞いて、俺は目眩を感じた。
なら真っ先にやり返さなきゃいけないのは、あの変態王子相手だろうに。
コイツ、今のところ“実行犯にばかりやり返していて、教唆犯は野放し”なのか。
何だ?変態王子は最後のお楽しみって訳か?
それで被害が更に広がっても、自分には関係ないからお構いなしってか?
嘘だと言ってよバーニィ。
……急速に、馬鹿馬鹿しくなってきていた。
先程までは“死なないまでもボコボコにはしてやろう”という思いがあったが、それすらも無くなっていた。
俺は変身を解除すると、その場に座り込む。
「お前、復讐復讐言ってる割にはよ、……なんだろう、その目的がスッカスカに感じるんだけどさ。
……もしかして、復讐にかこつけて、そこのガキ2人とエロい事でもしたかったのか?」
視界の端で少女が怒るのが分かるが、構ってられない。
「多分、“アリス”ってのがアルスル王女だろう?
安直なネーミングだな……いや、そうじゃ無くてよ、噂じゃお前を虐めてた奴の1人だろう?何でまだ生きてる?」
余裕を取り戻したのか、転生者君が立ち上がり両手を広げる。
その姿はまるで、これから演説を始める独裁者だ。
「そうだ、よく気づいたな!
コイツは俺の清潔で全ての記憶を改竄した!
最早俺無しでは生きられない奴隷に仕立て上げた!
散々俺のことを苦しめたコイツには、死ぬよりも苦しい罰を与えてやったんだ!」
記憶改竄しちゃったら、別に罰にはならんだろうが。
それじゃただの自己満足じゃねぇか。
他にも言いたいことは山ほどあるが、その前に“あのジェニーって少女は何だ?”と問う。
「ジェニーは魔帝国生まれの魔人と人間のハーフということで、あのフルデペシェ領で奴隷として地獄のような目にあっていたのを、俺が買ったんだ!
どうだ、復讐する権利はあるだろう!」
奴隷として買ったのかよ。
それじゃ他の奴と変わらんだろうが。
俺の方がまともな主人だ?いやそれ皆思ってるからな?
むしろ自分の奴隷に人殺しを強要する主人とか、最低の極みじゃねぇか。
……あー、これあれだ、言いたいことが山ほどありすぎて、逆に何も言いたくなくなるヤツだ、とボンヤリ思う。
なので、端的かつ皮肉交じりに言いたいことを伝える。
「アリスちゃんは女で、性的に使えるから助けたし、ジェニーちゃんはそのまま魔帝国に返せば良いのを、やっぱり性的に楽しみたいから誑かして復讐の片棒を担がせてる、って所か?
あ、担がせてるのは肉棒か?」
「そんな事は無い!いい加減に……。」
「じゃあお前、アリスちゃんの代わりに変態王子を捕まえてたら、同じようにしたのか?」
転生者君が言葉に詰まったのを見て、察する。
ジェニーと呼ばれている少女の首に、奴隷の印らしい首輪がついていることからも、この推測は外れていないだろう。
つまり、コイツは変態王子とやっていることは同じ、なのだ。
強いモノから逃れた弱いモノが、更に弱いモノを叩いているだけだ。
そこにあるのは善悪ではなく、ただ己の欲望や被虐心の満足だ。
あの変態王子と本質的には何も変わらない。
むしろ、あの変態王子の方が“復讐”などといった小賢しい隠れ蓑を使わない分だけ、いっそ清々しい。
「俺ぁよ、今まで極力転生者の話は聞くようにしてるんだ。
転生前に何があって、転生後にも何があって、どんな気持ちでいるのか、何か手助けできることは無いか、とな。
転生者がいる世界は、基本的にマズいことになりかかっている世界だ。
そこを手助けしないでただ潰すだけだと、結局皆不幸になる。
だから、出来る限り最善を尽くして、世界にとって一番良い方法を模索しているんだ。」
転生者君が“それなら……”と言いかける。
“それなら自分も助けてくれ”とでも、今更言いたいのだろう。
笑わせる。
「転生後は苦労したんだろう、スキルを馬鹿にされて悔しかったんだろう、必死に努力して、今の力を身につけたのだろう。
だがな、ここまで話を聞きたくないと思えた転生者は君が初めてだ。」
俺は心を静め、真っ直ぐ転生者君を見る。




